第一章 6 各国の対応(前編)

 新世界暦12年7月10日 大洋上


 オージアの客船の船上にて、テントー王国の使節達は打ちひしがれていた。

「…」

「……」

「………」

 転移に巻き込まれた国同士の交流会(テント―王国にはそれまで国際会議という概念がなかった)だというので来てみれば、超未来の大国という大国ばかり(無論彼女らと同等以下の国も多いのだが、衝撃のあまり彼女らは失念している)。ハラーマ帝国やイーリス王国の高度な魔法技術や、いっそ魔法だと言ってくれた方が心にやさしい日本やシライト帝国、オージア連合王国の科学技術。国としてのスケールも、技術力も、すべてが桁違いだった。

 翻って、自分達はどうであるか。小舟と生活に使う雑多な道具を作るくらいしかできない、慢性的な水不足とそれに伴う食糧不足に苦しむ、吹けば飛ぶようなちっぽけな島国。とても比較にならない。

「世界は広いのね…」

「何度目ですかそれ」

「しかしだな…」

 大国の思惑一つで簡単に消し飛ぶであろう自国の矮小さを思い知らされた使節達。しかし悪いことばかりでもなかった。

「まぁ、幸いにしてオージアの好意でよい形でそれらの大国と繋がりを持てたのです。よい縁を持てたと思いましょう」

「そうね。彼らも我々を小国だからと無下にはしなかったもの」

 彼女らが大国と仰ぎ見る国々はどれも、小国であるテントー王国との、従属関係でない国交へ前向きだった。特に、最も文明が進んでいると感じられた日本国が、全ての国に対して国交締結は完全に対等な条件を前提とする宣言を出し、実際にその通りの条件を提示してきたことに、彼女たちは驚かされ、感銘を受けた。

「本物の大国とは、礼節もあるものなのだな…オーウェンの連中とは大違いだ」

「まったくですね。あの俗物共、女が統治するという当たり前のことすら侮辱して…」

「やめなさいな、思い出す価値もないわ。それはそうとこちらの世界でも国の統治者は男が多かったわね」

 テントー王国は女系社会である。しかし、元いた世界の全体的な傾向としては男系社会が多く、女系社会が少数派であることは彼女たちにとって別段カルチャーショックではなかった。むしろ…

「けれど、あの大国のオージア連合王国は女の宰相でしたし、王も女らしいですね。ハラーマ帝国も宰相は男でしたが、こちらも使節団は女のほうが多かったように感じました」

「そうね。あの最先端の日本国も使節団に女がそこそこいたし、男ばかりというのは大国の中ではシライト帝国だけかしら?」

 彼女らにとってはむしろ、世界レベルの大国で女性比率が高いことのほうが意外だった。元いた世界で交流(というには好意的ではなかったが)のあった大国はどれも、政治を行うのは男性ばかりだったからだ。

「さて、これからどうしたものかしらね」

「やはり地理的に近い日本国との繋がりを重視するしかない。彼らに何らかの形で庇護を得るしかなさそうだが、ここで対等な条件というのがかえって問題になってくるな…」

「私たちが彼らに提供できるものとなると…港、でしょうか」

「確かに中継港を必要としない国はないわね。オージアの世界地図によると、私たちの国の位置は日本とオージアの北半球群島植民地の中間からやや西寄り、位置的にはちょうどいいわね」

「ではその方向で話を進めましょう」

「ああ」

 結局この時点で日本が港を必要とすることはなく、国交交渉の場で彼女たちは慌てることになるのだが、その代わり日本は空港を求め、この後テントー王国は日本とアーサ自治領、そしてその先のオージア連合王国本土を結ぶ空の経由地として、また南国の楽園として観光業で栄えることになる。

「忙しくなりますね」

「ええ、当面はイーリス王国に並ぶことが目標ね」



 そのイーリス王国であるが、こちらはより危機感を持っていた。否、持たざるを得なかった。

「やはり日本に付くしかないのではないか?」

「いや、ハラーマ帝国のほうがいいだろう」

 イーリス王国の置かれた状況は、テントー王国のそれよりずっと深刻だった。彼らの国は日本とハラーマ帝国という、この世界の列強国のちょうど中間地点に存在することが明らかになったのだ。バランスは取りつつ、どちらに接近するかで彼らは揉めていた。

