第12話 賢者ルナ

 ルナ教総本山の地下深くで見つけたのが、本物の賢者ルナだと知った俺は、これからどうすべきか思考を巡らせていた。一番の問題は何故賢者ルナが男なのかという事だ。だが、これは迂闊に質問できない。こちらの正体がバレてしまう可能性がある。

 俺が悩んでいるなか、チャンドラは賢者ルナに両手を合わせ、祈りを捧げている。


「こちらからも一つお伺いして宜しいでしょうか」

 こちらの質問が一段落したとみたのか、ホムンクルスのミレイが訊ねてきた。

「構いませんが、何でしょう」

「お二方はどちら様ですか」

「これは失礼しました。ルナ教神子のチャンドラです」

「僕はルナ教徒ではなく、ただの観光客のツキヒロヨ」

「チャンドラ様にツキヒロヨ様ですね。チャンドラ様は今代の神子様でしたか。それで態々ルナ様をお迎えにいらっしゃったのですか」

「いえ、そうではないのですが・・・」

「僕たちは、たまたま、迷い込んでしまっただけです。帰り方が分からないのですが」

「転移陣からいらっしゃったのではないのですか。出入り口はそこだけの筈ですが」

 ミレイが首を傾げる。

「転移陣とは何処に在るのですか」

「居住区の奥にある扉の外です。岩盤が転移の邪魔にならない様に、吹き抜けになっている所ですが」

「あそこに転移陣が有ったのか。扉に気を取られて確認しなかったな」

「そうね。気付いて居れば、あんな恥ずかしい目に合わずに済んだのに」

 お掃除ロボットに全身洗浄された事だろうか。チャンドラが胸とお股の辺りを腕で押さえている。

「もしかして、転移陣を使わず、吹き抜けを落ちて来たのですか」

「落ちるというか、梯子を使って降りて来たのだけど」

「梯子ですか。・・・。まさか、男性ホイホイから抜け出したのですか。確かに子供なら、お世話用ロボットの通行路から出られますね。ちょっと待ってください。確認します」

 ミレイは急ぎ足で近くの機械に移動すると、その装置を操作し、何かを確認している。さっき、ミレイが不穏な単語を発した様な気がする。これは逃げた方が良いか。

 俺は何時でも逃げられる様に体制を整える。

 ミレイが戻ってきた。

「確認が取れました。お二人共、男性ホイホイに捕まっていたのですね。それで、どちらが男性ですか。もしかして、二人共ですか」

 ヤバイと感じた俺は咄嗟に逃げ出した。

「逃げても無駄ですよ。皆さん、捕まえなさい」

 アンドロイドたちが一斉に俺を捕まえようと迫ってくる。俺は目の前に迫るアンドロイドを避けながら逃げる。

「二十番代(トゥエンティーズ)では捕まえられませんか。三十番代(サーティーズ)も行きなさい」

「了解しました」

「行くよー」

「待てー」

 ホムンクルスはミレイの他にもいた様だ。アンドロイドたちとは明かに動きが違う個体がどこからか現れた。

