第11話 研究室
ティモカと一緒にアース研究所へ転移された時も同じような部屋に出たが、同じようで少し違う。
アース研究所の部屋が、薬草や動物の素材が並び、魔法陣が描かれ、謎の液体が煮詰められている。謂わば、魔女の実験室といった感じだったのに対して。こちらは、見慣れない機械が置かれ、ランプが点滅し、アシスタントのアンドロイドが行き来する。まさに、マッドサイエンティストの研究室といった感じだった。
「良かった。見て見て。人がいるわ」
チャンドラがアンドロイドに向かって走り出そうとしたので、俺は慌てて彼女を止めた。
「待て。お前、裸で行く気か。まず、そこの服を着ろ」
扉を出てすぐの所に貫頭衣のような白衣が置いてあった。
「それにあれは多分人間じゃない」
「え。幽霊なの」
チャンドラは手に取った白衣を握り締めたまま、俺の後ろに逃げ込むように隠れた。
「いや、幽霊じゃない」
「じゃあなんなのよ」
「多分アンドロイドだ」
「アンドロイド?なにそれ」
「人間に似せたロボットのことだ」
「ロボットって、掃除していたやつと同じってこと」
「まあ、そうなるな」
「嘘だー。どう見ても人間じゃない」
チャンドラはまったく信じていない。
「よく見てみろ。頭にアンテナのようなものが二本付いているだろう。そのうえ顔がみんな同じだ」
「そう言われると、そうね」
「それに、何より、裸なのに、胸の突起もなければ、お股に穴が無いじゃないか」
「胸の突起に、お股の穴って。どこ見てるのよ。でも確かにそうね。人間なら有り得ないわ」
「昔のキューティな変身美女アニメじゃないんだから。胸の突起ぐらい付けておけよーーー」
「あなた、何を叫んでいるの。訳分からないわ」
「お前には、突起も穴も付いていて良かったよ」
「何言ってるのよ。バカーーー」
思いっきり、グウで殴られた。
その後白衣?を着た俺たちは研究室の中を調べることにした。アンドロイドたちは何やら作業しているが、俺たちには関心がないようだ。俺たちが何をしていても見向きもしない。試しに触ってみたが、そのまま作業を続けている。
「ちょっと。何してるの」
「アンドロイドの性能調査」
「性能調査で何故、胸を揉む必要があるの」
「うーん。どの位人間に近いかの確認かな?」
「何故疑問形なの。全く、そんな事よりもっと他に調べるべき事があるでしょ」
「本当にお股に穴が無いかの確認?」
脚を開いて貰い、下から覗き込む様にしなければその確認は難しい。それかM字開脚して貰うかだな。
「そうじゃないわよ。ここからの脱出方法に決まってるでしょ」
「そうだよね。分かってたよ」
「怪しいものね」
チャンドラに呆れ顔で見られてしまった。
「そうだ。このアンドロイドに聞いてみるのはどうだろう」
「え、この人たち喋れるの」
「分からないけれど、確かめてみた方が良くないか」
「それもそうね」
「じゃあ、試してみるぞ」
俺は今まで胸を揉んでいたアンドロイドに話しかけてみることにした。
「アー、もしもし。そこのアンドロイドさん」
反応が無い。
「何よ、その、アンドロイドさんて」
「え、だって、じゃあ、何て呼べばいいんだよ」
「う。そうね。えーと。そうだわ。額に書いてある番号で呼びかけてみたらどうかしら」
アンドロイドの額には、それぞれ別の番号が書かれていた。
「成る程。アー。24号。少しいいかな」
額に24と書かれたアンドロイドが作業を止め、こちらを振り向いた。
「反応したわよ。喋れるか聞いてみて」
「24号。君は喋れるかい」
24号は首を横に振った。
「喋れないのか」
「喋れないけれど、こちらの言っている事は分かるのね。出口を聞いてみてよ」
「24号。出口がどこか分かるかな」
24号は無言のまま、俺たちが入って来た扉を指さした。ああ、この部屋の出口は確かにその扉だ。
「地上への出口を聞いてみて」
「そうだね。24号。地上への出口を教えてくれないか」
俺の質問に、24号は首を傾げた。俺の質問の仕方が悪かったのか。それとも地上への出口を知らないのか。
「24号。地上への出口を知らないのか」
今度は、首を縦に振った。
