豕人

豕人ブタビトという者がいた。


自らそう名乗っているようだったが、


彼をそう呼ぶ者を見たことがないし、


彼自身がそう自称しているかどうかの確証もないが、


彼は確かに、豕人であった。


彼は、人語を操った。


その実、あまり巧みと呼べるほどではなかったが。


生まれも定かでなく、


いつからその体を成していたかも謂われが無いが、


確かに豕のかたちに似た人であり、


人のかたちに似た豕でもあった。


ただ彼は、人の心を理解できなかった。


では豕の心がわかるのかというと、


そうでもなかった。


人の心も解せず、豕の心も解せず、


人ほど建設的でもなく、豕ほど献身的でもなく、


生かされることもなく、ころされることもなく、


立ち止まることもなく、走り去ることもなく、


恨まれることもなく、愛されることもなく、


ただ吸っては吐き、食べては出し、


目覚めては微睡み、起きては休み、


生きていても働かず、


殺されても食肉にならず、


ただ時間の動きだけを全身で受け止め、


やがて身は痩せ細り、骨は軋み折れ、皮は破れ、廃れた。


肉体を失っても、豕人は其処から消えない。


それどころか、次から次へと湧いてくるのだ。


豕人は、湧いてくるのだった。


湧くのだ。


自我ではなく、他我とでも言えようか。


ただ概念が形と成るのみで、


彼が我々を想うとき、


初めて我々にも死と呼べるものが訪れるのだろうか。

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