091-救いのないセカイ7

【聖王歴128年 赤の月 4日】

 実は、この日記を書いているのは五日の夜である。

 というのも、ここ二週間ほど移動と戦闘の繰り返しで心身ともに疲れ果てた俺は、旅の酒場という店名の誘惑に負け、ついフラフラと夜中に抜け出して一杯やりにいっちまったのである。

 ところが、ちょうど呑み始めた矢先に騒がしい連中が店に押し掛けてきて、その憂さを晴らすようにガバガバやった結果、酔いの回った俺の頭は何を思ったか、騒いでる奴らの足下に影縫いスキルをぶっ放したのだ。


 で、見事に命中させた相手こそ、ジェダイト帝国軍遠征隊隊長レパード様ときたもんで。

 俺は公務執行妨害罪でしょっぴかれ、半日ほど獄中生活をエンジョイしたのであった。


【聖王歴128年 赤の月 5日】


 そして今日の日記だよ!

 カネミツにすごい怒られたよ!

 むしろ、シャロンに「無様ね」と冷たい目を向けられた事の方が精神的にツライよっ!!

 ……それはともかく、どうにか勇者特権によって釈放されたものの、それと引き替えにジェダイト帝国サイドからは一つの要求が出された。

 その内容はなんとも珍妙で、ディノシス皇帝陛下曰く『我が息子ライカを最強の戦士にするために鍛えてほしい』という内容だった。

 幸い正義に反する内容ではなかったし、王子様の教育係というのもなかなか光栄な話なので、カネミツは即答で承諾していた。


【聖王歴128年 赤の月 6日】


 てなわけで今日からライカ王子を鍛えるべく、俺達はいざ彼のもとへ!

 ……と意気込んで行ったものの、部屋はもぬけの殻であった。

 どうやら彼は逃げ癖があるらしく、ひたすら家臣の皆様と探し回った結果、都の雑貨店で品定めをしているところを捕獲に成功した。

 だが既に夕暮れ前のため、今日のところは訓練中止になってしまったのであった。


 そういえば、ライカ王子は父である皇帝と違ってずいぶんと細身で、体格もシャロンと同じくらい小柄だった。

 見るからに戦闘が苦手そうだったし、わざわざヨソの国の勇者に頼まなければならないくらいなので、色々と問題がありそうである。


【聖王歴128年 赤の月 7日】


 今日は早朝からライカ王子の部屋に突撃!

 しかし部屋に入るや否や、いきなり身動きが出来なくなってしまった。

 足下を見れば投げナイフ……そう、これは俺もよく使うスキル「影縫い」だ。

 なんとライカ王子の天職は、王族でありながら俺と同じシーフだったのだ!


 しかも王子の放った影縫いは非常に強い拘束力をもっており、スキルに対して強い耐性を誇るエルフのレネットすらも足止めしていた。

 その時点で勇者パーティの面々に匹敵する程の実力であることは明白なのだが、だからといって王子が「最強の戦士」という肩書きに相応ふさわしいかと言えばそうではない。

 俺自身が同職であるゆえにわかるのだが、シーフは戦闘において仲間達を助けるための立ち回りが中心で、自分一人の力でモンスターを倒すようなスキルはほとんど無い。

 だから、最強の戦士になるにはシーフ職は致命的に不向きなのである。


 もし強くなりたいのであれば、神殿で高額な寄付金を払って「戦闘職への転職」が一番の近道なのだが、ライカ王子にそれを伝えたところ『絶対にイヤ』と即答してきた。

 どうやら、王子は強くなる事には全く興味が無いらしい。

 ……つまり、皇帝が俺達に対して王子を鍛えてほしいと言ってきたのは、彼を修行させることが目的ではなく『シーフ職を諦めさせるため』だったということが明らかになった。


【聖王歴128年 赤の月 8日】


 今日も朝からライカ王子は脱走!  

 ただし今日は説得ではなく素行調査が目的なので、俊敏さに優れている俺がソロでライカ王子を尾行し続けた。

 その結果判明したのは……王子が「女性ばかりいる店をハシゴしていた」というトンデモナイ事実だった。

 たしかに英雄色を好むとは言うものの、可愛らしい見た目のわりに中身はしっかりケモノなんだなぁとしみじみ思う次第である。


 ちなみに今日の王子が通ったルートは早朝カフェに始まり、雑貨店、衣服店、花屋、弁当店、また雑貨店……といった流れであった。

 そんじゃ、明日も尾行を続けますよっと。


【聖王歴128年 赤の月 9日】


 そんな矢先に事件は起こった!

 突如、南西の方角から魔王の軍勢が攻めてきたのである。

 しかも偶然ライカ王子の居た女性向け雑貨店も襲撃され、危うく炎に巻かれそうになっていたところを尾行中の俺が間一髪救出に成功。

 すぐにやってきたカネミツ達と合流したものの、王子は燃え上がる建物を眺めながら呆然と立ち尽くしていた。

 そんな彼の正面に立つと、カネミツはこう言った。


「皇帝陛下が君に強くなってほしいと願うのは、風評を気にしているからじゃない。こういった外敵が現れた時に、自ら剣をもって皆を率いる強者になってほしいと願っているからなんだ!」


『……ちくしょう!!』


 泣きながら城に向かって走り去る王子の背中を見送った俺達は、これ以上被害を増やしてなるものかと魔王軍へと立ち向かった。

 ところが、軍を率いる敵軍の総大将……魔王四天王『闇のディザイア』の強大な力によって帝国軍は大苦戦。

 さらに、俺達を皆殺しにするべくディザイアが禁呪『ダークネスフレア』を唱えようとしたその時、空に一筋の光が走り――凄まじい雷がディザイアの身体を一撃で貫いた。


 そのまま光の欠片となって宙へ消えてゆく四天王の最期を呆然と眺めていた俺達の前に現れたのは、なんと先ほど泣きながら走り去っていったはずのライカ王子であった。

 そして、その手に握られていたのはなんと魔法の杖……!

 彼はシーフの天職を捨て、ウィザードの道を選んだのだ。


【聖王歴128年 赤の月 10日】


 結局、俺達がこれといって何かしたわけではないものの、奇しくもディノシス皇帝陛下の望む通り、ライカ王子は最強のウィザードを目指すこととなった。

 だけど、皇帝陛下の喜ぶ顔とは対照的にライカ王子はずっと不機嫌そうだったし、今後も色々と悶着は続きそうではある。


 ちなみに俺の罪はライカ王子を火災現場から救出したことで帳消しとなったわけだが、相変わらずシャロンが俺を見る目は冷たいまま……。

 一度失った信用を回復するのはとても難しい。

 酒は飲んでも飲まれるな、これが今回の教訓である。

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