第八章 獣の国の王子ライカ
090-酒場でイザコザ
【聖王歴128年 赤の月 4日】
<ジェダイト帝国 北東集落 宿屋>
聖王都を出発して早二週間。
俺達はジェダイト帝国の北東にある集落の宿に集まっていた。
そこで次にすべき事について話し合いをしていたのだが……
『ホントのホントの本当~~に! 絶対気をつけてくださいねっ!!』
エレナは俺の日記を一通り読み終わるや否や、不安そうに訴えてきた。
実は彼女が不安そうにしているのには訳がある。
というのも、かつて俺は何を思ったかこの後に単独で酒場へ一杯やりに行った挙げ句、偶然にも遠征の帰りのたむろっていた帝国兵に絡まれてしまったのだ。
そして、殴られたら嫌だなぁ……とか思って、絡んできた輩の足下にコッソリと影縫いを放ち足止めしていたのが見事にバレてしまい、公務執行妨害でもれなく御用に……。
先の中央教会での一件のようにライナス殿下の企みで捕まったならまだしも、こんな理由で勇者の仲間が捕まってしまったのだから、まさに前代未聞だったと言えよう。
「ていうか、今回ばかりはおにーちゃんに弁解の余地ないよね。マジ何やってんのさ?」
『仕方ない……若気の至りさ』
「まったくもってその通りなんだけど、フルルに淡々と言われると、サツキに言われるより凹むわぁ」
だが慣れない強い酒で酔うというのは恐ろしいもんで、普段なら見逃さないこういうポカミスをやらかしちまうのである。
まあ、それからというもの俺は大人しくチビチビと節度をもって呑むようになったのだけどね。
人は成長する生き物なのである。
『それが原因で投獄されちまったカナタにーちゃんは、カネミツの勇者特権による恩赦で無事に牢から出られた~~……って、あれ? でも今回は勇者いないじゃん。これどうすんの?』
「まあ酒場には行くけれど、こっちから手は出さないさ」
本来であれば今日この宿に泊まっているはずの勇者カネミツは、エルフ村の一件の後にそのまま森を抜けて東へ向かってしまったため、少なくともこんなトコでバッタリ遭遇するとは思えないし、さすがに仲間でも無い俺を釈放するためにどうこうするとも考えられない。
いくら日記の通りに行くにしても、そんな不確実すぎる当てで帝国の兵士にケンカを売るなんて無謀にも程がある。
『でも、捕まるのが"避けられない運命"だったら……ううぅ』
で、さっきからエレナが心配しているのは、まさにこれが理由だ。
俺達が今まで旅の軌跡を辿ってきた中で、ユピテルや子ドラゴンのピートが生還したように「俺の知る歴史とは全く違う結果になった例」は多数あった。
だが、エルフ村でカネミツ達が言い掛かりをくらって拘束されたり、歌姫マリネラが行く先々でトラブルに巻き込まれたりと「絶対に回避できない事象」も少なからずあり、それが今回における酒場でのイザコザである可能性は決して否定できない。
「まあ、こちらから手を出さなきゃ捕まる心配は無いって」
俺がそう説明するものの、エレナ的にはまだ納得できない様子。
そして……
『……仕方ありません。それなら私にも一つ考えがあります』
「考え???」
俺がキョトンと首を傾げると、エレナは人差し指を立てて断言した。
『もしも酒場でカナタさんがピンチになった時は、私が武力介入します!!』
「なんですとっ!?」
『そもそも、カナタさんに何事も無ければ何も起きないんです! だったら問題ありませんよねっ?』
「ま、まあそうなんだけどさ……」
『なら決定です!』
結局、俺はエレナの強引な提案に押し切られてしまい、ガクリと肩を落とした。
そんな俺達の姿を見て、
『フルル。アレどう思うっす?』
『間違いなく……フラグ』
なんだかロクでもないことを言われた気がするなあ……。
何はともあれ、俺は渋々にセレナの提案を承諾し、波乱の酒場へと向かっていったのであった。
<ジェダイト帝国 北東集落 旅の酒場>
入り口の戸を開けるとカランカランと音が鳴り、一瞬皆の目線がチラリとこちらへ向く。
だが俺が単なる平凡な旅人だと察したのか、すぐにまた元の雰囲気へと戻る。
『見ねえ顔だな』
カウンター席に腰掛けた俺に話しかけてきたマスターは、俺を見るなりそんなことを言ってきた。
「帝国にちょいとばかり野暮用があってね。とりあえず一杯頼む」
『へえ』
ちなみに余談だが、このマスターは元傭兵の獣人で、帽子の下にはプリティな犬耳が隠されている。
まあ本来は、俺がそれを知るのはもう少し先のことなのだけども。
「……半々くらいか」
他の連中に聞こえない程度に俺は小さく呟く。
この酒場は帝国と距離が近いだけあってか、集まる客も獣人が多い。
これまで獣人族に対して差別意識の強かった聖王都とは交流が少ないため、俺達と同じ方面から来ている旅人は少ないようだ。
その一方で「東方の国ヤズマト」から来たであろう旅人の姿がチラホラとあるので、プラテナ以外との国との交流はそこそこあるようだ。
……と、人間観察をしていた俺の前に、エールがなみなみと注がれたジョッキが置かれた。
「ああ、ありがとう」
『んじゃ、ごゆっくり』
無口なマスターはそう言うと、再びカウンターでぼんやりとコップを拭き始めた。
個人的にこういう雰囲気は結構好きなのだけど、この後のゴタゴタがあったせいで、当時はあまり楽しめなかったんだよなあ。
「さて、そろそろかな……」
そう俺が呟いた、ちょうどその時――
『今日は俺様のおごりだッ! てめえら好ききにやるがいいぜェ!!』
『ヒューーーッ!!!』
ほら来た。
酒場に集団で押し掛けてきた、俺よりも頭一つぶん以上も大きな兵士達……。
この連中こそ帝国軍遠征隊、つまりは今回起こる騒ぎの発端となる連中であり、俺が捕まって投獄される原因でもある。
『ん? なんか見ねえ顔がいるじゃねえか』
ほら来た (二回目)。
ここで、俺の姿を見るなり『テメエなんだそのひょろっちいチンケな体は? 人間ってのはこれだから哀れだぜェ!!』とか言い出すのだ。
『テメエ……!』
「はいはい」
『いい身体してんじゃねえか。表ェ出ろィ!!』
「なんでだよ!?!?」
いきなり予定と違うやんけ!!!
『俺ァ強えヤツと戦うのが大好きだ。そしてテメエは強え。それ以外に何か理由が必要か?』
「いや、意味わかんねーっす」
思わずハルみたいな口調で返してしまった俺だったが、相手は特に気にすることもなく、ギラギラと戦意剥き出しの目を向けてくる。
いや、ホント、マジ勘弁してください。
『さあテメエら! 宴の準備いくゼェ!!!』
……もしかして、前回よりもっと大変な状況なのではなかろうか。
俺はいきなり過ぎる展開に頭を抱えながら、マスターに迷惑をかけないように店の外にトボトボと出て行ったのであった。
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