「残念ながら知らないみたいだよ」
「そうね。残念だわ。仕方がないから他を探しましょう。ほら、行くわよ」
「ちょっと待って、もう一つだけ確認したいことがあるんだ」
「ちょっと待つくらいなら、別に構わないけれど」
「24号。M字開脚してくれるかな。・・・。ああ、24号。もういいよ」
「何してるのよ。ばかーーー」
俺は再び、グウで殴られた。因みに、穴は無かった。
それから俺たちは、地上へ出る手掛かりがないか探りながら、研究室の奥に進んでいった。そして、研究室の一番奥でガラスの棺のような物を発見した。
「中に、裸の人が入っているわよ。ピクリとも動かないけれど、死んでいるのかしら」
「死んでいるにしては、肌の色もいいし、奇麗な顔をしているな」
「そうね。奇麗な顔をしているわね。身体は少し残念ね。肌は奇麗なのに、体格の割に胸がないし。あら。これ、あなたと同じ腫れものがあるわよ」
「え。本当だ」
奇麗な顔をしているけど、この人男の人だ。どういうことだろう。月世界では、疾うの昔に男はいなくなったはずなのに。この地下に隠れ住んでいたのかな。でも、ここ、男を要らないものとしているルナ教総本山の地下なんだよな。灯台下暗しということも考えられなくはないけれど。いや、有り得ないよな。
「ねえ、ここ、数字が動いているわ。何だと思う」
チャンドラの声に思考を止め、言われた先を見ると、棺の台座についている装置に表示されている、デジタルの数字がカウントダウンをするように動いていた。
「数字が減っているね。後、9時間弱でゼロになるな」
「数字がゼロになるとどうなるの」
「普通は、ベルが鳴るとか、明かりがつくとか、お湯が溜まるとか、後は、爆発するとかかな」
「爆発するの」
「時限爆弾ならそうだね。でも、この状況なら、この人が起きる可能性が高いんじゃないかな」
「起きるの。ゾンビなの」
「いやいや、この人まだ死んでいるか分からないから」
「そ、そうね」
「それにしても、この人誰なんだろう」
「その人はルナ様ですよ」
突然後ろから話しかけられた。ビックリして俺たちが振り返ると、そこには額に30と書かれたアンドロイドが立っていた。
「君はアンドロイドなのに喋れるのか」
一瞬、固まってしまった俺達であったが、すぐ気を取り直して、俺は彼女に質問した。
「私はアンドロイドでなく、ホムンクルスです。ミレイとお呼びください」
そう言われると頭にアンテナのような物が付いていない。顔も今までのアンドロイドとは違っていた。だが、同じように裸で、胸の突起がなかった。何故、胸の突起を付けない。
「ねえ、ホムンクルスってなに」
俺の背中に隠れたチャンドラが聞いてきた。
「人口生命体のこと。アンドロイドより人間に近いかな。どちらにしろ、人によって創られたのは変わらないかな」
「そう。人間ではないのね」
「まあ、そうだな。そんなことより。このホムンクルス、棺の中の人をルナ様だと言ったぞ。ルナ様は大昔の人で、既に亡くなっているんじゃないのか」
「大昔の人で間違いないけれど、亡くなっているかは定かではないの。記録によると、お姿をお隠しになってから千年後に復活しているの。その後は25年に一度お姿を現しているわ。その25年に一度が、明日の予定なの」
「亡くなったという記録は無いのか」
「そうね。解釈の仕方にもよるだろうけれど、記録の原文そのままなら、姿をお隠しになっただけで、亡くなったとは書かれていないわ」
「ということは、本当にルナ様の可能性があるのか。ミレイ。ルナ様は後9時間程で目覚めるのか」
「そうです。明日の零時丁度。25年ぶりにお目覚めになられます」
「この棺はどうなっている」
「棺ではありません。人体保管用次元貯蔵庫です」
「この中は時間が止まっているのか」
「そうです」
そうか。賢者ルナは、こうやってルナ教を何百年にわたって牛耳って来たのか。しかし、その大半を寝ていて意味があるのか。それより、なにより、賢者ルナ、男だよな。どういう事だ。
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