第2話 午前零時の襲撃


 俺がのぼせて意識を失っていたのは、少しの間だったようだ。裸のブリジットに膝枕をされた状態で目を覚ました。ブリジットが大きな胸が目の前に晒されている。思わず手を上げて掴んでしまった。この柔らかな感覚堪らない。


「ツキヒロ様、よかった。お目覚めですか」

「ツキヒロ様、ずみましぇんん。ずみましぇんでじた」

 ティモカが冷たいおしぼりを俺の股間に押し当て、泣きながら謝っている。こちらも裸のままだ。


「ブリジットお姉ちゃん、ティモカお姉ちゃんも、ちょっとのぼせただけだから、もう大丈夫だよ」

「ツキヒロ様、お水をお飲みください」

 俺は体を起こし、ブリジットに差し出されたコップを受け取り、冷たい水を飲み干す。


「ありがとう、スッキリしたよ。じゃあ、服を着て夕食に行こうか」

「もう大丈夫そうですね。ではそうしましょうか」

 ブリジットが額や首元を触り体温を確かめ、平熱であることを確認すると立ち上がった。


「わがりまじた」

「ティモカお姉ちゃんも、平気だから一緒に行こう。いつまでも泣いていると変に思われるよ」

「はあい」



 月世界の食糧事情は逼迫していることはなく、どちらかといえば余裕があり、備蓄に廻せる程である。

 食材の種類も豊富で、前世の日本以上に豊かである。これは、物流が魔法により行われているためだ。収納魔法に転移魔法。大量に物資を殆ど瞬時に運ぶ事が出来る。


 食事は基本的には洋食である。だが、我が家の場合少し事情が違う。母のカグヤが地球の、しかも日本で育っているため、和食が食卓に並ぶことが多い。元日本人の俺としては願ったり、叶ったりである。

 今日の夕食のメニューは里芋と人参などの野菜を煮付けたものと、冷奴、海苔の佃煮、胡瓜の漬物、それにご飯と味噌汁。だけでなく、ステーキとサラダとパンも出ている。

 食卓を囲む人数が増え、好みが分かれると、自然とメニューが増えてしまうものである。


 今、食卓を囲んでいるのは、俺、母のカグヤ、補佐官のクレオ、護衛騎士のパトラ、双子の妹のオリエとオトエ、二人の世話係のカルメとレイコ、俺付きのブリジットと今日からティモカも加わって、全部で十人である。何故か補佐官と護衛騎士も何時も一緒に食事を取っている。

 三歳の妹達がいることもあり、食事の時は何時も賑やかだ。


 給仕は、侍女長のマイヤーを中心に、数人のメイドが行ってくれる。


「そろそろ、デザートをお持ちしてよろしいですか」

「そうね。よろしく」


 食事の度にデザートが出る。女性は本当に甘い物が好きなのだろう。これだけ食べてまだ入るのだから。別腹とはよくいったものだ。


「ツキヒロ、どうしたの人のお腹なんか見て」


 カグヤのお腹を、肥らないのかなと思いながら見ていたら不審に思われてしまった。


「いえ、女の人は甘い物が好きだな、と思って」

 肥らないかなと思ったことは言わない。


「男の人は好きではないのですか?」

 補佐官のクレオが聞いてくる。


「そうね。地球にいた男性は余り甘い物を好まれなかったわね」

「僕は嫌いではないけれど、そんなに一杯は要らないかな」

「そうですか、男と女はそんな所も違うのですね」


 ここに居る中で、俺以外の男を見た事があるのは、カグヤだけだ。


「そういえば、何で月世界には男の人がいないの」

 デザートに出されたプリンを食べながら、俺はカグヤに予てから疑問に思っていたことを質問した。

「それはね。・・・。クレオ、教えてあげてくれる」


 カグヤは詳しくは知らないようだ。地球で育っているので、その辺りの知識に乏しいのは致し方ない。


「そうですね。大昔は、この月世界にも男の人はいました」

「男の人がいた事あったんだ」


「はい、それも、男と女、同じ人数がいたのです」

「そんなにいたのに皆どうしちゃったの」


「それが、その頃は今と違って、男と女のペアでないと子供が出来なかったのです」


 俺の常識ならそれが普通で、女性同士で子供が出来るのは異常なんだが。


「そこに大賢者のルナ様現れ、女性同士でも子供が出来る魔法を発明したのです」

「魔法で子供ができるの、どんな魔法なの」


「パートナーとなる女性同士で、相手の体の中にある卵を、自分の体の中に転移させて、自分の卵とくっつけて一つにするのです。今でも子供を作るときはこの魔法が使われています」


 成る程、卵子同士を魔法で融合させているのか。


「でもこの魔法には問題がありました。この魔法で生まれるのは女の子だけだったのです」


 そりゃ、卵子と卵子なら、必ず、XとX、だから女しか出来んわな。


「ルナ様が亡くなった後も、この魔法は受け継がれ、女が男の二倍を超えた頃、悲劇が起きました。ルナ様を神と崇拝する一部の狂信者が、男は要らないものとして、男性を殺し始めたのです」


