第10話 地下施設
俺と神子のチャンドラは排気口の縦穴を、梯子を使って降りていった。
優に十階分以上降りてやっと底に着いた。
「はあー。やっと着いたか」
「見て、扉があるわ」
「本当だ。ちゃんと開けばいいけれど」
俺は扉の取手に手を掛け、思い切り引いた。
ギギギギギ。
錆び付いた音を立てて扉が開いた。
「中は普通に廊下だな」
「なら、先に進むわよ」
彼女は扉から中に入ると廊下を歩き出す。俺も後に続く。
「しかし、通気口の底に扉があって、その先が廊下って変じゃね」
「そう?メンテナンス用でしょう」
廊下を歩き出すと直ぐに左右にドアがあった。しかも片側六つ、全部で十二のドアが廊下の奥まで続いていた。
「一つ一つ開けて確かめない訳にはいかないだろうな」
「そうね。どこに何があるか分からない以上、そうするしかないわね」
俺は先ず一番手前の右側のドアから開けてみる。中を覗き込むとベッドと机と椅子が目に入った。特に危険はなさそうだ。俺は慎重に部屋の中に入る。
「特にトラップもなさそうだな。埃が溜まっている様子もないし、誰か使っているのか」
「前にも言ったけど、神殿は地下五階までしかないの。こんな地下深くに人がいるとは思えないんだけど」
「うーん。なら少し調べてみるか」
俺たちはその部屋の中をあちこち調べてみた。机の引き出しや、クローゼットの中、ベッドの下、目ぼしい所は全て調べたが、何一つ物は残されていなかった。ただ、やはり掃除は行き届いている。ベッドの下にさえ埃がなかった。
次に左側の部屋を調べてみたが状況は同じだ。その後からは左右手分けをして手前から順番に部屋の中を調べていった。どの部屋も何も残されていなかったが、最後に調べた一番奥の右側の部屋だけ、ドアに鍵がかけられていて入ることが出来なかった。
廊下はその先で突き当たり左右に分かれていた、突き当たり部分にはトイレが男女別にあった。
「これってトイレよね。何故二カ所に分かれているのかしら。それにこちらにある、これは何かしら」
彼女は男性用の小便器の前で悩んでいる。
「何だろうね」
俺はあえてその正体を彼女に明かす事はしない。そんな事をすれば、何故知っているということになり、男だとバレるかもしれないからだ。
「それよりトイレを済ませた方がよくないか」
「そうね。そうするわ」
俺たちはそれぞれ個室に入り用を済ませた。だが俺は直ぐには出ず、少し考え込む。考え事をするにはトイレの個室はもってこいだ。
トイレが男女に分かれていた事を考えると、この施設はかなり古い。少なくとも男がいた時代に造られたことになる。それなのに綺麗に掃除され、トイレはちゃんと水も流れた。最近まで誰かが使っていなければこんな事はあり得ない。しかし、彼女はこんな施設知らないという。男性用トイレを見て不思議がっていたから嘘ではないだろう。神子が知らない秘密の施設などあるだろうか。神子といってもこの教団のトップということではない、知らない秘密施設があってもおかしくないか。
トン、トン、トン。
俺が考え込んでいると個室のドアがノックされた。
「入ってますよ」
「そんな事は分かっているわよ。何か外から音がするわ。早く出て」
俺は慌てて個室を出ると、トイレの入り口から少しだけ顔を覗かせ外を確認した。音はトイレを出て左手から聞こえる。
シュルルルルルル。
廊下の奥から四角い箱のような物がやって来る。なんだあれは、よく見ると床に接する所に回転するブラシが付いている。お掃除ロボットか?
