第9話 神子

 ティコに着いた翌日、俺たちはルナ教神殿に向かう坂道を登っていた。復活の予定は明日であるが、一度下見をした方がいいだろうと護衛騎士のパトラが言い出した。最初は一人で行くと言っていたが、明日は信者で混み合ってゆっくり見学できないだろうから、と今度はカグヤが言い出し、結局全員で行く事になった。勿論、俺は男だとバレないように女装させられている。


 神殿への坂道は、かなり急な上り坂で、殆ど登山と言えるレベルである。時間的には朝であるが、後一週間以上は、太陽が昇ることはない。地球に照らされ薄暗い中、照明魔法で足元を照らしながら登らなければならない。

 そんな坂道を、日頃鍛えている、パトラとワンユの騎士と、地球の重力下で育ったカグヤはスイスイ登っていく。一方、普通の侍女であるブリジットとティモカは、登るのが辛そうだ。

 俺は、ブリジットの後ろから、大きなお尻を両手で押してやる。

「ブリジットお姉ちゃん、頑張って、後少しだよ」

「ハア、ハア、ハア。ツキヒロ様、ありがとうございます。頑張りますね」

「ブリジット先輩ばかりずるいです。私も疲れましたから、ツキヒロ様に押して貰いたいです」

「ティモカお姉ちゃんはまだ元気じゃない」

「そんな事ないですよ。ほらフラフラです」

 ティモカは態とふらついてみせる。

「本当だね、じゃあ僕が喝を入れてあげるよ」

 俺はティモカの後ろに回ると、お尻の割れ目に思いっきり指を突き刺した。

「痛い。痛たあー。ツキヒロ様、酷いです」

 ティモカはお尻を押さえて跳び上がった。

「これで元気が出たでしょ」

「ううう。痛いです」

「あら、ティモカ、やっぱり痔なの。気を付けなさいね」

 ティモカは、またカグヤに、痔の疑いをかけられてしまった。


「お母様、賢者ルナは本当に明日、復活するでしょうか」

 坂道を登りながら俺はカグヤに聞いてみる。

「どうかしら。ただ今回は神子に神託が降りたそうだから、可能性は十分あるわ」

「神託なんてあるんですか」

「巷では、予知魔法だって話よ」

「ああ、成る程」

 この世界に予知魔法はある。これを神託だといえば区別がつかない。

「今回神託を授かった神子、チャンドラといったかしら。彼女の的中率は八割を超えているそうよ」

「神託にしろ、予知魔法にしろ、凄い的中率ですね」

 普通、予知魔法で五割を超える結果を出すのは難しい。それを八割越えてとは、彼女は余程予知魔法の才能があるのだろう。それとも本当に神託だろうか。

「本当にね。あら、そろそろ着くわよ」

 上り坂が終わり、少し平らな山の中腹に寺院の門が照明に照らされて見え始めた。


 俺たちが門を潜るとそこは中庭で、その先に神殿や幾つかの建物があった。それらの建物に行くには、階段を登らなければならないらしい。あちこちに階段が見える。

「取り敢えず神殿に入って見ましょうか」

 カグヤに先導され神殿に入る。特に途中で呼び止められるでもなく、自由に入って構わないようだ。


 神殿の中は、床が板張りで、ただ広い体育館のような空間だった。前方に、賢者ルナだろうか、一つの像が祀られている。

「これがルナ様の像なの」

 俺はその像に近づき見上げながら手を伸ばす。

「触ってはいけません」

 横の入り口から入ってきた少女の言葉に、俺は手を引っ込めた。


 コテコテの巫女装束を着た女の子が駆け寄ってくる。駆け寄ってきて、俺の目の前で止まることなく、巫女装束の裾を踏んで転げて俺に突っ込んできた。突然のことに、俺も受け止めきれず一緒に転んでしまった。

 転んだ拍子に俺たちはルナ像にぶつかってしまう。そのとたん像が激しく光り出した。誰もが目を眩ませる。俺も目を瞑り、光が収まるのを待とうとして、不意に浮遊感を感じた。どうやら床が抜けたようだ。そのまま女の子と一緒に下に滑り落ちた。垂直落下ではない。床の抜けた先は滑り台のように傾斜が付いていて、そこを滑り落ちているのである。


 暫く滑り落ちて、狭い部屋のような所に出て、止まった。目の前にはお尻がある。一緒に落ちた女の子のものだ。俺の股間あたりには、彼女のプニプニの頬っぺたが押し当てられている。どうやら意識がないようだ。

「おーい起きて」

 お尻に呼びかける。反応がない。俺は軽くお尻を叩いてみる。

「おーい」

 やはり反応がない。撫でてみても、突いてみても、摩ってみても反応がない。

 最後に鷲掴みにして揺すってみた。振動が頬にまで伝わり、股間と擦れて気持ちがいい。そんな事をしていたら彼女はやっと目を覚ました。

「うーん。ここはどこよ」

「目が覚めたなら退いてくれるかな」

「あっ、すまない。今退くよ。ん。大変だぞ、股間が腫れているわよ」

「大丈夫だから、早く退いてよ」

「そうはいかない。こんなに腫れているのに」

 彼女は、俺のスカートを捲り上げると、下着も下ろしてしまった。

「何じゃこりゃ」

 彼女は俺の下半身を見て絶叫した。

「何かの呪いか。悪魔付きなのか。まさか移ったりしないだろうな」

 彼女は俺の上から素早く跳ね起きると、俺から距離を取った。

「大丈夫だよ。移ったりしないから」

「そうか、それならばいいのだが。避けるような態度を取ってすまなかった。突然のことで気が動転してしまった」

 彼女は俺に頭を下げた。俺が男であることに気付いてないようだ。温泉での女性もそうであったが、そもそも、男というものを実際に見たことがある者は、この月世界に殆んどいない。分からなくても仕方がないことだ。まして、彼女は俺と同じ位の年齢である。いくらルナ教の関係者だとしてもそれはやむを得ないだろう。


