第一章 7.1 自衛隊の状況
西暦2021年7月10日 東京都千代田区永田町 内閣総理大臣官邸
「鶯谷さん、まず現状について説明してください」
「わかりました」
現在、自衛隊の兵器は外国製装備の調達が不可能になったことにより大混乱になっていた。ライセンス生産への切り替えなどによってどうにか凌いでいたが、その分生産の現場で国産兵器の調達が圧迫されるなどしてかなり広範囲に影響が及んでおり、防衛省と防衛装備庁はデスマーチ状態、現場の三自衛隊も悲鳴を上げていた。
まず、影響が最も深刻なのが航空自衛隊である。
調達中だったF-35A/B戦闘機・KC-46A空中給油機・E-2D早期警戒機・C-2輸送機・RQ-4B無人偵察機・UH-60J救難ヘリコプター・CMV-22Bティルトローター輸送機はC-2輸送機を除き全てアメリカ製。UH-60Jだけはライセンス生産されていたが、他は全て輸入だった。C-2輸送機でさえ、エンジンは輸入である。
結果、緊急性が低いとされたKC-46A・RQ-4B・E-2Dについては調達が中止され、緊急性の高いF-35A/Bと、今後の自衛隊において有用と見做されたV-22については交渉が難航したもののライセンス生産となった。ちなみにV-22はCMV-22Bそのものではなく、日本独自にCMV-22Bを改良したUV-22を生産する運びとなった。
しかしその結果、F-35A/Bや民間機の生産体制の構築と後述するF-15Jの改修によって技術者が足りなくなり、開発中の将来戦闘機の開発に支障が出つつあった。将来戦闘機は日米共同開発のF-2戦闘機の後継で、こちらも一部外国企業の技術協力を得るとされていたが、転移によりそれは不可能となった。
しかしながら、要素技術については日本は概ね揃えており、外国企業からの技術協力も、独自技術を盾により安価であったり効率的な外国製のものを使用するという形が基本となる予定だったためそれほど大きな混乱とはなっておらず、現在はあり得ないはずだった純国産戦闘機として鋭意開発が行われている。航空技術者達の奮闘により、このままいけば3年以内の遅れで姿を現すとされている。
調達中止となった各装備だが、KC-46AについてはC-2をベースにした国産空中給油機で、RQ-4Bについては当面は海上自衛隊のP-1哨戒機をベースとした国産偵察機、そしてゆくゆくは国産無人機で、E-2DについてはC-2あるいはP-1、または国産旅客機であるMSJをベースとした国産早期警戒管制機で置き換えるものとされていた。
「装備調達についてはこんなところです。ですが、まだ別の問題があります。米軍基地跡地の活用と、ハラーマ帝国方面への警戒を重視する配置転換、そして米軍がいなくなったことにより新たに求められる対地攻撃能力です。」
転移により、在日米軍は去った。その跡地の活用と、脅威となりうる国の位置が大きく変わったことによる大規模な配置転換が検討されていた。
北方は、千島列島が全島転移してきていた。転移に巻き込まれることを嫌ったか、択捉島のロシア軍部隊は撤退しており、また転移を恐れる住人は去っていた。生存の為に日本からの援助を受ける必要があることから日本の領土となることへの現地住民の反対は少なく、それほど大きな混乱もなく西暦2021年7月末にも千島列島は日本へと復帰する見込みである。
これより北には小さな島が広範囲に集まった群島くらいしかないことが既に確認されている。人が住んでいるらしく現在接触が検討されているが、かなり原始的な生活を送っていることが分かっており、船も小さく飛行物体も確認されていないことから脅威とは考えられていない。
他に北に陸地はオージアが見つけたらしいほぼ北半球の裏側にある大陸くらいしか見つかっておらず、よって北にはほぼ脅威がない。南側のオージアやシライト帝国は遠く離れており、つまり現在近くにある脅威たりえる国は、南西のハラーマ帝国以外には存在しなかった。
また、米軍基地の集中していた沖縄では、在日米軍の撤退に伴い基地の跡地をどうするかが問題となっていた。そのまま自衛隊が使用するのか、民間の飛行場とするのか、あるいは完全に民間の土地とするのか…政治的に混沌としていた。
