092-ジェダイト帝国軍遠征隊隊長レパードとの闘い

<ジェダイト帝国 北東集落 旅の酒場……の外>


『うっしゃあっ! ワクワクするぜェ!!』


「うぅぅ、どうしてこんなことに……」


 せっかくカウンターの隅っこでおとなしくしていたのに、一方的に絡まれた挙げ句、狼男と対決することになってしまったでござる!

 エレナが心配していた方向とは全く別方向に脱線してしまい、今はただ困惑するしかない状況だ。

 そんな俺に対し、絡んできたおっさんはハッと何かに気づいたかと思うと、いきなり握手を求めてきた。


『おっと、まだ名乗ってなかったよな! 俺の名はレパード、単なるケンカ好きなオッサンだと思ってくれや』


 うそつきッ!!

 アンタの肩書きが『ジェダイト帝国軍遠征隊隊長』っていうムチャクチャお偉いさんだってのは、半日投獄された俺がよく知ってるんだからなっ!

 この酒場で酔っ払った俺が影縛りを放った時なんて、足止めの効果を確認する間もなく、コイツの部下連中が殺意剥き出しで一斉に飛び交ってきて超怖かったよっ!!

 ……と、色々と言いたいことはありつつも、どうにか俺は平常心を保ちながら普通に名を名乗った。


「俺はカナタ。ごく普通のシーフだよ」


『ごく普通のシーフだァ? 全身にそんな化け物じみた覇気オーラをまとってるくせに普通とか、謙遜けんそんにも程があんだろがっ!』


「えええぇ……」


 自分も謙遜したくせになんで俺だけ責められなきゃならんのか……。

 ていうか、オーラって何?

 もしかしてエレナみたいに俺の強さが見えてたりするの???

 と、いぶかしげにレパードを見ていた矢先、俺は全然違うところからこちらに向かって視線が向けられていることに気づいた。

 視線の方へと目を向けると、その正体は物陰からじっと俺を見つめるエレナであった。


「???」


『ぱくぱくっ!』


 なにやら口を動かしながらジェスチャーをしている模様。

 とりあえず、何を言おうとしているのかを頑張って解読してみよう。


『ぶんぶんぶんっ!』 (お困りのようですねカナタさん!)


「そうですね」


 意外と何を言ってるか分かるもんだな。


『ばばばばばっ!』 (それなら私に良い考えがありますっ)


「ほう?」


『ばばーーーんっ!!』 (アレを倒してしまっても構わんのだろう?)


「ダメに決まってんだろうがッ!!!」


 俺のツッコミの一撃を受けて、エレナはしょんぼりしながら引っ込んでいった。

 一体、彼女は何がしたかったのだろうか???


『なんだかよくわかんねェが、そろそろやろうぜ!』


「うっへり……」


 こうなったらもう戦うしかあるまい。

 ジェダイト帝国では強さこそが正義であり、相手に勝負を挑むとはつまり上下関係をハッキリさせようという意思表示でもある。

 なので、ここで戦いを拒絶しようものなら戦う前から敗北を認めたことになり、さらにややこしい状況に陥るのは明白だ。


『勝負は正々堂々と一対一のタイマン。戦い方は不問で、とにかく相手に"降参"と言わせたら勝ちってことでどうだ?』


 なかなかシンプルなルールではあるものの、その条件には一つ疑問が残る。


「それだと、武器や魔法も使って良いってことになるんだけど……」


『ああ、別に刃物を使っても構わねェよ。だが、相手を殺っちまうと降参と言わせられねェから反則負けな。ただ乱暴に相手を絶命させるだけならバカでも出来るし、そんなの勝負じゃねえよ』


「なるほどなー」


 さすが軍を率いる隊長様なだけあって、その辺はちゃんとわきまえて戦いを挑んできたようだ。

 ……いや、いきなり通りすがりの旅人に絡んでる時点でおかしいんだけどさ!


『さあ行くぜェ!!』


 レパードが宣言した直後、彼の姿が消えた――周囲の見物客や部下達からはそのように見えているだろう。

 だが、俺は即座にライトニングダガーを逆手に抜き、自身の顔の前に構える!


『……っフゥ!』


 俺の頭ほどもある巨大な拳が、ライトニングダガーの手前で寸止めされ、凄まじい拳圧が頬を叩いた。


『この野郎、俺は確かに殺るのは反則だっつったが、いきなり自滅狙いとかエグい真似しやがるじゃねェか』


「そんなデカい拳で顔を殴られたくないしなぁ」


『……くははは! おもしれェ!!』


 レパードは嬉しそうに叫ぶと、さらに連撃を繰り出してきた。

 ちなみに彼の本職は剣士で、魔王四天王『闇のディザイア』に対して強力なソードスキルで立ち向かっていた姿が印象的だった。


『セイッ!!!』


 だが、俺とは拳一つで戦いたいらしく、剣は鞘に収めたままで全く抜くそぶりを見せない。

 レパードほどの腕前であれば俺を殺さないように剣技を放つこともできるだろうに、まるで俺の腕を試すような動きをしていて、なんとも不思議である。

 どういう意図でそんなコトをしているのか分からぬまま、俺は回避しながらライトニングダガーをレパードの影に打ち込むと、そこに向けて魔力を流し込んだ。


「影縛りッ!」


『むっ!?』


 獣人の魔法抵抗力は人間よりも優れているものの、エルフに比べれば遙かに劣る!

 その一撃で身動きを完全に封じつつ背後に回り込むと、俺は自分の腰ほどの太い首に腕を回しヘッドロックを仕掛けた。

 なるべく手加減、なるべく手加減――


 ミシミシィッ……!!


『いででででであだだだだだっ!?!? 降参だ降参んんんッッッ!! てめェ馬鹿力すぎんだろがッ!!!』


「わわっ、ごめんなさいっ! ホントごめんなさいっ!!」


 久々の対人戦闘で緊張していたせいか、力加減を間違えた!

 俺はとっさに両腕をほどくと、ひたすらペコペコと平謝り。

 レパードは少し呆れた様子で自分の首をさすりながら、改めて握手を求めてきた。


『参った参った。ったく、こうなるんだったら戦闘条件をちゃんと両手剣を用いた剣技に限定すべきだったぜ』


「それだと俺が絶対負けるじゃんか……」


 俺がジト目でぼやくと、レパードはイシシシシと楽しそうに笑った。

 それから少し真面目な表情になると、改めて問いかけてきた。


『お前、本当に……シーフだよな?』


「ん? ああ、さっきの影縛りスキルはシーフ専用の技だし」


『あんな使い方するヤツ見たことねえけどよ……』


 たしかに、俺はこのスキルを暴れているヤツの戦闘意欲を削いだり、逃げられないように捕まえるために使うことが多いのだけど、一般的にソロ行動の多いシーフにとっての影縛りは「自分が逃げるために使うもの」だ。

 しかも、その場から逃げ出さなければならない状況となると、放ったとしても相手の方が格上過ぎて一瞬たりとも足止めにならないこともある。

 レパードは相当凄腕の剣士だろうから、そもそも身動きがとれなくなるほどの影縛りをくらった経験が無かったんだろうなあ。


『……これも運命かもしれねェな』


「?」


 レパードはそう呟くと、両手で俺の右手を強く握ってきた。

 これは確か……帝国における最高の尊敬や敬愛を表す意思表示だ。

 それから彼は、単なるおっさんではなく、ジェダイト帝国軍遠征隊隊長として次の言葉を口にした。


『カナタ。お前を凄腕の冒険者と見込んで頼みがある!』

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