「ハラーマ帝国は同じ魔法文明国家だ。技術を導入しやすい。それに日本は平和主義国家を名乗るくらいなのだ、そうそう簡単に攻めてはこないだろう」

「いや、日本は今まで全く魔法というものを知らなかった国なのだ、こちらから提供できるものがより多く、日本のほうがハラーマ帝国よりも我が国の持つ技術に高い値段を付けてくれるだろう。そうなればより多くの支援を引き出せる。それにここまで隔絶した技術水準の差があっては、導入のしやすさも大差ないだろう」

「しかし…」

 翻訳魔法を持つ国、その生き残りを賭け、対話は続けられる。



「日本国…これは…」

「まずい、ですね…」

「まずいですよ!」

 大洋上を南下する艦隊。シライト帝国が世界に誇る最強の戦艦3隻、かつての日本が前世界に誇った大和型に通じるシルエットを持つそれらに護衛された客船にて、シライト帝国の使節団はイーリス王国のそれとは別の危機感を、日本に対して抱いていた。

「ただでさえ国力で完全にオージアに劣り技術でも遅れを取りつつあるというのに、この上技術で遥かに超える国が出現するなど、我々の影響力はますます低下しますよ!」

「わかっている、だがどうしろというんだ」

「それは…」

「そんな諸君に朗報だ」

 重苦しい空気が漂う中、シライト帝国の首相は飄々と言い放つと、ある書類を取り出した。

「これは…!?」

「賤民幕僚閣下からの御慈悲だよ」



「…『日本の産業の空白についての暫定報告書』か。まったく、よくこの短期間で調べたものだ」

「実のところ大して真面目に調べちゃいないんですけどね。あくまでも暫定です」

「と、後で文句を言われないよう予防線を張った上で、即製で仕上げてシライトの連中に渡したわけか」

 新アーサ港の桟橋に停泊している、最新鋭豪華客船「クロード侯爵マーキス・クロード」号船内のスイートルームにて、エルフの凸凹コンビが世間話に花を咲かせていた。

「ま、彼らにもそれなりに強くいてもらわんと、西への備えにならんからな。で、どうやって調べた?一応根拠はあるのだろう?」

「ごくかいつまんでいえば、日本が前世界から緊急輸入した物品やかき集めていた技術のリストですよ」

「…なるほど!」

 ナギの言葉に、クロード国務大臣はぽん、と手を叩いた。

「で、自分らのかわりに買ってくれと言ってついでにいろいろ手に入れたわけか。ドラム缶原油払いで」

「ま、そんなところです」

 そう、実はナギら「遣異世界外交使節団」は密かに日本政府にちょっとしたおつかいを頼んでいた。それほど多くはなかったが、地球の日本以外の国の物品をいくつか手に入れており、帰りの便でオージアへと届けられていた。

「で、それが例のアレにつながってくるわけだ」

「機関銃の件ですね?」

 その中の一つに、H&K MG5という、ドイツ製の汎用機関銃があった。

「そうだ。驚いたぞ、まさかライセンス契約まで結ばせていきなり1000挺から購入契約とは」

 そう、ナギは完全な独断でMG5汎用機関銃を1000挺ほど購入していた。ちなみに陸上自衛隊のMINIMI軽機関銃の保有数が約5000挺である。まず十数挺をドイツからの輸入で購入し、その上で日本政府に要請して、民間企業の二木製鋼所にライセンス生産契約を結ばせ、転移後も継続して調達できるようにしていた。既に1000挺の契約が結ばれ、公爵財団保有のタンカー二隻分の石油で代金が前払いされていた。ちなみに材料の資源はオージアからの輸出である。