現状では、飛行場については転移騒動で埋め立て工事が中止となったままの辺野古基地は建設をとりやめ、移設元の普天間基地も廃止、さらに那覇の官民両用体制を改め、官用飛行場を嘉手納基地に一本化する案が最有力とされている。しかし他にも沖縄には海兵隊の演習場等が存在しそれらをどうするのか、また一つの基地に陸海空三自衛隊全てを集めることは、万一攻撃を受けた場合に一網打尽にされる恐れがあること、建設予定の辺野古基地の利便性などから否定的な意見もあった。
また、ハラーマ帝国は最も近い脅威とは言っても、沖縄本島から2000キロメートルほど離れている。対処するにはより近い方が良いこと、また嘉手納への集中配備への懸念から、転移前に対中を見据えて動き出していた下地島空港の官民両用化が行われた。
これらに伴う配置転換で、下地島にはF-15Jの一個飛行隊が、さらに嘉手納には改修されたF-15J二個飛行隊が配備される予定である。
このF-15Jの改修は、前世界においてF-15JSI(Japanese-Super-Interceptor)と呼ばれていたもの…の、残骸である。F-15JSIへの改修は、AN/APG-82(V)1などのアメリカ製機材の搭載を前提としていたため、転移に伴い不可能となっていた。戦闘機調達の混乱が予想されたことや異世界の技術水準から、当初予定のJ-MSIP機だけでなくPre-MSIP機の後期ロットも延命・改修することが決まり、予定よりも改修機数が増えたことも理由だった。
また使用が予定されていたJASSM-ER巡航ミサイルやLRASM対艦ミサイルは、外国製であることとGPSが使えなくなることからライセンス生産を諦め国産装備で代用することになったため、アビオニクスに日本独自の改修が必要となり、アメリカ製機材を搭載する動機が薄れた。
これにより、F-15Jの改修は、ライセンス生産されることになった密着型増槽以外は、国産AESAレーダーをはじめとする国産機器によって行われることとなった。ある意味真のJSI(Japanese-Super-Interceptor)である。この改修によって搭載する機材には、開発中の将来戦闘機に使われる予定の最新技術なども使用されており、将来戦闘機への布石となる一方で、人手不足による将来戦闘機の開発遅延の原因ともなっていた。
ちなみに、下地島に配備される一個飛行隊のF-15Jは、唯一改修されないPre-MSIP機の初期ロットである。そのため、早ければ西暦2025年にも退役する予定となっている。ちなみに改修される機体は全て寿命が延長され、F-2よりも後の退役となる。
F-2であるが、現状日本にとって最も理想的な戦闘機ではあるものの、低空飛行が必要な機体への負担の大きい任務であるにも関わらず調達機数削減の影響で予備機が少なくさらに負担が増す負のループに陥っているほか、主翼の材質の関係上延命が難しいことから、可能な限り飛行回数・飛行時間を減らして延命を図っている状況であった。転移によって周辺の脅威が落ち着いたため現状はそれでも問題ないが、これも空自の混乱の原因となっていた。
しかしながら、スナイパーXRレーザー照準ポッドの搭載を含む改修は、低率稼働になっているこの機会に大車輪で進められていた。JDAMのGPS誘導が使えないため、対地攻撃用の誘導爆弾の高精度の誘導は必然的にレーザー誘導に限られるからである。スナイパーXRはライセンス生産されている。また改修に際して徹底的な検査と整備で可能な限り延命が図られている。
日本は戦後長きにわたり、対地攻撃能力を米軍に頼っていた。かつてまだ左翼勢力が強く9条の解釈が極めて過激であった頃はこの姿勢は徹底しており、戦闘攻撃機と紹介された機体に対して「我が国に攻撃機はいらない!」として別の機体が採用されたり、F-4EJ導入時もわざわざ対地攻撃能力を撤去するダウングレードを行ったほどだ。
しかし左翼勢力の減退とともにこのあたりは必要に応じてうやむやになっていき、F-15J導入時にはF-4EJの時のようなことは行われなかった。21世紀になってからはGBU-38 JDAM GPS誘導爆弾も導入され、最近ではF-35への搭載も見据えペイブウェイやSDBなど複数の誘導爆弾の調達が行われていた他、先述の通りF-15JSI用の巡航ミサイルなども導入される予定だった。