「そんなひどい事が」


「そいつら、分かってないわね。男はいいものよ。毎日、取替え引換え、男を食っていた、地球でのあの日々、今でも忘れられないわ。男を知らないなんて人生の半分は損をしているわ」


 どうやら俺の母親のカグヤはビッチだったようだ。


「ツキヒロも早く大きくなって、お母さんを満足させてね」


 おい、俺の股間を見ながら、そんな事言うんじゃない。

 緑の黒髪に切れ長の瞳、別れた妻にも似ていて、正に俺の好みドンピシャだが、流石に母親とは出来ないぞ。


「ゴホン、カグヤ様、お子様の前でそういった発言はやめてください」


「それで男の人は全員殺されちゃったの」

「いえ、実際に殺された方はそれ程の数ではなかったようですが、それ以降、男の子を生もうとする女性がいなくなってしまったのです」


「それは何で」

「誰もが自分の子供が殺されるかも知れないのに、わざわざ男の子を生みませんよね。女の子なら殺される心配がないのですから」


「そう言われるとそうだね」

「こうして月世界から男性がいなくなったそうです」


「成る程ね。それじゃあ何で僕は男なの」

 まあ、何となく理由は分かるけれど。


「それは、・・・。カグヤ様」

「あなたは、地球の男性と私の子供だからよ」

 当然そうだと思ったよ。


「お父様はどんな人だったの」

「そんなの分からないわ。候補者なら二十人くらいいたけれど」


「そ、そうなんだ」

 このビッチやろう。


「カグヤ様、もう少し言葉をお選びください」


「そういえば、オリエとオトエのパートナーは誰なの。会った事がないんだけれど」

「そんな事はないわよ。毎日会っているわ」


「毎日ですか。もしかして、クレオさんですか」

「そうです。ですが私だけではありません。パトラもパートナーです」


「それってどういう事です。オリエとオトエは一卵性双生児ですよね。そっくりだし。なら、パートナーが二人いるのはおかしくないですか」


「随分と難しい事をご存知なのですね。確かに二人は一卵性です。そして私とパトラで卵を提供しています」


 言っている意味が分からず、俺は首を捻る。


「つまり、パートナー同士なのは私とパトラで、二人の卵が一つになっているのです」


「でも、生んだのはお母様ですよね」

「そうよ。生んだのは私だけれども、卵は私のではないの、借り腹よ。ん、私からみれば、貸し腹かな」


「つまり、妹達はクレオさんとパトラさんの血を引いていて、お母様の血は引いていないという事ですね」


 道理でカグヤと妹達が全然似てない訳だ。


「まあ、そうだけれど、お腹を痛めた本当の娘達よ」

「そうですね。僕にとっても可愛い妹達です」


「そうよ、可愛い妹達なのだから、いっぱい子種をあげないとね」

「何でそうなるんですか。そんな物はあげません」

 カグヤの考えは、ぶっ飛んでいる。


「あら、そうよね。子種を全部私のものよね」

「そんな事は絶対にありません」


「にいには、オリエにくれないの。オリエはコダネ欲しい」

「にいに、オトエには、オトエもコダネ欲しい」


 妹達が何か貰えると思い、話に割り込んできた。

 妹達に子種なんかあげられる訳がない。いや、血は繋がってないのだからこの場合オッケーなのか。いや、血の繋がりが無くても兄妹は、兄弟、そんな事は駄目だろう。いや、でも。


「取り敢えず、大きくなってから考えようね」

「にいにの、甲斐性無し、優柔不断、意気地なし」

「にいにの、種無し、不能、役立たず、腐れチンポ」


 妹達の罵声が心に突き刺さる。



 楽しい家族との団欒(心に傷が残ってしまったが)の後は、就寝の時間となる。時間は夜八時、良い子はお眠の時間である。外はもうすっかり暗く、なってはいなかった。


 月世界では昼間がおよそ二週間続く、夜も同じく二週間続くのだ。つまり今日は日が沈まない。次に日が沈むのは今日から数えて四日後だ。

 因みに、空に浮かぶ地球が一回自転して、同じ面を見せたら一日だ。


 つまり、昼間の明るい中寝なければならない。逆に夜の間は暗い中起きて働かなければならない。暗いといっても、地球がいつも照らしてくれるので、真っ暗闇ということはない。


 兎に角、空の明るさでなく、時間が来たら寝るのである。

 明るくて、寝られない時は侍女に添い寝してもらおう。五歳児の特権である。間違っても母のカグヤを呼んではいけない。あの母は危険すぎる。いつ襲われるか分かったものではない。


