第一章 5  大国(後編)

 各国の使節達が一息つく間もなく、日本のプレゼンはさらなる追い打ちをかける。

 平和主義・資本主義・経済大国である日本からしてみれば、軍事力なんぞよりここからの経済力こそが本番である。

「続いては、我が国の経済・産業・文化についてです」

 その言葉とともに映し出されるのは、どんな国の王城より高い高層ビルの林立する東京の街並み。その中を見ればまず走り回る大量の自動車に殆どの国の代表者が目を回し、それら自動車の性能が簡単に紹介されすべての国の代表者が恐れ慄き、その生産工場の映像を見るに至り絶句した。かつての日本人も味わった、大量生産・大量消費の資本主義社会の洗礼だった。この世界の人々にとって、すべてのスケールが巨大だった。

 様々な工業製品が紹介される。生活を楽にする家電、色彩豊かで見た目に楽しく機能性も高い衣類、巨大な船舶、たくさんの人を乗せ地を駆ける鉄道、使いやすい文房具…およそこの国に作れないものなどないのではないかと異世界人達に思わせるには十分だった。天高く昇ってゆくロケットの映像を見せられ、人工衛星の機能を教えられた各国の使節達は、最早ただ呆然とするしかなかった。

 山と積みあがる輸出希望ののリストが、同時代水準においてさえ世界に誇る重工業国家の実力を物語っていた。そのリストが全て恐ろしいほど質の高い紙に、これまた恐ろしいほどに高い質かつ高速で印刷され冊子の形に製本されていく映像も流された。紙だけで腰を抜かしている国々の使節団を含めその冊子が複数部ずつ配布され、それらの小国の代表者達はたとえ国を割ってでもこの国とだけは敵対しないことを固く誓った。大国の代表者であっても、実際に手渡された冊子の紙と印刷の質に驚かされた。

 その製紙技術・印刷技術から生み出されるのは空間を埋め尽くす書物。あたりまえの町の本屋の映像は、書物とは高価なものであるところの小国の代表者達に止めを刺した。国民全てが読み書きをできると言われ、納得したように頷いている他の大国の使節達を横目に見て、途上国の代表者達は理解した。それこそが大国への道なのだと。そうしてみれば、すべての子供を通わせることが義務とされる学校の、子供達ひとりひとりに美しいカラー印刷の書物教科書が配布されている光景が、途上国の使節達にはとても眩しく見えたのだった。

 それを支える製紙技術は、和紙を用いる日本の文化による、古来からの技術の積み重ねである。各国にとっては羊皮紙などが公文書でも現役の時代、それと同等の技術水準の時代から日本は紙を用いていたと知れば、この製紙・印刷技術の発展も納得であった。

 それら和紙によって生み出される美しい絵の描かれた扇子や屏風から、次は日本の伝統的な文化や工芸品が紹介される。美しい刃物や陶磁器などは各国の技術水準でも理解の追いつくものが多く、そしてそれ故に余計にその質の高さが理解できた。日本の使節団がいくつか現物を持ち込んでおり後に展示すると知らされ、各国の使節達は喜んだ。

 美しい着物に始まり、現代にいたるまでの様々な服飾も紹介された。古き良き着物から現代の多様な服に至るまで各国使節達の目を飽きさせることはなく、後々各国社交界のトレンドへも影響を与えることになる。

 その他、これまた多様なスポーツや、独自の発展を遂げた宗教・信仰の形態など、多様な文化を簡単に紹介して、日本のプレゼンは終了した。

 圧倒的な国力に各国の使節は呆然自失となり、そしてまばゆいまでの文明の進歩の色彩に心躍らせた。改めて、日本のプレゼンは大成功のうちに終わった。




 トリを飾るのは、ホストたるオージア連合王国だった。

「さて改めまして、すでにご挨拶申しあげました通り、私はオージア連合王国国務大臣クロード・ユリアと申します。これより私たちの祖国、オージア連合王国について簡単に紹介させていただきます。とは申しましても、やはり先程の日本国の部の衝撃が大きすぎますね。我々が霞んでしまいます、この順番にしたのは失敗だったようですね」