しかし、ここで転移が発生する。対地攻撃兵器に多用されるGPS誘導が使用不可能になり、そもそも多くを輸入に頼るはずだったこれらの兵器が調達不可能になる。にもかかわらず、米軍の撤退により今まで彼らに頼っていた対地攻撃能力が一気に要求されるジレンマに陥った。
そのため、まず転移後も使用可能なレーザー誘導爆弾であるLJDAMやペイブウェイ誘導爆弾が大量に調達された。当面はこれの在庫で乗り切る予定である。GPSに頼るJDAMやSDB、JASSM-ER、LRASM、JSMといった兵装は導入が中止され、ライセンス生産もされないことになった。
代わりに、同等品を国内開発することになった。国産の誘導爆弾の開発はもちろんだが、まず当座をしのぐため、ASM-1より続く国産対艦ミサイルファミリーの最新型、17式艦対艦誘導弾(SSM-2)をベースとした戦闘機用対艦/対地巡航ミサイルの開発が行われている。それぞれXASM-2E、XAGM-2と名付けられたこれらのミサイルは、元々のSSM-2がモジュール構造を採用し改造が容易であったことから一年以内に試作を示すXナンバーが外れ、正式に採用される予定である。弾頭は新開発のシーバスター弾頭(XASM-2E)およびマルチプルEFPを使用したコンビネーション弾頭(XAGM-2)、中間誘導は慣性航法とデータリンク、終末誘導はASM-2譲りの赤外線画像誘導である。将来的にはGPSの代わりとなる国産の衛星航法システムにも対応する予定である。
そして現在JAXA・防衛省・経済産業省・国土交通省が一致団結して大車輪で開発を進めているそのGPS代替の衛星航法システムが運用開始される未来を見据え、国産の滑空誘導爆弾も開発される予定である。また、JASSM-ERやLRASMの代わりとなる国産巡航ミサイルの開発も行われる。とはいっても、こちらは転移前からあった計画である島嶼防衛用新対艦誘導弾を、その衛星航法システムと航空機への搭載を想定したものとして開発するという形ですんなり決まった。空自においてはXASM-4と呼称される予定である。
ちなみに超音速対艦ミサイルASM-3であるが、転移前には量産する代わりに射程延長型を開発することとなっていたが、周辺国の軍艦は人民解放軍ほど防空能力が高くなく、またGPSが使えない現状その射程を持て余すため、逆に現行型の量産を行い射程延長型の開発は減速することとなった。しかし将来を見据え、開発自体は継続される。
他にもJNAAMの日英共同開発が不可能になったため独自開発へと切り替わったことや、ライセンス生産されるF-35に対応したAAM-4やAAM-5の派生型の開発などが行われる予定である。
ともかく、空自は南方重視の配置転換により、航空機の配備状況が転移前とかなり変動しており、装備調達の混乱や対地攻撃能力の要求などで大混乱となっていた。
「しかしながら、悪いことばかりでもありません。総じて言えますが、この混乱を乗り切った先にはより精強となった航空自衛隊の姿があります」
F-4EJ改やRF-4、F-15JpreMSIP機の後継となるF-35のライセンス生産は、現状大きな問題もなく開始されていた。その中にはF-35Bも含まれており、F-15J・F-2の改修と併せ、空自の戦闘機部隊はさらに強化される予定である。その先には国産の将来戦闘機も控えている。
E-2Dの代わりとなる機体は、早期警戒能力については大幅な向上が見込まれており、不足しているAWACSを支援して防空能力のさらなる向上が期待されている。
輸送機も全てがC-2となり(エンジンのCF6-80C2は他の使用機も官民問わず多いことからライセンス生産されている)、空中給油機型と併せて大幅な能力向上となる。
RQ-4Bの代打として開発される予定のP-1をベースとした偵察機は、元々P-1が持っている多用途攻撃機、あるいは現代に蘇った陸攻とでも言うべき性格を活かし、対地攻撃能力を補い、F-2を補佐する対艦攻撃機としての運用も期待されている。また空対空ミサイルの運用能力を持たせ、この世界の技術水準に劣る軍が数で力押しを図った場合に、それを止め得るミサイルキャリアーとすることも検討されている。他にも高い電子戦能力も持つ予定であり、さらには爆弾槽を拡大するなどしてより本格的な偵察爆撃機とする案も挙がっている。