「何あれ」
彼女も入り口から顔を出し、それを確認する。
「お掃除ロボットかな」
「ロボット?」
「ゴーレムみたいなもん」
「へー。初めて見たわ」
お掃除ロボットが俺たちの前まで来ると方向を九十度変え、ベッドが置いてあった部屋の前まで進み、四角い箱の上部から触手のようなマニピュレーターを出すと、ドアを開けて中に入っていった。
様子を見に行くと、部屋の掃除をしているようである。
「凄い。本当に掃除している。どうなってるんだろう」
彼女は、お掃除ロボットをもっとよく見ようと、部屋の中に足を踏み入れた。
「おい、よせ。侵入者撃退機能があるかも知れないぞ」
「えっ」
俺の言葉に、彼女が振り返った時には既に遅かった。彼女はお掃除ロボットの触手のようなマニピュレーターに絡み取られていた。マニピュレーターって、言い難いし、次から単に触手でいいか。
「ちょっと。離しなさいよ」
彼女は抵抗するも、着ていた巫女装束を触手に剥ぎ取られていく。
「何これ、いや、助けて」
「待ってろ。今助ける」
俺も部屋に入り、彼女から触手を引き剥がそうとしたが、ビクともしない。逆に新しい触手が出てきて、俺まで捕まってしまいそうになる。俺は慌てて部屋の外に逃げる。
触手は彼女が抵抗するのも構わず、服を剥ぎ取ると、先端から白濁したドロドロの液体を彼女にかけた。
「何これ、ヌルヌルする」
次に触手は先端を振動させ、彼女の身体に押し付けた。
「いやだ、擽ったい」
触手は身体中撫で回し、遂には股間にも振動を与え始めた。
「いや、そこは駄目。駄目だったら。あああ。えっ、お尻も。そんなの駄目。ああああ。いや、そんな所に押し込まないで。あーん」
触手は身体中を隈なく撫で回すと、泡だらけになった彼女にお湯を掛け、泡を洗い流すと、ご丁寧に、温風を掛けて乾かした後に、床も綺麗に拭き取って部屋を出ていった。
彼女は、裸で床に横たわりさめざめと泣いていた。
「ううう。汚されてしまった」
「いや、寧ろ綺麗にされたのだと思うぞ」
「そんなこと言うなら、あなたも洗って貰いなさいよ。助けもせず、逃げたくせに」
彼女に凄い目で睨まれてしまった。
「いや、助けようとはしたんだけどね。全然、歯が立たなかったし。共倒れになるよりいいかな、と思って」
「ううううう。ところで、私の巫女装束はどこ」
「ああ、それならお掃除ロボットが持っていったよ。汚れ物だから回収したんじゃない」
「え、それじゃあ私はこれから裸でいなければならないの」
「代わりにこの服を置いていったよ」
「そうなの、なら早く渡しなさいよ」
彼女は、俺の手から引っ手繰るようにその服を奪い取ると、いそいそとそれを着込んだ。
「何なのよこの服は」
「バニーガールかな。はい、耳もつけてね」
俺は彼女にうさ耳を付けてやる。
まあ、見た目五歳児が着ても、あまりエロくわないな。寧ろ可愛い感じかな。
「可愛いね」
「そんな言葉に騙されるか」
彼女はうさ耳を取ると床に投げつけた。
「あああ。なんてことを。他に着る服ないんだしさ。それに、可愛いのは本当だよ」
俺はうさ耳を拾い上げて彼女に渡した。
「そうね。これしかないんじゃ仕方ないわね」
彼女はしぶしぶ、自分でうさ耳を頭に付けた。
彼女が落ち着いたところで部屋を出ると、丁度お掃除ロボットも向かいの部屋の掃除を終えたのか、そこから出てくるところだった。彼女はすかさず俺の背中に隠れる。
「あれ、あの部屋は鍵が掛かっていて、ドアが開かなかったのでは」
「確かにそうだったわ。おかしいわね」
見ていると、お掃除ロボットは部屋のドアに鍵をかけ、次の部屋に移っていった。
「あいつ、鍵をかけたわ」
「そうだな。一体中に何があるんだ」
「何とか鍵を奪えないかしら」
「鍵を奪うのは難しいと思うぞ。それよりあいつが鍵を開けた時、一緒の潜り込むのがいいんじゃないかな」
