第5話 第四話 命の価値

ーー千葉県 愛宕山ーー



「う…ん…。」


一真は光を受け、眩しさに瞼を開く。

目の間には木製の天井が広がっている。


「ここ…は…。」


一真は体を起こすと辺りを見渡す。そこは見たこともない場所であり道場であることだけが見て取れる。


「一体何がーーーーー。」


一真は立ち上がろうとするが体に響く痛みに動きを止める。


「痛っ…!?」


一真はようやく全身が包帯で巻かれている子に気づく。折れていた腕も補強されていた。


「おい…あまり動くな。傷にさわるぞ。」


後ろから声が聞こえる。


「…!?」


一真は驚き振り返る。するとそこには筋肉質なまさに師匠といった風貌の男が正座して座っていた。

一真はその男をしばらく見つめると誰かの言葉を思い出す。


ーーある男を探しているーー


「……!!」


一真は痛みも忘れ立ち上がる。


「ま、まさか…!お前が…あいつの探している男…なのか…!」

一真は男の方を凝視する。


「俺は奴らと面識があるわけではないが…そうだろう。俺は日本各地で君やあいつらのような『覚醒者』が起こす奇妙な事件を追っている。だがもちろんそれをよく追わない者もいる…そいつがあいつらを仕向けたのだろう…。」


男は冷静な口調で答える。


「お前が…」


一真は全てを思い出すと男に詰め寄り胸ぐらを掴んだ。


「お前がもっと早く来てくれれば…!!町の人は犠牲になっていなかったんだ…!なんでだ…!なんでもっと早く来てくれなかったんだ…!」


一真の涙が頬を伝う。


「言い訳をするわけじゃないが、あれでも急いだ…すまない……町の人は残念だがあれが俺にできる最善だったことを理解してほしい…。」


男は一真を見つめ答える。

しかし一真はその答えに胸ぐらを掴む手を震わせた。


「最善………?最善だと!?人々が死んだことの何が最善だったんだ!?町の人に罪は無かったはずなんだ!これからもいつもの日常を生きるはずだったんだ!なのにいきなり来たわけのわからない奴らに殺された!それのどこが最善なんだ!あれ以上被害が出なかったことを最善だと考えているのか!?ふざけるな…!」


一真は怒りの形相で男に叫んだ。

男は瞼を伏せると再び瞼を開き一真を見つめる。


「あぁ…最善さ…。町の人々は…俺が来るまでに犠牲になった…。そのおかげであれ以上被害が出なかった…。」


「この野郎…!!」


ついに怒りが頂点に達した一真は男に拳を放った。


「だが…人々の死によって被害が拡大しなかったのが最善だったのではない…。『人々の死が無駄にならなかった』のが最善なんだ。」


「……!!」


一真はハッとし拳を止める。


「…お前は…町の人々の命がまるで価値がないかのように…俺が来るまでの場繋ぎであるかのように殺されたことに怒りを覚えているのだろう…だが人々の命は………君を、今生きている町の人々を救った。無駄ではなかったんだ…。」


「………………。」


一真は町の人々の姿を思い出し手を緩める。

クラスを盛り上げるために協力し合っていた同級生達、学生達を喜ばせるために美味しいパンを試作しては食べさせていたお姉さん、いつかパン屋のお姉さんに交際を申し込むんだと話してくれたサラリーマン。いつも親切にしてしてくれた町の人々。

あの町の人々が大好きだった。もっと話したいことがあった。またいつもの日常が過ごせると思っていた。

だがもうそれは叶わない。


町の人々は死んだ。


町のために。


だが、


無駄では無かった。


一真は大粒の涙を流す。


「うああああああああ……!!」


一真は手を離し泣き崩れた。


「君は人々の命を無駄にしないために生きなければならない……。生きるんだ…君は今、何人もの命で生きている…」


男はそう言って立ち上がると道場の出口へと歩いて行く。


「待ってください…!!」


男は黙って振り返る。


「俺をあなたの弟子にしてくれ!!あなたと一緒に戦わせて欲しいんだ…!」


一真は男の方を向き土下座をしていた。

男は意外そうに目を見開く。


「あれだけ言っておこがましいのは分かっている!だけど…俺は…町の人々の命を真に無駄じゃないと証明するために…町の人々の意思を受け継いであの町を守りたい……全てを守りたい……!!そのためには強くならなきゃいけないんだ……!!」


「危険な道だぞ…最悪…嫌…いつ死んでもおかしくない。それでもお前は俺の弟子になり戦うのか…。」


男は今までにない険しい表情をする。


「あの町を…全てを守るためならその覚悟はできています!それが町の人々の意思だから!」


男はしばらく考えると一真に語りかける。


「いや、君は旭町に帰るんだ…君を心配する人がいるだろう…。」


「くっ…!」(やはりダメか……!)


一真は手をギュッと結ぶ。


「そして…決心がついたら愛宕山(あたごやま)のこの道場に来てくれ……俺の名前は石川 本郷だ…これからよろしく頼むぞ…。」


本郷は再び前を向くと歩みを進めた。


「……!!よろしくお願いします!」




命の価値は見方一つだ。


人はまた、いつかどこかで死んでいく。


だが、たとえ何が起ころうとも時は過ぎ去っていく。


私達は昨日の命でできている。


それでも日常は…過ぎ去って行く。ーーーーーーーーーーーーーーー




ーー千葉県千葉市中央区旭町ーー



焼け焦げた木から桜が咲き始める中、被害者の救援や旭町の復興作業に追われる自衛隊を遠くから眺める姿があった。


「あーあ、これじゃあ当分暇だな。」


男はナイフを手で何度も回転させる。


「全く、要望断るなり人の町に攻撃してきやがって!やんなっちまうぜ!」


男は振り向くとビルの間の奥へと歩き出す。


「ま、いいっか。別の町に行ってまた殺せばいいや…。」


そう言うと男はナイフを見つめる。


「クフフフ…次はどれくらい綺麗な断面にできるかな…。楽しみだなぁ…。」


男はそのまま闇の中へと消えていった。ーーーーーーーーーーーー

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