「私は、チャンドラ。この神殿の神子よ」

「僕は、じゃない、私はツキヒロヨ。よろしくな、チャンドラ」

「ツキヒロヨ、私は君より歳上よ、神子でもあるんだ、チャンドラ様と呼んで」

「歳上なのか?年齢も近いようだし、呼び捨てでいいじゃないか」

「何を言っているの。こう見えても私は二十五歳よ」

「えっ、どう見ても同じ歳の五歳位にしか見えないんだが」

「ルナ教の神子は貴重な能力を持っているから、長生きできるように成長抑制の魔法を掛けられているのよ」

 見た目が五歳児だが、実年齢は二十五歳。つまり、これは合法ロリなのか。

 いや、俺はロリには興味が無い。

「成る程な。でもそれなら五歳児と変わらんだろ」

「そんなことない。ちゃんと二十五年間生きてきたのだから」

 彼女は両手を握りしめ、上下に振りながら抗議してくる。まるで駄々っ子だ。

「ああ、分かった、分かった。それでここはどこなんだ。なんだか大分、滑り落ちてきたようだが」

「ルナ様の像に付いていた、緊急脱出装置が働いたのね。そうするとここは神殿の地下五階になるわね。皆が心配しているでしょうから早く戻りましょう」


 彼女は小部屋の出入口まで行くと、扉に手を掛け開けようとした。しかし、押しても引いてもびくともしない。

「おかしいわね。開かないわ」

「どれ」

 俺も試してみるが、開く気配がない。鍵らしいものもなく、ドアノブは回るが、押しても引いてもやはりびくともしない。

「この扉、本当に開くのか」

「出入口はここしかないし、開くはずよ」

「今まで、使ったことはあるのか」

「ないわね。代々神子だけに教えられている秘密装置だから、今までに使った人は誰もいないわ」

「ちょっと待て、神子だけが知っているってことは、待っていても誰も助けに来ないってことか」

「いつかは見つけて貰える可能性もあるけれど、直ぐには無理でしょうね」

「まじか。そもそもこれって、本当に緊急脱出装置なのか、むしろ防犯用のトラップなんじゃね」

「その辺は、代々の神子の解釈によるみたい」

「おい。そんないい加減でいいのか」

「仕方がないのよ。口頭の伝承なんだから情報が不完全になるのは」


「はー。それでこれからどうする」

「どうするって。扉が開かないんだからどうしようもないわよ。滑り降りてきた坂はとても登れないわ」

 滑り落ちてきた坂は、かなりの急勾配だ、しかも滑りやすい素材で出来ている。特殊な道具でもない限り登るのは不可能だろう。

「どうしようもないことはないぞ、あそこを見ろ。通気口がある。子供の俺達なら何とか入れそうだぞ」

 壁の天井付近に通気口と思しき穴が開いている。

「私は、子供ではないわよ。だけど、そうね。私たちなら入れそうね。でも、あそこまで届きそうにないわ」

「僕が肩車するから、上に乗って」

「成る程。それなら届きそうね」


 俺は彼女を肩車する。太腿のすべすべした感触がなんともいえない。

「なんとか、手は届いたわ。これからどうするの」

「足の下を手で支えるから、立ち上がって、肩を踏んで、そこから中に潜り込んで」

「分かったわ。よいしょ。キャア」

「大丈夫か」

「大丈夫、ちょっと不安定で声が出ただけ」

 彼女の叫び声に、俺は思わず上を見上げていた。そこには俺の両肩に足を乗せる彼女の下着が見え・・・なかった。彼女の巫女装束の中はノーパンだった。成る程、だから、さっきお尻を触った時に下着の境界を感じなかった訳だ。

「ぶほ」

「どうしたの」

「何でもない。続けてくれ」

「了解。どっこいしょ。入れたわよ」

「どうだ、奥に進めそうか」

「大丈夫みたい。奥の方が広いわ」

「なら、奥で方向を変えてこちらに手を出してくれ、それにつかまってよじ登る」

「分かったわ。ちょっと待っていてね」


 こうして、どうにか排気口に二人で入り込み、狭い排気口の中を一列になって進む。当然先に入った彼女が先頭で、俺が後だ。巫女装束の下はノーパンの彼女のお尻が左右に振られながら俺の目の前を進んでいく。俺はロリコンではないが、それが気になったのは仕方がない事だろう。そのため、彼女の合図を聞き逃した。


「止まって」

「え、ブホ」

 彼女のお尻に顔面ダイブしてしまった。

「ちょっと、止まってと言ったでしょ」

「ごめん、少しボーっとしてた」

「もーう。気を付けてよね」

 彼女は、お尻に食い込み気味になった、巫女装束を直しながら言葉を続けた。


「縦穴に出たわ」

「上に行けそうか」

「縦穴は上にも続いているけど、なぜか梯子があるのは下だけよ」

「下か。下は後どのくらいあるんだ」

「それが変なのよ、見る限りかなり深くまで縦穴が続いているわ」

「何が変なんだ」

「神殿は地下五階までのはずなのよ」

「どうする。戻るか」

「戻るにしても、下がどうなっているか確かめてからにしましょう」

「そうだな。梯子があるんだ。下から出られる所があるかもしれない」

「それじゃ行くわよ」


 俺たちは縦穴を下へ下へと下りて行った。それは、まるで奈落の底へ吸い寄せられているような感覚だった。


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