「ミク、そっち行ったよ」

「任せてミヤ」

「ミナ、何やってるの逃げちゃったじゃない」

「えー。そんなこと言われても」

「ミー、そっちを塞いで」

 散々逃げ回った末、裸のホムンクルス達に取り囲まれて捕まえられてしまった。

 ミレイの前に連れて行かれると、何故かチャンドラも拘束されている。

「ミレイ。チャンドラは間違いなく女だ。離してやれ」

「女性である事は先程確認しました。ですが暴れたので、説明が済むまでこのまま拘束させて頂きます」

「ツキヒロヨが男のはずないでしょう。離しなさい。私は神子よ」

「チャンドラ様、少しお静かにお願いします。男か、そうでないかは、すぐ分かりますから」

 ミレイは拘束されている俺に近付くと、その場に跪き、俺の着ている白衣に手を掛けた。

「それでは、確認させていただきます」

 ミレイは、白衣をめくり上げると、俺の股間を暫く凝視し、その後、恐る恐る手を伸ばし、それを確認した。

「ちょっと、そんなに揉まないで。あっ、扱いちゃ駄目です」

「これは本物、男性で間違いありません」

 バレた。俺の命もこれまでか。こんな事なら、もっと沢山の女性とイチャイチャすれば良かった。

「そんな。ツキヒロヨが男のはずない」

「チャンドラ、御免。僕、本当は男なんだ。名前も最後にヨが付かない、ツキヒロが正しい名前なんだ」

「え、ツキヒロ。ツキヒロ。・・・。カグヤ様の息子なの。じゃあ本当に男なのか」

「チャンドラ様。ツキヒロ様のこれを見れば一目瞭然でしょう」

「それは、ただの腫れ物ではないのか」

「これは男性の証明ですよ。知らなかったのですか」

「その腫れ物が男性の証明。そんなの初めて見るし。いや、ちょっと待て。ルナ様にも同じものが付いていたぞ」

「それはそうですよ。ルナ様の身体は男性ですから」

「ルナ様が男性。そんな馬鹿な。それではルナ教の教義は何なのだ。男であるルナ様が男を要らないなんて。おかしいでしょう」

「ルナ様は、男を要らないなんて一度も言っていません」

「じゃあ、ルナ教の教義は」

「ルナ様が眠っている間に、周りの者が勝手に作ったものです。ルナ様は、むしろ、男の人を愛していました。今も男の人との出会いを求めて眠っておられます」

「そんな」

 チャンドラは信じられないといった顔だ。


「しかし、男の人を愛していたとは、随分と博愛主義者なんだな、ルナ様は」

「いえ、ルナ様は、女性は嫌いです。というか、昔、女性に襲われ、成人女性に恐怖心がある様です。特に女性の胸の大きな突起を見ると震えていらっしゃいました」

「それは難儀な。それでミレイ達に胸の突起が無いのか」

「その通りです。私たちは、資材の調達などで外に出る必要があるため、女性型なのですが、この研究室内では埃対策のため、裸でいる事が普通であるため、この様にしたそうです」

