第3話 襲撃の影響

 襲撃があった次の朝、まだ襲撃から7時間しかたっていないが、何事も無かったかの様に、皆でいつも通りに朝食の席についていた。

 朝食のメニューは、焼魚に野菜炒め、ベーコンエッグ、それと味噌汁。ご飯又はトーストは好きな方を選択できる。俺と母のカグヤは当然ご飯である。


 屋敷のある、アルキメデスは気候が温暖で住みやすい。雨の海に面しているため、魚が新鮮で美味しい。

 因みに、月世界に四季は存在しない。


 カグヤは焼魚を解しながら、昨晩の襲撃について話し始める。

「昨晩の襲撃は、ツキヒロの部屋まで侵入されるなんて失態ね」

「申し訳ありませんでした。午前零時とはいえ、昼間の明るい日に襲撃があるとは思わず、警備が手薄になっていました」

 パトラ護衛騎士が謝罪をし、侵入を許してしまった原因に言及する。

 月世界は昼間が約二週間、夜間が約二週間続く。今は昼間の期間だ。


「油断大敵ね。これからはこの様な事の無いように気を引き締めてね」

「はい、警備担当一同決意を新たに警備に当たります」


「今回襲撃して来たのは、ルナ教だったかしら、これで何回目になるかしら」

「今年に入ってルナ教は三回目です。他の団体と個人を含めると今年は既に五回目になります」


 襲撃を受けたのは、今回が初めてでは無い。毎年、年に五、六回は襲撃を受けている。特に今年は、襲撃のペースが早い様だ。ルナ教が活発に動いている。


 ルナ教は大賢者ルナを崇拝する団体で、男は要らないとすると考えだ。特に一部の過激なグループは、俺の殺害を計画している。昨晩襲撃して来たのもそんなグループの一つだ。


 ルナ教の他にも、ラビット同盟や秘密結社アース研究所等が、目的は違うが俺を狙っている。

 ラビット同盟は男を尊重し尊ぶ団体だ、俺を盟主にしようと狙っている。

 一方、秘密結社アース研究所は男を貴重な珍しいものとし、実験対象として俺を狙っている。

 どちらの団体にも、過激なグループがあり、それらは、拉致監禁する気満々である。


「今年は多いわね。もっと根本的に対策が必要かしら」

「そうですね。そちらも立案しておきます」


「そんな難しいことは考えずに、ルナ教徒を本部ごと消し炭にしてしまえばいいじゃない」

「カグヤ様、それは幾ら何でも無謀過ぎます」


 ルナ教の本部は、ティコにある。

 ティコは南部の高緯度に近い高原地帯にあり、屋敷のあるアルキメデスは北部の中緯度にあるため、赤道を挟んで反対側となる。

 移動に転移魔法を使うにしても、行こうと思えば大変な距離である。

 また、ティコは冷涼な気候であり、森林地帯だ。下手に大規模爆裂火炎魔法を使って、延焼で山火事にでもなったら大事である。


「あらそう。簡単で良いと思ったのだけれども。クレオはどう思う」

「カグヤ様、何事も武力だけに頼っていては駄目です」


 カグヤは、バリバリの武闘派らしい。

 もっとも、武術でも魔法でも地球育ちのカグヤに敵うものは、月世界には一人もいないらしい。


 それもそうだろう。地球と月では重力が六倍も違う。そんな高い重力の下で育ったカグヤの筋力は、単純に考えれば、月世界で育った者の六倍、敵うはずがない。

 魔法に関しても、魔素に満ち溢れた月世界に対して、殆ど魔素が無い地球。そんな中魔法を使っていたカグヤは、高地訓練を受けるアスリートの様なものだ。魔力操作でカグヤの右に出る者はいなかった。


 前女王の後継者と目されていたカグヤが行方不明になり、混乱していた月世界を、地球から戻ったカグヤは、その力によって、三年と経たずに平定し、自らが女王になったのである。絶対強者の女王、カグヤはそう呼ばれている。


