102-ディザイアの正体

『え、だって、このひと……天使ですよ?』


 エレナの発言で場の空気が完全に凍り付いた。


『本名は中級天使グレイスさんって言うみたいですけど、なんで魔王四天王なんて名乗っちゃってるんでしょうか』


「えーっと……」


 エレナがディザイア……もとい、中級天使グレイスさんとやらをジト目で睨むものの、漆黒のフルプレートアーマー姿の当人は無言のまま突っ立っている。

 同じ魔王四天王の「炎のメギドール」の時も思ったけど、エレナが関わるとホント、ロクなことにならねえなコイツら。


『ちなみに弱点は雷属性だけでなく炎や水も結構効くみたいですし、私とカナタさんが全力で攻撃すれば確実に一発で倒せますね。たぶん、こないだのグレーターデーモンより弱いですよっ』


 さらに追い打ちを繰り出すエレナ、無言のまま動かないグレイス。

 場の空気がどんどんおかしなことになってゆく……。


『それに天使なのに、闇の~……とか名乗っちゃったり、その黒一色の姿はいただけないというか……これ、どうなんですかねカナタさん?』


「いや、俺に同意を求められても……」


『まあそれはいいとして……。さあっ、天使たる貴方がどうして魔王の手下に成り下がっているのか、洗いざらい吐いて頂きましょうか!!』


 本名と正体をバラされ、一撃で倒せるとか言われてしまったうえ、ついでに漆黒のフルプレートアーマーに対し『いただけない』という、微妙すぎる意見を述べられたグレイスはぷるぷると震えると……



『うるせええええええええええええッッッッ!!!』



 ついにキレた。


『ああもう、なんなんだよお前はっ! せっかく心躍る死闘を期待してたのに話の腰を折るんじゃねえよッ!! 一撃で倒すだァ? やれるもんなやらやってみろよこのアマァ!!』


 さっきまでの威風堂々としていた『闇のディザイア』はどこへやら。

 グレイスは興奮した様子で、巨大な剣を地面に向かってガンガンと叩きつけ地団駄を踏んでいる。


『つーか、この格好だって上からの命令だから仕方ねーだろ! こっちだって好きでこんなイタい格好してるわけじゃねーってのっ!!』


 グレイスの言葉に、ユピテルが『えっ』と小さな声を上げた。


『オイラ結構カッコイイと思ってたんだけど……あれ、イタいの? オイラのセンス、間違ってるのかな? 教えておくれよ、にーちゃん……』


「いや、俺に意見を求められても……」


『ちくしょう! やってらんねーよバーーーカッ!!』


 グレイスはヤケクソになって叫ぶと、右手に握っていた巨大な暗黒剣をどこか遠くへポーンと放り投げてしまった。

 ……なんだこれ。


「俺の知ってるディザイアとは、なんというか……キャラが違うなあ」


『お前の見た世界じゃ、ウチの国はこんな奴に滅ぼされそうになったのかよ……』


 ぐったりとした表情でぼやくレパードに同情しつつも、俺はエレナの前へ出ると、未だ興奮している様子のグレイスに話しかけた。


「さっきの口ぶりからして、闇のディザイアってのは誰かに命令されて名乗ってたんだな?」


『……ふんっ。お前に話すことなんて何も無いねっ!』


 グレイスは両腕を組んだままそっぽを向く。

 その態度から、絶対に口を割らないという強い意志を感じるものの、せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。

 ここで俺は伝家の宝刀を抜くことにした。


「炎のメギドールがフロスト王国を急襲する計画も失敗したってのに、お前さんも続けて失敗しちまって、魔王様から怒られないもんかね?」


『なんだとっ!?』


 ……よし、かかった!

 グレイスは険しい表情で俺を睨むと、独り言を呟くように問いかけてくる。


『奴は魔王四天王の中でも最弱ではあったが、まさかお前達が倒したというのか!』


『奴は魔王四天王の中でも最弱……。ふふふ……まさかこれをリアルで聞けるとは……ふふふ』


 フルルが無表情ながら妙に嬉しそうにしているのはさておき。

 続けて、グレイスは不思議なことを口走った。


『まあ別にそれは問題ではないさ。俺達は侵略が目的ではないからな』


「!」


 侵略が目的ではない……!?

 魔王の配下――それも四天王であるはずのグレイスが、大量のモンスターを引き連れてジェダイト帝国を襲撃してきたのに、侵略以外が目的とはどういうことだ?


『……さて、そんな無駄話はどうでもいい。そこの女のせいで興が醒めてしまったし、そろそろ引き上げるとするかな』


 くそっ、最後まで言わんかいっ!

 とてつもなく重要な情報を聞けるチャンスだったというのに、みすみす逃してなるものかっ!

 ……と、思っていた矢先、何故かグレイスが何やら不思議そうに俺の後ろを眺めていた。

 視線の先に居たのは、さっきまで『ふふふ』と怪しげに笑っていたフルルである。

 それからグレイスは首を傾げつつ、フルルに向かって問いかけた。


『そこでプカプカ浮いてるお前、どっかで会ったことないか?』


『!!?』


 グレイスの言葉に、いつも無表情であるはずのフルルが目を見開いて驚く。

 その姿を見て、グレイスは手をポンと打った。


『ああ、分かったっ。大t――』



『フレイア・オリジン!!!』



『おっ、おいっ! ちょ、ま……ああああ――!!』


 グレイスが何かを言おうとしていたようだが、フルルの放った空間転移魔法の直撃を受けて、どこか光の彼方へ消え去ってしまった。

 そして、空を切り裂いて出現した闇も消え去り、再び南西の平原には雲一つない美しい青空が戻ってきた。


『ふう……口の軽い馬鹿は……ゴーホーム』


「……」


 ――結局、かつて俺の見た世界で甚大な被害をもたらした魔王軍のジェダイト帝国急襲は、一人の死傷者も出すことなく幕を閉じたのであった……。

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