第4話 秘密結社


 転移した先は実験室の様な所だった。


 ティモカの腕環の魔法で転移したのだろうが、普通ならあり得ない。


 月世界は魔素に溢れている。誰でも無尽蔵に魔法が使えるのである。

 攻撃魔法や転移魔法が使い放題なので、放っておくと、犯罪が多発してしまう。

 そうならない為、それに対抗する方法が考え出された。防御魔法や結界魔法、魔法無力化の技術が発展したのだ。


 当然屋敷の中では、攻撃魔法や転移魔法は使えないはずだ。使えるのは精々威力の低い生活魔法程度である。それなのに、転移魔法が発動した。

 そうなると、あの腕環には余程特殊な魔法が込められていた事になる。


 そんな物を何故ティモカが持っていた。というか、ここ何処。


「ティモカお姉ちゃん、ここ何処」

「何処でしょう。私も詳しく知らないのです。ただ、ツキヒロ様が絶対に安全に暮らせる場所のはずです」


 おい、それって騙されて無いか。


「ティモカお姉ちゃんはその腕環何処で手に入れたの」

「この腕環ですか。街の占い師さんにタダでいただきました。その占い師さんによると、この腕環を使えば、ツキヒロ様を絶対に安全に暮らせる場所へお連れする事が出来るそうです。それをタダで、ですよ。タダ。親切な人もいたものですよね」


 これは完全に騙されている。というか、普通信じないだろ、そんな怪しい奴。


「ここが安全に暮らせる場所なのですかね」

「そうだよ、ここに居れば絶対安全だ」


 ドアを開けて、白衣を着た、化粧っ気の無い、50歳位のおばちゃんが入ってきた。

 おばちゃんといっても、スタイルは良く、顔も悪くない。化粧をすればギリギリストライクゾーンだ。


「ここに居れば衣食住何不自由無く暮らせるぞ。私の実験動物として」


「実験動物ですって。私は嫌よ」

「お前さんの事はどうでもいいのさ。用があるのはその男の子の方だから」


「ツキヒロ様は、渡さないわ」


『ライトニングアロー』


 ティモカが攻撃魔法を放とうとするが魔法は発動しない。

「ははは。攻撃魔法が発動する訳ないだろう」


 ティモカが着けていた腕環に魔力を込める。

「言っておくが、その腕環は一方通行だ。魔力を込めても無駄だよ」


 ティモカが脱出を試みたが無理だったようだ。俺は、おばちゃんに聞いた。

「おばちゃんだあれ」

「お、お、おばちゃん・・・。私は、秘密結社アース研究所、所長のロイシュネリアよ。これからは所長とお呼び」


「おばちゃんは、どうして僕を実験動物にしたいの」

「おばちゃんではない所長だ、所長」


 敢えて所長と呼ばずおばちゃんと呼ぶ。

「おばちゃん、おばちゃんは、どうして僕を実験動物にしたいの」

「う、もういい。私は若いころから、勿論今も若いが、失われた幻獣、男に関心があった。この手でどうしても研究したかったのだ」

 俺は幻獣なのか。


「そこで私は考えた。月世界にいないなら地球から捕まえてくればいい。そこで思いついたのがカグヤ様を餌にする方法だ」

 カグヤは餌なのか。


「生まれたばかりのカグヤ様を地球に転移させる。私は転移魔法にかけては月世界一の天才だからな。地球に送りつけるだけなら造作もない」

 おばちゃんは転移魔法の大家らしい。


「そして、餌に食いついた男共を根こそぎ月世界に吊り上げる予定だった」

 盛大に食いついていたようだから、そこまでは成功か。


「しかしだ、カグヤ様を迎えに行った馬鹿どもが、唯の一匹も男を連れてこなかったのだ」

 まあ、普通そうなるよね。ルナ教とかいるし。


「私は絶望した。しかし、天は私を見放さなかった。カグヤ様が身籠っていたのだ、しかも生まれたのは男の子。正に天からの授かりものだ」

 それって、俺のことだな。


「分かったか、お前は、天から、私への、贈り物だ。私の物だ。私の貴重な実験動物だ」

 何かとんでも理論だ、自己中もいいところである。


「それで、ティモカお姉ちゃんを騙して僕をここへ攫ってきたの」


「そうだ、何もしなければ、もうすぐお前が襲撃を受けて死ぬと占ってやったのさ。そして、安全な場所に転移できる腕輪をくれてやった。仕上げに、昨日、ルナ教の馬鹿奴らを嗾けて、お前を襲撃させたのだ」