 力で押さえ込んだのだから反発も強い、俺の事ばかりでなく、襲撃が多いのは致し方ないのである。


 カグヤはパトラと話し合いを続け、まだ食事を終えていないのに、クレオも交えてお仕事モードである。


 そんな中、俺はティモカの食事も進んでいないことに気付く。

「ティモカお姉ちゃん、食欲が無いみたいだけど大丈夫」

「ツキヒロ様、大丈夫ですよ。ティモカは元気です」


 来て早々に襲撃を受けたのである。精神的ショックが大きいのかも知れない。

 もしかすると、この屋敷のメイド見習いになった事を後悔しているかも。

 何かうまいことを言えればいいのだが、咄嗟には浮かんでこない。

 今はそっとしておく他無いか。


 朝食のデザートはフルーツの入ったヨーグルトだった。



「ツキヒロ様、午前中は何をいたしましょう」

「そうだな、襲撃者に襲われそうになったばかりだし、護身術と魔法の特訓でもしようかな」

「それは良い考えですね」

 ブリジットの問い掛けに俺が答えると、何故かティモカが涙目になりながら頷いている。


「じゃあ先ずはブリジットお姉ちゃん、僕を後ろから羽交い締めして。頑張って抜け出すから」

「分かりました。いきますよ」


 ブリジットに羽交い締めにされる。俺は身体を左右に振って逃げようとする。

 ああ、この背中に擦れるこのムニュムニュした感覚、堪らない。

 いつまでも味わっていたいけどそうもいかない。

 俺は思い切り身体を捻り、ブリジットの首に腕を回すと、今度は力任せに引き倒した。そのまま横向きに、ブリジットを胸の上から押さえ込んだ。うーむ、この弾力、素晴らしい。


