101-闇のディザイア襲来

【聖王歴128年 赤の月 9日 同日】


<ジェダイト帝国 第一魔術部隊軍師室>


『なんだとっ!?』


 諜報係の報告を受け、魔術師ガルーディはテーブルの天板を両手で強く叩きながら立ち上がった。


『ビスタ兵団は独断で解散。数名が南西の平原へ向かったものの、最短ルートである中央広場を経由しようとした者は、皇帝陛下率いる騎兵隊に足止めされ待機を命じられた模様です』


 魔術師ガルーディはギリリと悔しそうに歯軋り……いや、クチバシを軋ませる。


『おのれ子犬と虎ふぜいが! 予言師などという得体の知れぬ後ろ盾を得たからといって、調子に乗りおって!!』


 ガルーディは憤慨した様子で書棚に立て掛けていた魔法の杖を手に取ると、バルコニーの手すりへと足をかけた。


『行くぞ、これ以上奴らに手柄を渡してなるものか! 既に逃げ出したクズ共は即刻クビだッ!! 失職したくない者はついてこい!!!』


 ガルーディは有翼獣人達を引き連れて空を飛び、都の中央を避けながら南西へ向かってゆく。

 ところが、先程まで暗雲が立ちこめていたはずの空は雲一つなく、街の外は争いが起こっているとは思えぬほど静かであった。


『まさか、既に魔王の手下共は撤退したのではあるまいな……』


 だとすれば、女子供や剣を振るしか能のない連中が、たった数名で魔王の軍勢を撃退したことになってしまう。

 そのようなことになれば、この国が総力を挙げて軍拡や技術開発を進めてきたのが水の泡だ。


『魔王の脅威はカネと雇用を生み、我が国の発展へと繋がるのだ……こんなことでそれが妨げられるなど、決して許されるものかッ!』


 彼の若かりし頃、帝国の都はゴロツキばかりで治安は最悪、多種多様な種族が等しく上下関係を保つためいさかいばかりを起こすのが日常茶飯事だった。

 その状況を是正すべく軍の上層部を説得し、力を持て余した連中をとりまとめ統率してきた……それも全て「強い帝国」の栄華を取り戻すためだ。

 それが今更になって『不要』だという声が高まろうものなら、再びこの国は乱れるに違いない!


『今は一刻も早く現状を知らねばならぬ! 急げッ!!』


 皆に向け、ガルーディが勇ましく叫んだその直後――


『なんだあれはっ!!』


 都の門を出て平原が見えてきた頃、再び太陽の光が隠れ周囲が薄暗くなってきた。

 だが、その原因は先程のように空を埋め尽くす暗雲ではない。


『空が割れているぞっ!?』


『闇が……! まさかあれが魔王軍の……!!』


 闇が空を侵食している状況を見て、部下達が騒ぎ始める。

 なんて情けない!

 黙らせようとガルーディが後ろを振り返ろうとしたその時、身に付けていた護符の宝石からピシッと砕ける音が聞こえた。

 この石の効果は『危機感知』……いわゆる、シーフ職が攻撃前に事前対処するためのスキルと同等の力を持ったアイテムである。

 つまり、それが砕けたということは……!?


『何かが来るぞ! 全員即座に降下し、身を伏せて防御に備えよ!! 死にたくなければ急げっ!!』


 ガルーディが焦りながら撤退を命令する様子に、部下達が慌てて降りようとするも……突然「何か」に叩き落とされた!


『ぐあああああっ!!』


 それほど高い位置を飛んでいなかったとはいえ、地面に叩きつけられて無傷というわけにはいかず、その一撃で大半の者が戦闘不能に陥ってしまった。


『くっ……うおおおおっ! ウインドバーストッ!!』


 他の者達が突然の不意打ちに負傷していた中、ガルーディは咄嗟とっさに風魔法を地面に射出し、どうにか墜落を防ぐことはできた。

 しかし彼自身が無傷であろうとも、遠くの空を眺めながら呆然とするしかなかった。


『……ま、まさか、あれがッッ!?』


 彼の目線の先には、闇の中から現れた漆黒の鎧に身を包んだ騎士の姿があった。

 そして騎士は、空から地上を見下ろすと声高らかに叫んだ。


『我が名は魔王四天王 闇のディザイア! 地上の民よ、いざ我と勝負せよ!!』



~~



「……ふぅ、間に合って良かったです」


 アインツが咄嗟とっさに放ったホーリーシールドのおかげで、自分たちはディザイアの放つ瘴気しょうきの拡散攻撃を回避できたものの、遠くの空で何人かが巻き込まれて落ちてゆくのが見えた。

 恐らく皇帝陛下の指示を聞かず、独断で手柄を立てようとした連中なのだとは思うけれど……。


『さっき落ちていった中で一番先頭に居たひと、どうやらガルーディって名前みたいです』


 遠くをじっと眺めながら呟くエレナの言葉に、レパードがガクリと肩を落とした。


『手下に情報漏らした大バカ野郎本人が自ら出てきて、テメエ自身が落っこちちゃ世話ねえや』


 なるほど、アレが例の「レパードに敵対している奴」だったようだ。


「ま、下手にここまで来られて邪魔されても困るしちょうど良いさ。あのお漏らし野郎には、コイツを倒す一部始終を見学してもらうとしますか」


 俺が上空で浮いたままのディザイアに向かって挑発気味に言うと、特に怒ることもなくこちらを見ながら鼻で笑った。


『魔王様からは、自らの力を過信している愚かな獣人共を懲らしめてこいと言われたのだが……。まさか人間まで自惚うぬぼれているとはな』


 なるほど、コイツ自身は独断で攻めてきたのではなく、魔王に命令されて来たらしい。

 だけど、俺と闇のディザイアがそんなやり取りをしている中、何故かエレナだけが不思議そうに首を傾げていることに気づいた。


「エレナ、どうかしたの?」


『えっ? いえ、なんというか……この方が、闇のディザイア……です?』


「ああ、そのはずだけど」


 若干うろ覚えではあるけれど、俺のかつて見た世界でウィザードに転職したライカ王子が雷魔法でディザイアを倒した時、地面に落ちていた黒い鎧は確かこんなデザインだったと思う。

 しかし俺の返事を聞いたエレナは、困惑した様子でとんでもない事実を告げた。


『え、だって、このひと……天使ですよ?』

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