「その情報は古いですよ。既に公爵領軍が追加で5000挺ほど発注しています」

「なん…だと…?」

 お値段しめて200億円(ライセンス料込)。ちなみに、陸上自衛隊のM2重機関銃の保有数が約4000挺である。

「そうか…いよいよ国を割るのか…短い付き合いだったな…」

「定命の前で言ったら手袋投げつけられそうなセリフですね」

 ヒトの寿命より長い期間を「短い付き合い」と言えば「野郎オブクラッシャー!」とも言われるであろう。

「そも、貴女方も買える武器で我々が貴女方と戦争をするとお思いで?」

「思わんさ。だからこそ不思議なんだ、何故大枚はたいて機関銃なんか買った?」

 オージアにも当然ながら機関銃は存在する。ブレン軽機関銃に似た78年式“ロニ”軽機関銃や、M1919重機関銃に酷似した67年式“セ・テンセ”重機関銃、そしてそれを大口径化したM2重機関銃のような80年式“テンセ・チレン”重機関銃、そしてそれらの重機関銃を左右反転させたものや同軸機銃や対空機銃、航空機関砲化した派生型など、一通り揃っている。しかも、現在は総力戦となった大戦争直後の戦時体制解除によって武器の在庫がだぶついており、それらの機関銃も植民地自治軍に大グロス単位で投げ売りするほど余っているのだ。それ故、クロード国務大臣はナギが独断専行してまで、そして領軍が大金を払ってまで新品の機関銃を買い揃えたことが不思議で仕方がなかった。

「おやおや、かつての陸軍の猛将ともあろう方が」

「陸軍の強さは組織力だ。練度では君の古巣の少数精鋭の海兵隊にはかなわんよ」

「海軍全体を含めれば動かせる組織の大きさもわが古巣のほうが上ですがね…まぁ陸軍もすぐに無関係ではいられなくなるので言いますが、あの機関銃、MG5は78年式軽機関銃ロニとほぼ同じ重さでありながら、なんですよ」

「…歩兵が三脚を使わずに運用できるベルトリンク式機関銃だと?」

 それこそが日本をはじめとする冷戦後半以降の水準の国家が持っていて、オージアが持っていないものだった。ブレンに似た78年式“ロニ”軽機関銃は歩兵が持ち歩き、小銃のようにそのまま撃つこともできるが、給弾は30発のマガジン式であり、弾幕を張るのが仕事の機関銃としては装弾数に不安がある。一方M1919に酷似した67年式“セ・テンセ”重機関銃やM2によく似た80年式“テンセ・チレン”重機関銃は当然にして100発単位の弾薬を(質量を考えなければ無限に)装填できるベルトリンク式であるが、その代わり三脚などの台座に据えての運用が前提であり、軽機関銃や小銃のように歩兵が持って撃つようなことはできない。

 軽機関銃と重機関銃、歩兵が携行火器として運用できる重量と装弾数という両者の利点を併せ持つのが、WW2期にドイツがその有効性を証明し、大戦後に軽機関銃という存在を過去のものにした新カテゴリー、「汎用機関銃」である。オージア連合王国とシライト帝国は、件の大戦争にて敵が使用したこの新しいカテゴリーの機関銃に注目しており、開発をこれから始める段階だった。

「ええ。なんなら小銃みたいに持ったまま普通に撃てます。ついでに光学照準器だって載ります」

「光学照準器?」

「かの国の元いた世界では等倍や低倍率の光学照準器は一般的なものですので」

「…ほう。それで、その機関銃をどうする?リバースエンジニアリングするとして、改良型という名の使用弾薬だけローカライズしたデッドコピーを生産するのか?」

 早速とんでもないことを言っているが、一つ彼らを擁護するなら、地球においても機関銃の構造は似通っているものだったりする。件のMG5も、MG4というスケールアップ元は結局のところ自衛隊も採用しているベルギーはFN社製のMINIMIに行きつく。

「それも考えたんですがね…いえ、それもやるつもりではいるんです。ですがもう一つ…そのままの弾薬で寸分違わず完全にコピーしたものも量産するつもりでいます」

「文句のつけどころもないデッドコピーだな」

 流石にこれは擁護のしようがないが。

「しかし公爵領軍は共通弾薬の使用をやめるつもりなのか?」

「部分的には日本に合わせていくのもいいかと考えています。今の西方情勢を鑑みるにいずれは同盟などもあり得るでしょうし、敵対する場合においても鹵獲した敵の弾薬を使用できるのは強みです。が、主な理由はそこではありません」

 続くナギの言葉は、これまたグレーゾーンなど軽く踏み越え、煤よりも真っ黒だった。

「輸出用です」

「輸出用!?」

 あまりに厚顔無恥な言葉に、さしものクロード国務大臣も思わず大声を出す。

「いや、流石にそれはまずいだろう。盛大にかの国の怒りを買うぞ」

 しかし、続く言葉も国務大臣の想像を完全に超えていた。

「その日本に輸出することを主眼に置いているのに、どうして日本が怒りましょう?」

「…」

 国務大臣は絶句した。

「…お前は何を言ってるんだ?」

「さて、そこで話はそいつに戻ってきます」

 そう言ってナギが指さしたのは『日本の産業の空白についての暫定報告書』であった。



「機関銃?」

 報告書の内容を吟味していたシライト帝国の官僚の一人が訝しんだ

「どうやら現在機関銃を軍…自衛隊と言ったか、そこに納入している唯一の企業が、機関銃の製造能力に疑念を抱かざるを得ない状態らしい。現在自衛隊で使用されているその企業製の機関銃は、信頼性が低く評判が良くないらしい。不正までやっていたとか」

