第一章 7 各国の対応(後編)
「宇宙開発を進めねばならないと思います」
他の国の使節達が20ノット以下でゆったりと船旅を楽しんでいる中、マッハ0.8でさっさと官邸に戻った高半首相は閣僚達に向けて言う。
「おそらく、まだ有人宇宙飛行を成し遂げた国はないでしょう。あればあの見栄を張る場で自慢したはずです。となると、我々にもそれを成し得る機会がある。国民の皆様にも、今最も必要とされている「希望」を見せることができます。技術力と先例を活かし、我々がこの世界における宇宙開発をリードすべきです。無理な宇宙開発でデブリがばら撒かれる前に。先進的な衛星インフラの早期構築のために。何よりオージアの核へのけん制の為に」
転移という苦境により分断が深化している日本を国家として纏め上げるために、国威発揚が必要だった。転移によって失われた、衛星インフラの再構築が必要だった。そして、オージアの核に対するけん制として、「我々はいつでもそれ以上のことをやれる」という圧が必要だった。宇宙開発の加速は、必然であった。
「しかし、金はかかるぞ」
五反田財務大臣が指摘する。
「宇宙開発のより一層の推進は必要不可欠だし、俺も基本的には賛同する。だが一応俺は財務大臣だから言っておかねばならないことは言っておくが、有人宇宙飛行は必要なのか?明らかに一番金がかかるし、今はそんなことをやってる場合ではないと言われかねんぞ」
一見、正論である。しかし「不謹慎」「今はそんなことをやっている場合ではない」というのは苦境にある者の気分を暗くする効果しか持たない。何も生み出さないのだ。「非常時」と言ってやたらと自主規制・自粛の空気を作ることは、第二次世界大戦期にもあった日本国民の悪癖である。最もこの場合国の予算が大きく動くのでやはり正論ではあるのだが、しかしそれによって失われるものについては考慮されていない。
「今だからこそ必要であると考えます」
有楽文部科学大臣が割って入る。
「今この国の空気は浮足立っている。それは転移による国内の混乱という意味だけではなく、周囲に対等な文明水準の国がなく「周りは皆遅れた国だ」という意識が徐々に広がり始めている、という意味でもです。これは周囲への侮りからの技術開発の軽視にも繋がりますし、あるいは一方で他国から一切先進技術が入ってこなくなる、すべての先進技術の開発を我が国単独で進めていかねばならないことへの不安にも繋がります。今こそ技術開発をこれからも着実に進めていくという意思表示が必要であると考えます」
「それはわかる。だが「有人宇宙飛行」である必要性はなんだ、ということだ。既に我が国にはそれを成した宇宙飛行士がいるんだぞ、外国向けには宣伝になっても、国内向けには厳しい」
「確かにそうです。ですが、我が国が独自の技術でこの新世界に不滅の金字塔を打ち立てる、ということに意味があるのです」
「しかし…」
結局この議題は他の閣僚からも疑問の声が上がるなど紛糾し、後日再検討となった。
「さて、話を戻しますが核です。これをどうするか」
首相の言葉に、重苦しい空気が漂う。
「保有すべきなのは明らかだ。アホほど金はかかるが、アメリカの核の傘もない以上これは絶対に必要だ。俺が何とか財務省を抑える」
五反田財務大臣は、たとえ財務省と対立してでも押し通すというほどに核保有に賛成だった。
「必要性は明らかです。ですが、問題は世論です」
閣僚全員が頭を抱えた。
「…まぁ、今なら国民もある程度理解してくれるでしょう」
秋葉外務大臣は、この中では比較的楽観的だった。
「アメリカの核の傘は次元の彼方、この世界で指折りの大国ただ一国だけが核を持ち、我々はその国に対して資源や食料の面から強く出られない。核を嫌う、平和を愛する日本国民であればこそ、理解してくれる者は多いと思います。再建党にも協力を要請し、なんとか国民の皆様へ説明を重ねて押し通すしかないでしょう」
「しかしそれにはマスコミや社労党がなぁ…」
「確実になりふり構わず喚くでしょうね…連中は政争にしか興味がない」
他の閣僚達から懸念の声が上がる。
「そうそう、マスコミといえば、面白い話があります」
そこへ、首相が突然爆弾を投げ込んだ。
「先日オージアのクロード国務大臣閣下から、自国のテレビ局を我が国の放送業界へ参入させたいという申し出がありました」
頭を抱えて呻き始める閣僚達。
「この上本格的に外国資本まで参入させたらどうなってしまうんだ…」
「渋谷さん、総務省としてはどうでしょう?」
「うーん…彼女達には石油や食料の恩はあるわけですし、日本のテレビ業界の硬直した状況を変える起爆剤になるかもしれませんが…より状況が悪化する可能性もあります。よく吟味しなければなんとも言えませんね」
「では検討をお願いします。さて、話を戻しますが核兵器については概ね必要ではあるが国民の皆様への説明が必要不可欠である、ということでとりあえずは一致しているかと思います。仮に世論をクリアした場合、次に問題になるのが…核実験です」