 昨晩の襲撃までこいつらの計画のうちか。

「あいつら、男の希少性を全く理解していないのだから、全く馬鹿な奴らだ。すぐさま滅んで仕舞えばいいのだ」

 ルナ教とは仲が悪いらしい。


「そしてようやく、貴重な実験動物を手に入れたのだ」

「えー。実験動物なんかやだよ。おばちゃん、家に帰してよ」


「おばちゃんじゃない。もういい、部下AとB、この二人を閉じ込めて置け」

 おばちゃんは、同じく白衣を着た部下AとBに俺たちを連れて行くように命令する。

「手荒なことはするなよ。貴重な実験動物だから」

 飽く迄、実験動物らしい。


 俺たちは塔のような建物に閉じ込められてしまった。

 入り口には鍵が掛けられていて、押しても引いてもびくともしない。


「ヅギビロざま。ごめんにゃざい。わだしがだばざれだばっつがりに」

 ティモカが泣いて謝っている。

「ティモカお姉ちゃん、泣くのは止めて逃げ出す方法を考えよ」

「ばい、わがりまじた」

 ティモカは袖で涙を拭いている。


「先ずは、お母様に連絡が取れれば即解決だけど」

「通信魔法は使えないようです。当然、攻撃魔法も転移魔法も駄目です」


「まあ、そうだろうね。扉はだめだったけれど、窓はどうかな」

 窓はそこそこの大きさがあるが、鉄格子が嵌め込まれていて開かなかった。


「窓も駄目そうだね。他に出られる所はなさそうだな」

「ツキヒロ様」

 ティモカが俺の服を引っ張る。

「どうしたの、何かあった」

「・・・。トイレ」

「トイレから脱出するのか、それでトイレ何処」

 俺は部屋の中を見回した。出入り口の他に扉はない。そして部屋の隅に存在感を放つ白いアヒル。


「ティモカお姉ちゃん、若しかして、トイレに行きたいの」

「はい、もう限界です」


「誰か来ないか呼んでみるね」

 俺は扉の小窓から大声で叫んだ。

「誰かいませんか。トイレに行きたいから出してください」

「そこにお丸があるだろう」

 遠くから看守だと思われる人の声がした。


「僕じゃなくて、お姉ちゃんの方なんですが」

「ツキヒロ様、それは言わないで・・・」

 ティモカが真っ赤になって止めに入る。


「・・・。そこにお丸があるだろう」

 答えは変わらなかった。


 俺は白いアヒルを持って来て、ティモカお姉ちゃんに渡した

「はい、ティモカお姉ちゃんどうぞ」

 ここは敢えて余計な事は言わない。さも当然で関心がない事を装う。

「ううううう。ツキヒロ様、向こうを向いて耳を塞いでいてください」


 俺はティモカと反対の窓側を向き、耳を塞ぐ。それでも聞こえてくる衣擦れの音。窓ガラスに映る、白いアヒルにまたがるティモカの白くて丸いお尻。


 シャーーーーーーーーーー。


 ティモカは、かなり我慢をしていたようだ。


「もういいですよ。ツキヒロ様」

「うん、もういいの」

 暫く無言の気まずい時間が過ぎる。


「いま何時かな。地球が見えれば大体の時間が分かるのに、窓から見えないや」

「今、三時二十五分ですね。この腕輪、何気に高性能ですよね。時計の機能も付いています」


「ティモカお姉ちゃん、その腕環、転移に使ったやつだよね。取られなかったの」

「はい、そうですよ。別に取られませんでしたね。何の道ここからは逃げられませんし」


「でも、この塔から最初に転移した実験室までは転移できるよね」

「あれ、そうでしょうか。やってみないと分かりませんね。やってみますね」

「待った。試すのは皆が寝静まってからにしよう」

 俺は慌ててティモカを止める。

 上手くすれば塔からは出られる可能性が出てきた。


 それから俺達は皆が寝静まるまで、塔の中で大人しく脱出計画を練りながら待った。


 途中夕食を出されたが、出されたのはハンバーガーとフライドポテトだった。


 午前零時、俺達は計画を実行に移した。

 先ずは実験室迄の転移である。これがうまくいかない事には何も始まらない。計画を一から練り直しである。


「それではツキヒロ様いきますね」

「うん、お願いティモカお姉ちゃん」


 ティモカが腕環に魔力を込める。

 一瞬目眩がして、転移に成功する。周りを見渡すと最初に転移した実験室だった。

「ツキヒロ様、成功したようですね」

「それじゃあ、こっそり抜け出そう」


 俺達が扉に向け歩み出そうとしたその時、その扉が開き誰かが入って来た。

「そこに居るのは誰だい」

 入って来たのはおばちゃんだった。午前零時だというのにまで寝てないのかよ。


「お前たちは。どうやって塔を抜け出して来た。そうか、腕環か、これは迂闊だった。折角ここまで来たところを申し訳ないが、塔に逆戻りだよ」


「おばちゃん、何で起きてるの。もう若くないんだから、寝る時寝ないとお肌に悪いよ」

「口の減らない餓鬼だね。男ってのは皆こうなのかね。実験のしがいがあるね」