「ブリジットお姉ちゃん、今日も添い寝して欲しいのだけれど」

「はい、分かりました。ティモカはどうします」

「ツキヒロ様と添い寝。私も一緒にしたいです」

「ツキヒロ様、ティモカも一緒で構わないですか」

「そうだね。三人一緒がいいよね」


 俺たちは三人で寝ることにした。並び順は勿論、ブリジット、俺、ティモカ、である。ネグリジェ姿の二人に挟まれて、正に夢心地であった。最初のうちは。

 ブリジットの柔らかい抱き心地にうとうとし始めた時、ティモカが背中から抱き着いてきた。まさにサンドイッチ状態、このまま眠りに落ちると思った瞬間、ティモカが俺の上に足を乗せてきた。こいつ寝相悪いな。


 俺は何とか足を退けようともがいていると、今度は、俺の首に腕を回し、力を込めてきた。く、苦しい。ティモカのやつ俺の首を絞めてやがる。

 俺は全力でティモカの拘束を解くと、ティモカを足蹴にして、ベッドの隅に追いやる。既にティモカはネグリジェがはだけて、胸も下着も丸出しである。大股開いて太腿を掻いている。もうティモカと添い寝するのは止めよう。


 ティモカを追いやったことで、その後はゆっくり寝ることができたのだが、周りが騒がしいので目を覚ましてしまった。


「今何時、どうしたの」

「午前零時です。何かあったようですが、詳しくは分かりません」


「ティモカお姉ちゃんは」

「そこで寝ています」

 ティモカはベッドの足元の方で丸くなって寝ていた。


「起こした方がいいかな」

「そうですね。ティモカ起きなさい」

 ブリジットがティモカを揺り起こします。

「何ですか。もう朝ですか」

「何か緊急事態よ。早く起きて、様子を見て来て」


「はーい。分かりました」

 ティモカはまだ眠そうだ。それでも何とか立ち上がり、ドアの方に歩いていく。

 その時、ドアの外で大きな音が聞こえた。次の瞬間ドアが蹴破られ、三人の黒ずくめの集団が押し入ってきた。ドアの傍にいたティモカは、その中の一人に捕まってしまった。


「こいつの命が惜しかったら動くな」

 体格のいい女に捕まったティモカに、別の女が剣を突きつけている。リーダー格と思われる女がこちらに命令する。

 ブリジットが俺を背中に隠すようにして、黒ずくめの三人を睨む。

「あなたたち何者」


「あたしたちは、ルナ教黒百合部隊だ。神に代わり、男に神罰を与えに来た」

「何ですって。白百合部隊」

「白百合ではない、黒百合部隊だ。あんな軟弱なところと一緒にするな」

「そう、その黒百合さんは何をくださるの」

「お前、あたしを馬鹿にしているだろう。神罰だよ。そこの男を殺しに来たんだ」

「それは誰の命令なの」

「神罰だよ。神の命令に決まっているだろう」

「あなたが直接神から聞いたの」

「そんな訳ないだろう。畏れ多い」

「それじゃ誰が神の声を聴いたの」

「誰が聞いたんだ、知ってるか」

「神官長じゃね」

 リーダー格の女は知らないようだ、ティモカに剣を突き付けている女に聞いている。


「その様子だと、神官長に直接聞いて来た訳ではないのね」

「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりこの女とその男を交換だ」

「なぜその交換に応じなければならないの」

「この女が死んでもいいのか」

「よくはないけれど、交換したらツキヒロ様を殺すのでしょ」

「当然だ。神罰だからな」

「それなら、交換するわけにはいかないわ」

「何故、男なんかを庇う」

「男だから庇う訳ではないわ、ツキヒロ様だからよ」

「訳が分からん、もういい、皆殺しにすれば簡単だ」

「そうは簡単にいかないと思うわよ。後ろを見てごらんなさい」

「そんな手に引っかかると思っているのか」

「いや別に引っ掛けではないのだけれど」

「なに。ぶへらほま」

 黒ずくめの三人は、ドアから入ってきたカグヤ達によって、床に打倒されていた。


「ブリジット時間稼ぎご苦労様」

「いえ、大したことは、こいつらが馬鹿だっただけです」

「ティモカは無事」

「はい、何処も怪我はしていません」

「ツキヒロは大丈夫」

「お母様、大丈夫です」


「しかし、こんな連中に屋敷への侵入を許すなんて。パトラ、警備体制の見直しが必要ね」

「申し訳ございませんでした。直ぐに警備強化の手配をします」


 カグヤ達は襲撃者を縛り上げると、彼女らを引き摺って部屋を出ていった。


「じゃあ僕たちはもうひと眠りしようか」

「はい、ツキヒロ様、怖かったですよね。また添い寝しますね」

 ティモカが俺に抱き付いてくる。


「いや、一人で大丈夫だから、ティモカお姉ちゃんは自分のベッドで寝て」

「えー。どうしてですか。ツキヒロ様は抱き心地がいいのに」


「ティモカお姉ちゃん、僕は抱き枕じゃないよ」

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