 シライト帝国の首相は、ナギからかなり正確な情報を得ていた。

「それはまた意外過ぎる弱点ですね…」

「なるほど、これは我々にも商機がありそうだ」

「ああ、こういうところを上手く突いていこう」



「しかし、発注して日本の企業にライセンス生産させているのだろう?本当に製造能力がないならどう考えても拙いじゃないか」

 クロード国務大臣は、日本が機関銃製造を苦手としていると説明されても、未だナギの行動を理解できないでいた。

「ああ、説明がまだでしたね。MG5をライセンス生産しているのは問題の企業じゃないんです」

「ん?いやしかしさっき日本で唯一の機関銃製造企業だと言っていたじゃないか」

「ええ、今まではそうでした。それに軍…自衛隊に納品しているのも、今のところその一社だけです」

「…まさか、今まで機関銃を作ったことのない企業にやらせたのか?」

「ええ、そうなります」

 一層怪訝な顔になるクロード国務大臣へ、ナギは説明を続ける。

「より大口径の機関砲などを作っている企業なので問題はないと考えています。それに、これは日本政府へ恩を売る意味もあります」

 そこまで来て、ようやく国務大臣にもナギの考えが理解できた。

「なるほどな、新たな機関銃製造企業を作れないか試すわけか。上手くいけば大量の新型機関銃が手に入り日本へ恩を売れるが…失敗した場合はどうする?」

「日本に文句を付けて貸しとした上でデッドコピーを運用し、有事にはレンドリースします。まぁこちらも信頼性が確保できれば、ですが…幸いにして設計自体は手堅いもののようなので、なんとかなるでしょう。直近数十年における機関銃の開発・製造経験なら我々のほうが上です。そも、汎用機関銃の開発・配備を行うならどの道避けては通れない道です」

「…なるほど、よくわかった。ローカライズ型を中心に、量産については陸軍にも全面的に協力させよう。最新の汎用機関銃とあらば試験してみる価値はありそうだしな」



「機関銃の他には、航空機か」

「これも意外ですね、かの国は航空機であの場に現れたと聞いていますが…」

「おそらくこれも機関銃と同じだろう。旅客機は他国の寡占状態だったようだし、軍用機は軍事力を制限し過ぎて開発経験が乏しいんだろう」

 シライト帝国首相の推測は非常に的を射ているが、実は日本はこの時点で既に、あらゆる軍用機の開発・生産の中で最も難しい「戦闘機の開発」を自力で行う能力を有している。それ以外については実績もある。これは、情報収集にあたったナギ達オージアの外交官が、F-35やV-22、AH-6Iなどのライセンス生産に関わる大規模な交渉や、KC-46AやE-2Dの調達に関わる混乱を見て勘違いしたものである。よって数年後にはこの勘違いは修正されることになる。

「とするなら、これは是非共同開発といきたいものだ」

「なるほど…翻訳魔法なんてものもあることですからね、だいぶハードルは下がるでしょうし」

「そんなものなくとも、どの道これからの科学者や技術者は皆日本語が出来なければ取り残されるだろうよ」

「確かにな…日本や以外の科学者の立場は、我が国も含め危ういな…」

 重苦しい沈黙が空気を支配する。実際、これは極めて重大な問題だった。自分達の極めていた最先端が、ある日突然過去の遺物と化したのだから。それでもその国の中においては十分に通用するが、それは決して世界で殴り合っていけるものではない。瞬間移動した最先端は、今や遥か彼方を爆走している。

 この世界の科学技術のスタンダードにおいて、日本は圧倒的な優位を持っていた。

 しかし…

「人類を初めて宇宙へ送る栄誉も、結局何もしないまま逃したのか…」

 シライト帝国の官僚のこの諦めに満ちた一言が、危機に晒されていたシライトやオージアの科学者にとっての一筋の、されど眩しく巨大な光明となるのだった。

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