「ところで、そこ退いてくれないかな」

「退く訳無いだろう」


 おばちゃんは扉の前に立ち塞がっている。

 仕方がない、プランBだ。俺達は窓に駆け寄る。窓を開けて下を覗き込む。

 ここは二階の様だ、下まで三メートル位ある。地面は芝生だ、何とかなるか。


「ティモカお姉ちゃん、飛び降りるよ」

「ツキヒロ様、高いです」

「大丈夫だよこれ位。ほら行くよ」

「キャー」


 俺はティモカの手を引っ張り、窓から飛び降りた。

 俺は無事着地し、ティモカは着地後、尻餅をついていた。


「入口の門まで走るよ」


 俺はティモカを助け起こすと手を引いて走り出す。


「逃がさないよ」

 後少しの所で目の前におばちゃんが現れる。


「何で」

「転移魔法は得意だと言っただろ」


「おばちゃん、後ろを確認した方がいいよ」

「そんな手には引っ掛からないよ」


「別に引っ掛けるつもりは無いんだけどね」


「ヘボラホマ」

 おばちゃんが吹き飛ばされる。


「お母様、どうしてここに」

「屋敷からの転移で使われた魔法と、同じ魔法の発動が、ここで検知されたからね」


「そんな事分かるんだ。凄いね」

「前からこいつを捕まえようと準備してたからね」


「このおばちゃんが、赤ん坊のお母様を地球に転移させた犯人みたいだよ」


「やっぱりそうか。怪しいと思って張ってたんだ」

 パトラ護衛騎士がおばちゃんを締め上げます。


「カグヤ様、私も捕まえてください」

 ティモカが両手を組んで前に出す。

「どうしたの、ティモカお姉ちゃん」

「私は知らない事とはいえ、ツキヒロ様を誘拐し、危険な目に合わせてしまいました。ですから私も逮捕して下さい」


「別にそんなの気にしなくていいのよ。これも全て筋書き通りだから」

「筋書き通り?」

「そうよ、ティモカが持っていた腕環が転移魔法の魔道具だと知っていたし。それを渡したのがこいつらだって知っていたの、全てはこいつを捕まえるため仕組んだのよ」


「囮捜査だったの」

「そういう事。だからティモカは悪く無いの」


「それでもツキヒロ様を危険に晒してしまった事に変わりがありません。何か罰をお与え下さい」

 ティモカは、今度は土下座した。


「そういうのは面倒くさいんだけど。そうだ、ツキヒロに罰して貰えばいいわ。迷惑を受けたのはツキヒロなのだし。ツキヒロもそれでいいわよね」

「え、僕が罰を与えるの」

「ツキヒロ様、お願いいたします」

 潤んだ瞳でティモカは俺を見上げる。


「じゃあ、屋敷に帰ったらお尻ペンペン百回だね」

「ありがとうございます。ツキヒロ様」

 ティモカの頰が気持ち赤らんでいる。こいつMなのか。


「カグヤ様首謀者を拘束しました」

「パトラご苦労様。話は出来る」


「おい、カグヤ様が話をしたいそうだ」

「何でしょうか。カグヤ様。私は何も悪くありませんよ」


「あなたが私を地球に転移させたの」

「そうですよ。私は転移魔法の天才、どんな状況からでも、何処へでも転移できます。例えば、この様に拘束された状態からでも転移できます。ではさようなら」

「ちょっと待って、話があるの。お願いしたいことがあるのよ」

 カグヤが宙を掴む。

 おばちゃんは拘束具を残してその場から姿を消した。


「やっと捕まえたのに、逃げられてしまったわ。次こそは、逃げられない様に捕まえて、願いを叶えて貰わなければ」


「お母様、願いを叶えて貰うって、恨みを晴らすために捕まえたのでは無いのですか」

「恨む?何故恨まなければならないの。あんな良い思いをさせて貰えたのに。逆にお願いして、また地球に送って貰うのよ。そうすれば、また男三昧の日が送れるわ。大体、月世界に男が居ないと知っていれば帰って来なかったのに」


 どうもカグヤは地球の男との淫らな生活を忘れられない様だ。


「それじゃあ事件?も解決したし屋敷に帰ろうよ」

 俺は早く屋敷に帰って、ティモカをお尻ペンペン百回の刑に処さなければならない。

 あの白くて丸いお尻を、時には激しく、時には撫で回す様に甚振るのだ。今から楽しみでならない。


「えー。折角エラトステネスまで来たんだから、温泉入って羽根を伸ばしていこうよ」


 カグヤが我儘を言い出す。あれで女王か。とても分別のある大人の発言だとは思えない。だが、温泉。悪くない。

 というか、ここエラトステネスだったのか。随分飛ばされたものである。エラトステネスは屋敷のあるアルキメデスからは南西に千キロメートル近くもある。


「カグヤ様、余りサボっているとクレオに怒られますよ」

「パトラも入りたいでしょ温泉。クレオには黙っていれば分からないわ」

「仕方ないですね。少しだけですよ」


 次回は温泉回に決定した様だ。


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