「ツキヒロ様、ツキヒロ様は未だ小さいのですから。出来れば押さえ込んで捕まえるのではなく、逃げる方法を取ってください」

 ブリジットにそう言われ、そのまま抱き上げられてしまった。


「そうだね。体重が軽いから持ち上げられちゃうね」

「でも凄いです。ブリジット先輩を押さえつけちゃうなんて」


「それじゃあ次はティモカお姉ちゃんね。前から襲って来て」

「はい、それではいきますよ。捕まえちゃうぞ」


 俺に覆いかぶさる様に迫ってくるティモカ。俺は、その脇をすり抜けると、背後に回り込み、ケツを思いっきり蹴飛ばしてやった。

 ティモカは勢い余って前のめりに倒れ込む。


「酷いです、ツキヒロ様、何で私には抱き付かせてくれないんですか」

「いや、だってそういう訓練だし」

「えー。こうなれば本気で捕まえてやる。待てー」

「そうはいくか、えい」

「いた。えーん。ツキヒロ様が虐める」

「しょうがないな。ティモカお姉ちゃん大丈夫」

「と見せ掛けて、えい。捕まえた」

「ずるいよ。そんな奴にはこうだ」

「あいたたたた。指は駄目です。ツキヒロ様、指が折れます」


 そんな感じに、俺がメイド達とイチャついて、じゃなく、特訓していた頃、屋敷の地下牢では、カグヤ達が昨晩捕まえた襲撃者達を尋問していた。


「さて、それでは洗いざらい喋ってもらいましょうか」

「私は何も喋らんぞ。そてより、何故裸なんだ、私もお前も」

「それはこれから、いろいろ尋問するからよ」

「尋問するのに何故裸になる必要がある」

「身体に聞くからに決まってるでしょ」

「おい、よせ、舌舐めずりしながら近づくな」

「これがなんだか知っているかしら」

「何だその変わった形の棒は、そんな物で叩かれても痛くないぞ」

「これはね、男性のあそこを模した物なの。叩くのでなく、挿すのよ」

「刺す。そんな物が刺さるわけないだろう」

「挿さるのよ。あなたのここに」

「よせ、やめろ、どこに押し当ててる。そんなところに入れるな」

「大丈夫よ、ローションも塗ってあるし、最初は痛いけど、そのうち気持ちよくなるから。まあ、本物には敵わないけれど」

「やめろ、やめてくれ、なんでも話すから」

「そんな事はどうでもいいのよ。あなた達の知っている情報なんか、どうせ取るに足らない物ばかりなのだから。それより、お互い気持ちよくなる方が重要でしょう」

「気持ちよくなんかなるか」

「なるわよ。時間はたっぷりあるわ。じっくり、ねっとり教えてあげる。それ」

「いやアー。いたい、いたあい、いたああ、ああん。あっあーん」

「あら、もう感じてきたの。これは存分に楽しめそうね」


 まさか、屋敷の地下牢で、エロエロな尋問が毎回行われていたなんて、俺は全然知らなかった。



 昼食は、トマトクリーム味のアスパラガスと魚介のパスタ、野菜サラダ、おにぎり又はパン。デザートはアイスクリームだった。


「お母様、随分とお肌が艶々されていますが、どうかされましたか」

「そおお、別に何も無いわよ。ちょっと久し振りにスッキリしただけ」

「スッキリですか?それは良かったですね」

「そうね。でも、所詮は偽物ね。早く本物でスッキリしたいわ」


 何故そこで、俺の股間を凝視する。


 ティモカは相変わらず食欲が無い様だ。


 午前中は少し元気になったと思ったのに、部屋に戻ってからもティモカの元気は無かった。体を動かしている方が、心配事を忘れられるのかも知れない。 


「ティモカお姉ちゃん、アルプス一万尺知ってる」

「アルプス一万尺ですか、知ってますが」

「じゃあ一緒にやろ。ブリジットも一緒に歌ってね」


 ティモカを座らせると、俺も向かいに座った。


「いくよ。アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りを、さぁ、踊りましょ、ランラララ、ララララ、ランラララ、ラララ、ランラララ、ララララ、ラララララ。ヘイ。昨日見た夢、でっかい小さい夢だよ、蚤がリュックしょって、、、(以下略)」


 歌いながらティモカと手を打ち鳴らす。

 そういえば子供の頃、小槍を子山羊だと思って、子山羊の上で踊っちゃうなんてひどい歌だな。と思っていたな。童謡あるあるである。


「トントン拍子に、話が進み、キスする、、、(以下略)」

「ツキヒロ様、これって何番まであるんですか」

「ん、29番だったかな」


 最初のうちは順調だったが、20番位から手が痛くなってきた。

「命捧げて、恋するものに、何故に冷たい、、、(以下略)」

「ツキヒロ様、今何番ですか」

「えーと、20番かな」


 29番を歌う頃には、息も絶え絶えだった。

「まめで逢いましょ、また来年も、山で桜の、咲く頃に、ランラララ、ララララ、ランラララ、ラララ、ランラララ、ララララ、ララ、ララ、ラ。ヘイ。終わったー」

 が、何とか29番まで全部歌い切った。


「ツキヒロ様、この歌ってこんなに長かったですか。流石に息が切れました」

 ティモカが肩で息をしながら、笑顔を見せる。


「ティモカお姉ちゃんは、少しは気分が晴れた?やっぱり沈んでいる顔より、元気な笑顔の方がいいよ」

 ティモカがキョトンとした顔でこちらを見る。


「心配しなくても、襲撃者が来たら僕がティモカお姉ちゃんを守ってあげるよ」

「ツキヒロ様」

 ティモカが感極まって俺に抱き付いた。


 ウム、ブリジットには及ばないまでも、これはこれでいいものだ。ブリジットが大槍ならティモカは小槍だ、このまま小槍の上で踊ってしまおうか。ヘイ。


 ティモカの胸に顔を押し付けられて、夢心地でいると、

「そうですね。迷っている場合ではありませんね。私がツキヒロ様を絶対に安全な場所へお連れします」

 そう言って、ティモカが着けていた腕環に魔力を込めた。


「ティモカ、何を。ツキヒロ様」

 ブリジットが手を伸ばそうとするが、その時には既に俺達は転移していたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る