高半総理は話題を戻した。現在の日本ならば核実験がなくとも核兵器の開発は可能であるが、他国への牽制の為には「見せておく」必要性が高いのは言うまでもない。しかし、どこで核実験をするのか、というのが問題となる。
「水産資源の汚染を考えると水中核実験は論外、かといって我が国の領域内で地上・地下核実験が行える場所はありません。人工衛星が存在しない現在であれば宇宙核実験という手もないではないですが、これもEMPなどリスクが高い」
鶯谷防衛大臣が核実験の選択肢の問題点を挙げる。
「大気汚染などを考慮すれば選択肢は事実上一つ、現在の我が国の領域の外における地下核実験です。これしかありません。ですが、問題はそれをどこでやるか、ということです」
宇宙核実験と地下核実験以外の核実験は、環境への負荷が高すぎる。そして宇宙核実験は人工衛星や地上の電子機器などインフラへの負荷が巨大すぎる。よって必然的に地下核実験以外の選択肢はないのだが、問題はそれを行う場所であった。当然だが日本国内に地下核実験場はない。
「一つ考えられるのは、オージアに協力を要請する、という方法です。技術提供を条件に、彼らに核実験場を借りるというのがおそらく唯一の手かと。彼らの核技術が向上することで彼らの核の環境負荷が低下すれば、我々にとってもいいことと言えなくもありません」
「それこそマスコミも社労党も反核団体も騒ぐだろうな…」
「マスコミについてはオージアへ便宜を図ることで、参入させたオージアのテレビ局を味方に付けることができるかもしれません。反核勢力については致し方ありませんよ、どの道核をなくすには核より強力な兵器を作り出すしかありませんし」
「…待てよ、この世界には魔法ってものがあったよな?それを使って核に代わる兵器を造れないか?要は核の代わりが務まるなら核でなくともいいんだ」
「それこそ机上の空論ですらありませんよ。魔法とはなんなのかから調べなければいけません」
「ならそれは調べるべきだ。ハラーマ帝国もオージアも魔法に関してはどうも秘密主義なところがあるし、ことによったら核より重要になるぞ」
「例の翻訳魔法のこともありますしね…」
「では核実験場についてはオージアとの協力を模索しつつ、魔法の研究については優先課題として進めていく、ということでよろしいですね?」
「「異議なし」」
「「「異議ありません」」」
今後の日本を変える核と魔法についての方針はこうして定まった。
「では次に、核以外の防衛力についてです。鶯谷さん、まず現状について説明してください」
「わかりました」
その後も閣議は続き、現状の防衛体制、装備調達の変更による混乱や米軍撤退に伴う配置転換の計画などが確認された。
「よろしかったのですか?」
ハラーマ帝国の使節団を乗せた魔法文明式の客船にて、使節団に同行していた戦域級魔術士の武官が首相のアイル・ロックラーに尋ねる。
「何がだね?」
「我が国の真の力をお見せしなかったことです」
「ああ、それか」
あのプレゼンにて、ハラーマ帝国は魔術兵器についての映像は披露したが、彼らの切り札の存在を一切開示しなかった。いや、より正確に言うならば、多かれ少なかれ魔法を知る国家は、それについての情報を程度の差はあれ秘匿した。
その切り札とは…
「戦略級魔術士は情報の秘匿が肝要だ。タネが割れては効果が激減するし、対策される」
戦略級魔術士。一個人でありながら、戦略級の力を持つ存在である。
大地を割り軍勢を焼き払う強大な魔導。あるいは敵国の食料基盤を破壊し尽す呪詛。一人の人間でありながら、巨大戦艦擁する水上打撃部隊、場合によっては核兵器にすら匹敵する恐るべき存在。それが戦略級魔術士である。
「しかしオージアのあの破壊の太陽、あんなものを見せられては、比肩しうるものを見せなかった我が国は劣ったものと見做されませんか?」
「問題はあるまい」
武官の懸念にもロックラー首相は飄々としていた。
「現に魔法文明国家でも戦略級魔術士の存在を明かした国はない。匂わせた国はいくつかあったが、それでも断言はしなかった。魔法文明国家ならば我々の意図は理解できる。科学文明国家はプレゼンの傾向からして組織力を重視するだろう。もとより強力な個の価値を重視しないだろう」
飄々としていたロックラー首相だったが、何かを思い出したのか急に顔を顰めた。
「しかし問題はある。魔石不足の解消の見込みが立たなかった」
ハラーマ帝国は現在、深刻な魔石不足に見舞われていた。前世界における植民地を失ったためである。彼らの国土はオーストラリアよりは小さいが亜大陸と呼べる程度の広さはあり、鉱山も存在するが採掘量が消費量に追いついていなかった。
「島国が多く、大陸を抑えているのは科学国家ですからね。魔石の採掘自体行っていないのでしょう」
「オージアに掛け合ってはみたが、かなりの技術供与を要求されたな…食料支援まで受けているのだから当然と言えば当然だが…しかも不足しているのはそれだけではないときた」