「でも、次にいつ来るか分からないじゃない」
「それもそうだな。そうなると、まだ調べていない所を調べるのが先か」
「そうね。それじゃあ先に進みましょう。右左どっちに行く」
「右、いや左かな」
「あいつが来たのは右からだから、右じゃないの」
「だから敢えて左なのさ」
「ひねくれてるのね」
「そんな事はないさ。美味しいものは最後に取っておくタイプなだけだよ」
俺たちは廊下を左に曲がって先に進んだ。
進んだ先には左に入る廊下があり、先程と同じ様な十二のドアが並ぶ廊下が続いていた。調べてみたが矢張りベッドと机と椅子しかない部屋だった。その突き当たりは、向こうの様に通気口に繋がる扉はなく、何もない壁だった。
右にはトイレと同じように男女に分かれたドアがあり。そこは浴室だった。試しに蛇口を捻ってみたが、ちゃんとお湯が出た。
「何で浴室も二つあるのかしら。不思議だわ」
男女別という考えが思い浮かばない彼女は、頻りに不思議がっていた。
正面は少し廊下があり、その先に両開きの扉があった。中に入るとそこには六人がけのテーブルが四組置かれていた。右奥にはカウンター越しに厨房もある。明らかに食堂だろう。
「何か食べられる物があるかしら」
「人がいればあるだろうが、今までの様子からすると期待薄だな」
「兎に角調べてみましょう」
「そうだな」
俺たちは厨房の中を調べた。
「ねえ、これって次元収納庫じゃない」
「お、そうだな。これなら何時入れた物でも腐ることがないから食べられるぞ」
「中の時間が止まってるのよね。熱々の美味しい料理が入っていればいいけど」
「どれどれ。リスト」
俺は次元収納庫に手を当て中身を確認する。
「残念ながら調理された物は入ってないが、材料はいろいろ入っているぞ」
助かった。既に時間はお昼を過ぎていて、お腹がかなり空いていたのだ。
「人参、大根、玉ねぎ、じゃがいも、牛肉に豚肉、何でもあるな。何が食べたい。僕は牛肉がいいかな」
「えー。生野菜の丸噛りはいいとしても、生肉はちょっと」
「お前は料理をする気は無いのか」
「料理なんかした事ないし」
「お前、二十五歳じゃなかったのかよ」
「だって、神子なんかやっていると、上げ膳据え膳で料理なんてやる機会ないのよ。それに厨房に近付くと、子供は危ないから来ちゃ駄目、って、追い返されちゃうんだもの」
「ああ、成る程な」
俺は彼女の身長を確かめる様に、頭のてっぺんからつま先までを見た。
「どこに納得したのよ。どこに」
彼女は怒って俺を睨みつけた。
「まあいいわ。そう言うあなただって料理出来ないでしょ」
「まあ、得意ではないが簡単な料理なら出来るぞ」
「本当?なら何か作ってみてよ」
「そうだな、腹も減ってるし直ぐ出来るのがいいよな。さっきも言ったけど牛肉でいいか」
「生でなければ」
「はいはい。分かりました。ちょっと待ってろよ」
俺は次元収納庫から、牛肉、バター、ニンニクと塩、胡椒を取り出すと、牛肉を適当な厚さに切り、筋切りをし、塩と胡椒を振る。次にフライパンを火にかけバターを溶かして、そこにスライスしたニンニクを入れ炒める。焦げ茶色になってきたら、そこに先程の牛肉を入れ、両面焼き色が付くまで焼いて出来上がり。
「ほれ出来たぞ」
「随分簡単なのね。これなら私でも出来そうだわ」
「まあ、焼いただけだからな」
彼女は出された肉をナイフで切り分けて頬張る。
「うん、普通に美味しいわ」
「そりゃどうも」
俺も自分の分を食べていく。
「隠し味に醤油があるとよかったかもな」
「何か言った」
「いや、何も」
思わず心の声が漏れていた様だ。
「さて、腹も膨れたところで探索の続きをするか」
「そうね。早く脱出経路が見つかるといいけど」
「見つからなかったらまたここに戻って来ればいいさ。一月分位の食料はあるぞ」
「随分呑気なのね」