 俺が自分の着ている白衣を気にしていると、ミレイが続けた。

「お二人が着ている白衣は、神子様が恥ずかしくない様に、特別に用意されているものです」

 それでこの白衣、子供サイズなのか。

「もしかして、チャンドラが成長抑制魔法を掛けられているのはそのせいか」

「神子様は、ルナ様に直接お会いする場合が有りますから。それと、成長抑制魔法でなく形態維持魔法ですね」

「それって違うのか」

「文字通り、成長を抑えるのが成長抑制魔法。形態維持魔法は、成長を抑えているのではなく、体型を維持しているだけです」

「それって、身体に無理をさせているように感じるけど、そんなので寿命が延びるのか」

「成長抑制魔法にせよ、形態維持魔法にせよ、身体に負荷がかかりますから、掛け続けると寿命が縮みます」

「ちょっと待ったー。私は寿命を延ばすために魔法を掛けていると聞いたんだけど。全く逆じゃない」

 チャンドラが大声を上げた。

「ルナ教は嘘吐き集団ですからね」

「ガーン」

 チャンドラが擬音を自分で叫んで固まってしまった。

「はっきり言ってしまえば、ルナ教幹部は詐欺師の集まりです。少しも信用できません。ルナ様も全く相手にしておりません」

「そんな」

 チャンドラは項垂れてしまった。


「そうか。女性恐怖症で女性を信じていないとなれば、男友達が欲しくなるよな」

「いえ、ルナ様が男性を求めているのは、友達としてではなく、恋人としてです」

「ルナ様って昔から同性愛者なのか」

 今は同性愛者が普通である。というか、女性しかいないので同性愛者しかいない。

「ルナ様は身体こそ男性ですが、心は女性なのです。ですから、恋愛対象は男性なのですよ」

「そうなのか。心は女性だったのか。それなのに女性恐怖症とは、いろいろ大変だね」

「自分は女性のつもりなのに、周りの女性から襲われたら、無理もないのかも知れません」

 うん。うちのカグヤとは絶対に会わせない様にしよう。賢者ルナのトラウマが酷くなってしまう。


「それで何故、ルナ様は何年も寝ているんだい」

「最初に眠りについたのは、愛する男性の子供を産むためだったそうです」

「いくら心が女性でも、身体が男性では子供は産めないだろう」

「その不可能を可能にするため、ルナ様は研究に研究を重ねました。その副産物として出来たのが女性同士で子供を作る魔法です」

「男性でも子供を産むための研究の副産物が原因で、男性が居なくなってしまったのか。何とも皮肉なものだね。それで、研究の本来の目的は達成出来たのかい」

「それが、幾ら研究を重ねても、ルナ様が子供を産む事は出来ませんでした」

「それは残念だったな」

「しかし、そこで諦めないのがルナ様の凄いところです。目的が達成出来ないのは、技術が遅れているからだと考え、技術が発展した未来まで眠る事にしたのです」

「なるほど。眠りについた理由は分かったよ。だけど、最初に寝ていたのは千年だよね。流石に長過ぎないか」

「ルナ様は最初、百年したら目覚めるつもりでいた様です。それが、機械の不調か、設定のミスか、理由は分かりませんが、目覚めたら千年経っていたそうです」

「それは驚いただろうね。寝ている間に女しかいない世界になっていて、しかも、その原因が自分の研究の所為で、そのうえ、男を要らないとする、ルナ教の神に祀り上げられていたのだから」


「それからルナ様は、何処かに男が隠れ住んでいないか、世界中を探し廻りました。男性に反応する罠等も設置しましたが、今日までは、どれ一つ反応する事は有りませんでした」

「あの祭壇の前の床が抜けたのは、男性を捕まえるための罠だったのか」

「そうです。一旦捕獲したのち、説得して、ここの居住区で保護する計画でした。しかし、男性を見つけることが出来なかったルナ様は、今までの研究に加え、男性を作る研究を始めたのです」

「居なくなったなら、作ればいいやってか。随分の無茶苦茶だな。それでホムンクルスを作ったのか」

「最初はロボットから始め、アンドロイドからホムンクルスへと研究を進めていきました。研究の準備をし、研究が自動で進んでいる間は次元貯蔵庫で眠り、25年経ち結果が出たら、起き出して、それを検証して、再び準備をして、また眠る。それを繰り返していたのです」

「随分と結果が出るのに時間が掛かるんだな」

「例えば、ホムンクルスなら、一体培養するだけで20年以上掛かります」

「そんなに時間が掛かるものなのか。確かに、結果が出るまで待っているだけならば、寝ていた方がいいか」

「ですがもう、それは必要無くなったかも知れません」

「研究が成功したのか」

「研究が成功したのではなく、必要なくなったのです。ツキヒロ様がいらっしゃれば、もう人工的に男性を作る必要は有りません」

「えー。僕、実験動物は嫌だよ」

「そんな事は致しません。ツキヒロ様には普通に生活して、子供を沢山設けていただければ、それでいいのです」

「そう言われると、種馬みたいで少し嫌な感じになるけど。子供は沢山欲しいかな」

「頑張って下さい。陰ながら応援致します」

 取り敢えず、命の危機ということにはならないで済んだ様だ。


「そういえばチャンドラはどうした」

「神子様でしたら、余程ショックだったのでしょう。あそこで膝を抱えてぶつぶつ言っていますが」

「あー。本当だ」

 俺はチャンドラに近付き、肩を揺すりながら声を掛けた

「チャンドラ、大丈夫か」

「ふふふふふ。・・・。だあーーー。幹部連中め、よくも私を騙してくれたな」

 チャンドラの怒りが爆発した。

「タダで済むと思うなよ。ルナ様が起きたら、ルナ様を引き連れて、殴り込みを掛けてやる。神子を舐めるなーーー」

 折角、命の危機から脱したと思ったのに、何だかこれは、まだ、これから一悶着ありそうだ。


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