口虚木松

昔々、あるところに宇宙のようなものがありまして、


人類のまだ住めぬ星ばかりがある頃で、


しかし生命体は確かに存在していて、


それらは今で言う人語も操り、


あたかも人のような暮らしをする、そんな時間帯がありました。


それらが住む星は、地球より一回りほど小さくて、


表面の殆どが海と言えるもので占められていて、


また殆どが砂粒で出来ている、大地と呼べるものもありました。


虫や、鳥類を始めとする動物はいないようでしたが、


現在の植物に値するものや、


魚に近しい生き物は、いくらかあったようです。


砂と植物のとりわけ多いところに、ある人物がいて、


名前を、口虚くちうろの 木松このまつと言いました。


男や女などという、つまらぬ概念の無い頃でしたが、


便宜上「彼」と呼ぶことにしましょう。


彼には友人と呼べるものはおらず、


ただ一本の、背丈より大きい木だけが拠り所で、


日々それに話しかけたり、相談事をしたりして、


それなりに楽しい日々を過ごしているようでした。


彼は、その木の周りをねぐらにするようなことはせず、


一定の、程よい距離感を保っているようでした。


一線を越えてしまうことを恐れていたようです。


その星には5つの季節がありましたが、


季節を問わず、その木の枝には、いつでも、


椿油を吸い込んだように、しっとりとつややかで、


それでいてハリとコシの有る、パスタで言えば茹でたてのアルデンテのような、


はたまたラップをピンと張って、そこに全開の水道水を、勢いよく打ち付けたときの弾力のような、


そんな葉が、針のような葉が、かぞれ切れない程ついているようでした。


彼以外の、痛みを恐れる人々は、この木に近づこうとせず、


それ故に、彼と木の、波長が合いやすかったのかもしれません。


ある日、彼は、たまたま近くを通った人に言いました。


私はこの木と話せる、と。


突然告げられて驚いた彼は、


本当もとあたり 言舌ことしたという名前でした。


彼は表情を一切変えずに、ただその場に立ち止まって、思いました。


いちいち言わなくてもいいのに。


言われなければ、疑うこともなく、


「喋る木がある事実」を否定せずに済んだのに、


主張され、聞いてしまったがために、


それを否定することになって、私の中で、


「喋らない木」という概念が、生まれてしまうのに。


「喋る木」は、死んでしまうというのに。


あらかた考えがまとまったあと、


彼は何も言わずに立ち去りました。


次の日、その星で一番大きくて、一番明るくて、一番丸い、


そう、今でいう太陽のようなものが、一番てっぺんに登ったころ、


あんなに艷やかだった、あの木の葉はひとつ残らず落ちてしまい、


枝も萎び、根本から腐れはじめ、


やがて全体が灰のような色に染まり、朽ちてしまいました。


最後は粉になり、風に吹かれ、跡形も無くなってしまったそうです。


これは、本当にあった話なんですよ。

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