つまり、この混乱を乗り越えた先の空の防人の未来は、とても明るいものであった。
「空自については以上となります。次に問題が大きいのが海上自衛隊です」
海自は空自と違い、船自体はほぼ国産であるため、空自ほど根本的な部分での混乱はなかった。しかしながら、空自よりも深刻な問題もあった。
「海上自衛隊が使用する対空ミサイルは、現状全て外国製です」
イージス艦であるミサイル護衛艦用のSM-2、SM-3、SM-6といったスタンダードミサイルは言わずもがな、汎用護衛艦用のシースパローやESSMも、全てアメリカ製である。かろうじてSM-3の最新型BlockⅡAは日米共同開発であるが、なんの慰めにもならない。
ようやく国産の艦対空ミサイルである新艦対空誘導弾(A-SAM)が開発されているところだったが、これを載せられる船は現状、それを前提として開発されたFFM、はるかぜ型護衛艦しかない。はるかぜ型はようやく1番艦の「はるかぜ」、2番艦の「ゆきかぜ」が昨年の晩秋に進水したばかりであり、まだ一隻も就役していない。
そのため、比較的新しいあきづき型とあさひ型へのA-SAMの搭載改修が行われることになり、合わせてESSM、SM-6、SM-3とそれらを搭載したMk41VLSのライセンス生産が行われることになった。シースパローとSM-2は在庫限りとなる。シースパローしか運用できない旧式の護衛艦は、急ピッチで建造が進められているはるかぜ型で置き換えるものとされた。
ミサイル護衛艦のうちこんごう型とあたご型はSM-6の運用能力を持っていなかったが、このうちあたご型にはSM-6の搭載改修が行われる。こんごう型については艦齢が高く旧式であり退役が迫っていることと、転移前の時間的制約から改修は行われなかった。転移前に得た技術情報からイージスシステムの解析が予定されており、どうしてもこんごう型を延命せざるを得ない場合には、対空ミサイルとしてはSM-6と同等の能力を持つ国産のA-SAMの運用能力を持たせる改修が行われる予定である。
しかし海自においては他の装備調達の混乱は少なかった。対空ミサイルとイージスシステム以外はライセンス生産が既にされているか、国産化されているものが多かったためである。
「また、海自も多少、配置転換が予定されております」
日本海側に脅威がほぼなくなったことにより、舞鶴基地に配備されていた艦の一部が、米軍基地跡地に移動した横須賀基地、そしてハラーマ帝国に近い佐世保基地へと移動していた。またP-1哨戒機が、陸海空共用となった嘉手納基地に配備される予定である。ちなみに将来的に景気が回復した暁には、P-1哨戒機の調達数は大幅に増やされる予定である。
「他には、建造予定のF-35B母艦の方針変更もありますが、その他は概ね予定通りです。というより、現状では予定以上の拡大は不可能と言うべきでしょう。人手が足りません」
F-35Bを運用する多用途防衛母艦は、転移前には30ノットの快速を持つ純粋な軽空母となる予定だった。近年のトレンドに合わせた多目的艦としての能力は持つが、基本的にはいずも型の拡大と言ってよいものになる予定だった。
しかし、転移に伴って米軍に頼っていた矛としての戦力投射能力の獲得を模索すべきとの意見から、ウェルドックを持つ強襲揚陸艦とする方向転換が行われた。勿論、軽空母としての航空機運用能力も高水準で維持され、イタリアのトリエステ級をやや拡大したようなものになる予定である。
しかしながら、海上自衛隊は人手不足が深刻である。転移に伴いシーレーン防衛の範囲が拡大したことにより、能力は限界に達しつつあった。幸いこの世界には人民解放軍ほど能力の高い脅威は存在しないため、シーレーン防衛には大量建造されるはるかぜ型護衛艦も充て、近海の防衛は少人数で運用可能な軽武装の哨戒艦で対応することとされた。
本格的な空母の整備や、その護衛ともなるむらさめ型護衛艦の後継にミサイル護衛艦に準ずる防空能力を持たせることなども検討されてはいるが、すべては旧式護衛艦のはるかぜ型護衛艦への更新と、はるかぜ型および哨戒艦の省力化・省人化にかかっている状況であった。
「海自にはもう一つ、大きな検討課題があります。原子力潜水艦です」
原子力潜水艦には二種類が存在する。それが攻撃型原潜と、戦略原潜である。