「ここまで来たら焦っても仕方がない」
「それもそうか。あなたが一緒でよかったわ」
「じゃあ、行きますか」
俺たちは食堂を出るとそのまま真っ直ぐに廊下を進んだ。左手に先ほどの浴室、トイレと続き、次にあった扉はリネン室の様な部屋だった。タオルやシーツ、毛布などが置いてあった。これで今夜寝ることになっても困らないだろう。その隣は物置で、その隣は温室?植物園というより、家庭菜園なのかな。野菜や果樹などの植物が植えられている部屋だった。
「これも、あのお掃除ロボットが管理しているのかしら」
「人がいなければそうだろうね」
「凄い技術よね。ルナ様が作ったのかしら」
「賢者と呼ばれた人だからな、その可能性が高いんじゃないか」
「あなた、やっぱりルナ教の信者ではないのね」
「うん、ルナ教の信者ではないけど、どうして今になって言ってきたの」
「ルナ教信者にとってルナ様は神であって、賢者と呼ばれた人ではないからよ」
「ああ、成程ね。別に信者じゃないって、隠してた訳ではないんだけど、飛んだ失言だったわけだ」
「まあ、初めから、私を敬わない時点で分かっていたけどね」
「ははは。そうだね。ただ興味本位で、ルナ様の復活を見てみたかった観光客なんだ」
「別に構わないわよ。信者以外入場規制しているわけでもないし。一般の人が興味を持ってくれるのは寧ろ大歓迎だわ。それで、どうかしら、あなたもルナ教に入ってみない」
「それは無理だと思うな」
「それは残念。気が変わったら何時でも言ってね。」
その後、彼女からルナ教に勧誘されることはなく、野菜や果物についておしゃべりしながら家庭菜園を巡った。
家庭菜園を一回り見終わった俺たちは廊下の先に進む。廊下はそこで突き当たっていて、正面に扉があり、右手は扉がないものの広い部屋となっていた。
右手の部屋は、お掃除ロボットの待機所、兼、整備工場といった感じの部屋だった。大小様々なお掃除ロボットが待機していた。中には家庭菜園の管理用のロボットらしい物もあり、他にも、お掃除用途でないロボットたちもいた。
このロボットたちが賢者ルナがいた頃から、この施設を管理していたのだろうか。よく壊れなかったものである。
そして、いよいよ突き当りの正面の扉である。この扉には開け閉めするための取手がない。代わりに。取手があるはずの場所に、ここに触れろ、と書かれている。状況からみて自動ドアだろう。俺は迷わずその部分に触れた。
プシュー。
空気が漏れるような音がして、ドアが横にスライドして開いた。中を覗くと小さな小部屋で、その奥にもこちらと同じような自動ドアがある。
「二重ドアだ。どうする。僕一人で先を確認してこようか」
「いや、一緒に行くわ」
「そうか、じゃあ入ろうぜ」
二人が入ると最初のドアが自動で閉じた。俺は奥にあるドアの取手部分に触れた。しかし、ドアが開く気配がない。
「開かないな」
俺が首を傾げていると、彼女に袖を引かれた。
「ここに何か書いてある」
そこには、入室の手順が書いてあった。
「どうする」
「指示に従うしかないでしょ」
俺たちは服を脱ぎ全裸になる。そして脱いだ服をロッカーに入れた。
次いで壁にあるボタンを押した。途端に目の前が真っ白になる。
「キャア」
彼女がビックリして俺に抱き付いた。
「大丈夫だ、唯のミストシャワーだよ」
「ごめん」
彼女は慌てて俺から離れた。
見た目、五歳児とはいえ裸で抱き付かれたら、流石の俺もドキドキする。
彼女も恥ずかしそうに下を向いていた。
ミストシャワーが終わると、温風が吹き付け、身体を乾かしていく。程よく乾いたところで奥の扉が自動で開いた。俺たちは、おずおずと扉の中を覗き込んだ。そこは様々な実験器具が並ぶ、正に研究室だった。
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