さらに、ハラーマ帝国は慢性的な水不足に陥っていた。こちらも前世界の植民地を失ったことにより、状況は悪化の一途を辿っていた。おまけに水不足に加え、人口増加による土地不足や森林伐採、魔法的な要因などから発生した環境問題によって食料まで不足しつつあった。
「奴隷の不満も高まっている」
「いっそのこと口減らしのために潰してしまったほうがいいのではありませんか?」
「そういうことを言うもんじゃない。国としてみても労働力が減るしそれは国力の低下に直結する。今の国民が奴隷と同じ仕事をしたがると思うか?」
「…」
ハラーマ帝国の人口は2000万人弱。しかし、これには奴隷階級は含まれない。人身売買によって集められた奴隷は、主に魔力を必要とせず、かつ賃金の低い単純労働や肉体労働に従事させられている。水不足や食料不足は、まず彼らを直撃していた。
ハラーマ帝国は魔法文明の列強国として華々しい登場を果たしたが、一方で国外へ目を向ける余裕を失いつつあった。
「しかしあれだけはなんとかならんものか」
クロードとナギの会話は続いていた。
「平和主義ですか。あれだけは理解できませんね」
「軍備を制限までするとは、外交的な主体性に疑念を持たざるを得ない。万が一西の新大陸の狂信者共が彼らを制圧して技術を独占してしまったら冗談抜きに世界が終わるぞ」
「武力による恫喝よりも内部から崩されることを懸念すべきかと。民主主義国家はそういうところが脆弱ですからね。ついでにいえば共産主義者も日本国内にはいるようですしね」
「非合法化していないのか?正気とは思えん」
クロード国務大臣は呆れとも苛立ちともつかない声を漏らした。
「しかしこうしてみると君が日本に入れ込むのも全く違った意味に見えてくるな。君が旅立ったのが6月、狂信者共との接触が9月、君は向こうに行った後転移まで戻ってきていない…まさかこうなることを予見していたのか?」
「まさか。私は予知能力者じゃありませんよ。ただ単に、敵が考えうることは私も考えるし考えた、というだけのことです」
ナギはそのまま物騒な提案をする。
「いっそ核で脅して従属させますか?盗られる前に全部取ってしまえばいい」
「できるものならやるさ。彼らの兵器を見ただろう?爆撃機も開発中の弾道
「ブラフである可能性は?」
「もしそうならお前が既にそうだと言っているはずだ」
ナギは返事する代わりに肩をすくめた。
「当面はあれを破ることが目標になるな。どうすればいいと思う?」
「そりゃあ勿論、古よりの原則に従うだけですよ」
「戦いは数、飽和攻撃か。シンプルだが効果的だな、というより他になさそうだ」
「開発中の超長射程弾道ロケットの生産性を可能な限り向上させ、大量配備するしかありませんね」
日本のプレゼン以降、オージアの核戦力は弾道ミサイルの大量配備と、レーダーに映りにくい爆撃機と巡航ミサイルの模索へと向かってゆくことになる。
「失礼します」
突然、部屋の扉がノックされ、訪問者が現れた。
「入りたまえ。…どうした次官、ニマの件か?」
「ええ、そうですが…そちらの方は…」
「ああ、この白いチビが誰かは知っているだろう?問題ない、話してくれ」
「…わかりました。西方植民地北部での人身売買ですが、かなり組織的なもののようです。陸軍の小隊と地元警備隊の合同部隊が調査に失敗しました。全員行方不明で、その捜索に向かった地元警備隊と傭兵の合同部隊にも行方不明者が多数出ています」
「…なに?」
常に笑顔を張り付けているクロード国務大臣の顔が、怒りに歪んだ。
「チッ、皆殺しにしてやる。陸軍からコマンドを投入しろ」
「しかし、現在陸軍コマンドの動かせる部隊は全て魔術協会残党の掃討にあたっておりますが…」
「ああ、そうだった…確かあそこは海岸沿いだったな。ナギ、今動ける海兵空挺の部隊は?」
「第3、第6、第8の各中隊です」
「よろしい。
オージア連合王国王立海軍海兵隊、空挺連隊第3中隊。表向きには海兵隊と、海軍陸戦隊の歩兵向けの新装備や戦術の運用試験を行う部隊とされる。
「よろしいのですか?あの部隊は今新装備の運用試験中だったはず…」
非正規戦に投入されていることは極秘とされる第3中隊だが、現在は表向きの任務にあたっていた。そちらも彼らの重要な任務である。
「そうなのか?」
「ええ、MG5他日本で入手した装備の試験を行っています」
「ああ、君が持ってきた軽機関銃か。公爵領軍ではなく彼らに渡していたのか」
「彼らにも4挺ばかり渡してあります。問題ありません、あれもあれの他に渡した装備も、私が既に試しています。十分実戦運用試験に供し得ると考えます」
「だ、そうだ。やってくれたまえ」
「わかりました」
次官が出ていくのを見て、クロード国務大臣は呟いた。
「…存在する価値もないゴミ共めが」
そんな国務大臣の様子を見て、ナギは思った。
(相変わらず、人身売買への憎悪は凄まじいな…)
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