広大なシーレーンを守るために、航続距離の長い潜水艦という最強の戦闘艦である攻撃原潜が、そして核武装を見据えて戦略原潜が、どちらも必要であると考えられていた。
「しかしながら戦略原潜の運用には敵潜水艦の侵入を許さない聖域が必須となります。現状我が国が聖域を構築できる海域を考えると、どうあってもUGM-133 トライデントD5に匹敵するSLBMが必要となります。当然、それを十分に搭載できる戦略原潜もです。それをローテーションを考えると最低4隻、聖域の構築から考えれば極めて多額の予算を必要とします。しかし撃破されにくく、最も効果的な核抑止力となります」
核兵器自体は比較的安価に開発が可能だが、核兵器というのはただ持つだけでは少し強力な爆弾に過ぎない。北朝鮮のように国民の生命の差額を利用した自爆上等の瀬戸際外交をするのならともかく、民主政治によって国民の生命の価値を高く設定している日本にとっては、敵国に対して「お前たちの国を滅ぼすことが可能である」という意思表示をすることでようやく、敵国に戦争を選択させない真の「核抑止力」は完成する。
そのためには、オージアの核が現状日本にはほぼ通用しないように、投射能力も重要となる。ただ爆撃機を飛ばして爆弾を落とすだけでは防空網に阻まれる。ジェット機登場以降の空において、爆撃機はどうしても遅く、脆い。巡航ミサイルも超音速で飛ばせば射程が短くなり、射程を伸ばせば爆撃機と大差ない速度になって撃墜される。
よって迎撃の難しい弾道ミサイルが主な核の投射手段となっていくわけだが、当然敵国は全力で発射台を潰しにかかる。それこそ真っ先に核を撃ち込むだろう。我が国は国土が狭く、地上配備のICBMだけでは全滅のリスクが大きくなる。そのため、戦略原潜とSLBMの重要性が高い。
まず艦載原子炉の開発から行わねばならない。転移時にアメリカから技術情報は得ているものの、日本にとってはほぼ手探りとなる分野である。そこから始めて戦略抑止パトロールのローテーションを完成させるまで、気の遠くなるような予算と労力が必要となるだろう。
この挑戦を乗り越えた先にこそ、この世界における日本の先進国たる立場を確保できるのである。海自最大の挑戦は、日本という国の命運をも握っている。
「最後に陸自ですが、こちらは現在のところそれほど大きな問題は起こっていません」
陸自については、装備のほとんどが国産もしくはライセンス生産されている。そのため、大きな混乱は起こっていなかった。
予定外の変化としては、AH-1S攻撃ヘリおよびOH-6D観測ヘリの後継は、AH-64DのAH-64Eへの改修(および少数機の輸入)とAH-6Iのライセンス生産、そしてOH-1の武装化で当面は乗り切り、十数年後をメドにV-22に随伴可能な次世代機を国産することとなった。攻撃ヘリと観測ヘリは統合される。
V-22については導入が進められていたMV-22は完成機を売却し、先述の通りUV-22という形で改めてライセンス生産が行われる予定であるが、これを陸自に導入すべきかについては内部でも意見が割れている。
他には強いて言うなら特殊作戦群などの使用する外国製の装備が手に入らなくなることであろうか。それらは国内で同等品の開発が行われることとなり、価格低減のためにモンキーモデルの輸出や一部国内の民間人(要するにマニアやサバゲーマー)向けの販売なども検討されている。
「しかしこれは現状においてです。今後海外派遣能力の拡大が要求されれば全てが足りません。そもそも、陸自は現状において最も防衛費不足のしわ寄せを受けています」
陸自は大規模な海外派遣をあまり想定した組織にはなっていない。もとよりその必要はなかった。しかしその安全保障環境が変わるなら、巨大な変化を要求されることになる。
また近年の西側諸国の陸軍の多くに言えることではあったし、その中では陸自は比較的マシな部類ではあったが、陸自は重装備が不足していた。正規戦軽視の傾向により、戦車や装軌装甲車が明らかに軽視され、数が足りていない。イージスアショアという、陸自にとっては予算と人手を食うものは導入されないことになったが、それは弾道ミサイル防衛能力の向上ができなくなったということであり、総合的にはいい話題とは言えない。
「しかしそれでも、輸入予定であったものが少ないことから、装備の更新は概ね混乱なく予定通り進む予定です。これは将来的に重装備を増やす場合においても朗報と言えます」
装備の大量更新が迫る陸自だが、今まで通り概ね国産またはライセンス生産であるため、これもそれほど大きな問題とはなっていない。変更があったのは先述のV-22や攻撃ヘリくらいであろう。
89式小銃後継の新小銃、9mm拳銃後継のH&K SFP9(ライセンス生産)をはじめ、87式偵察警戒車や96式装輪装甲車などの後継となる装輪装甲車MAV、89式装甲戦闘車をはじめとする各種装軌装甲車の後継となる共通装軌装甲車などはほぼ予定通りの更新で、開発中のものは開発が完了次第順次採用されていくことになる。
90式戦車は退役が迫っていたが、現状は保留されている。これは転移前の極東情勢の緊張によって重装備の増強を目指したものであったが、転移後も維持されている。国産砲への換装やヴェトロニクスの強化など改修も検討されている。退役する場合には予定通り10式戦車(こちらも長砲身砲や装甲の強化、RWS(センサーと連動したリモコン式機銃)やAPS(飛来するミサイルやロケット弾を迎撃するアクティブ防護システム)の搭載など改修が検討されている)で置き換えとなり、90式戦車回収車共々その車体は施設作業車の代替となる装甲工兵車や、91式戦車橋の後継となる架橋戦車に流用することも検討されている。
M270 MLRSは誘導に使用するGPSが使用できなくなったこともあり、在庫の弾を撃ち尽くすか寿命になり次第退役する予定である(車体の流用・改造が検討されている)。しかし、MLRSはもともと必要性が低下していたことから地対艦誘導弾や島嶼防衛用高速滑空弾などに置き換えられる予定であり、GPSの件で開発が多少遅れる以外はこちらも変更らしい変更はない。
結局のところ転移後の経済的混乱から予算もまだ増やせる段階にはなく、陸自は現状維持と予定通りの装備更新が主となった。
「以上となります。全体的に自衛隊の混乱はアメリカとの断絶による影響といったところでしょうか」
今後も国防にかかる予算を削減することはできない。それは中露の脅威がなくなったとはいってもそれ以上に恩恵のあった日米同盟が消失したことが原因であり、この世界においても日本の安全保障環境の厳しさは変わらないのだ。いや、むしろ今までアメリカにあまりに頼り過ぎていたツケを払わされる段階に来たと言うべきか。
質を落として安価な兵器で数を、というのは一理あるように思える。しかし兵器において最も重要で高価なパーツは、時間をかけ訓練された「兵士」である。日本は特にその値段が高い国であり、質を落とした兵器を大量調達するという選択肢を日本は取れない。そもそもそこまで大量に兵器を調達したところで運用する自衛官が足りない。前世界における多くの国のように、既存の兵器を改修して数を維持するということはあっても、基本的には可能な限りの技術的優位、質の優位によって数の不足を補うのが日本の防衛であり、それは転移したとしても「日本」という国の特性が変わらない以上変えることはできない。
「最後に改めて申し上げておきます。たとえば現状、オージアは友好国です。ですが、この世界の各国の外交方針はオージアも含め未だ不透明であり、今後敵対することがないという保証はどこにもありません。前世界のアメリカとの関係は第二次世界大戦の敗北とその後の東西冷戦における核戦争への恐怖によってそうならざるを得なかったものであり、安全保障への関心が低い日本国民が、今から前世界のアメリカとのように絶対に敵対しない代わりに心中するくらいの信頼と覚悟を積み上げるのは不可能に近いでしょう。もとより外交・安全保障において、永遠に続く同盟など存在しません。あらゆる可能性、あらゆる最悪を想定し備えるのがあるべき安全保障の姿です」
敵に回すという選択肢を相手から奪い、初めて「平和」を手にすることが叶うのである。そして、それは極めて困難なことである。少なくとも、ただの国内法の条文一つで買えるほど安いものではない。
決して経済的に余裕のある状況ではないが、新たな世界における日本の平和への模索が始まった。
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