 色白で金髪翠眼の絵にかいたような美女、モデルのような体型に尖った耳が特徴的なエルフの国務大臣が、笑いを取りお通夜と化した会場の空気を緩めながら最後のプレゼンを始めた。

「しかし我々にも自負があります。オージア連合王国はオージア大陸に存在する複数の国家による同君連合であり、本土はオージア大陸全土、本国の人口は2億人以上です。また広大な海外領土を有し、勢力圏全体の人口は3億人以上、その範囲は現在判明しているこの世界の陸地のおよそ3分の1に相当します」

 魔法分野ではハラーマ帝国が、科学技術では日本が圧倒的だったが、国土のスケールはオージア連合王国がぶっちぎりの世界一だった。人口も圧倒的だ、人口が2億人を超える国はこの世界に二つしかない。

 スケールの違いを理解しきれていない島嶼国家の使節達の為に、クロード国務大臣は地球で言うところのモルワイデ図法で描かれた大きな世界地図を用意していた。

「世界、すなわちこの惑星は球体ですので、それを平面の世界地図にするにあたってはいくつかの方法が存在し、この図式においては距離の正確性を犠牲に面積を正確なものとしています。領域の外においては未だ正確な測量の行われていない、あるいは測量情報の得られていない箇所も多々ありますが、赤く塗られた部分、これが我が連合王国の領土です」

 視覚化されると恐ろしいものだった。大半の国の者にとっては世界征服を狙う神話の魔王とか、そんなスケールの話にしか思えなかった。

 彼女らが本土と呼ぶオージア大陸自体がまず大きい。南アメリカ大陸そのものと同等以上の大きさはあろうか。少なくともオーストラリアの倍はある。その上でその西にあるオーストラリアほどの大きさの大陸を丸ごと一つと、そのさらに北西にあるそれよりも大きな大陸を半分ほど占拠していた。

 その後もオージアという国家の紹介は続く。クロード国務大臣も言った通り、直前の日本に比べれば幾分霞むが、それでも戦時下の爆撃機の大量生産の風景などは圧巻であるし、最大都市シンクロードの巨大な摩天楼は、文明水準で半世紀は先を行く日本の首都たる東京のそれに負けずとも劣らないものであった。日本の使節達は、前世界の戦後すぐの頃のニューヨークの写真を思い浮かべた。

 また日本と同様大量生産・大量消費社会が十分に根付いており、各国の使節達は自国の発展の目標をいよいよはっきりと知ることになった。

 食料生産力の大きさもオージアの特徴だった。食料の不足しがちな島国にとって、オージアが輸出を約束した食料は発展への福音であったが、同時にその破壊的な安価さから国内農家への致命的な打撃にもなりかねない諸刃の剣でもあった。

 前世界においても、アフリカの農業がアメリカの安価な農作物に破壊された事例がある。最もそのアメリカ国内においても、価格破壊によって小規模農家が淘汰され、大規模化が進んだのだが。そうして職にあぶれた人々はアメリカ国内では工業へ流れたが、アフリカにはその工業がなかった。これが現代のアフリカの貧困の原因である。

 閑話休題。

「最後に、我が国の軍事力について紹介いたします」

 会場に緊張が走る。

「我々が直近の戦争において動員した兵力は2000万人以上、うち死傷者は100万人程となります」

 すべての国の代表者が眩暈を感じた。この規模の戦争を知っているのは、今この場にいる国の中ではオージアと共に件の大戦争を戦ったシライト帝国と、世界大戦を知る日本だけである。2000万人という動員兵数は第二次世界大戦時のアメリカをも上回り、死傷者数だけでこの中では十分に大国であるハラーマ帝国の動員可能兵数に匹敵する。前近代国家に成し得る数字ではない(そもそも全人口でさえその数字に及ばない国が多い)し、並の近代国家でも不可能である。

 ちなみにシライト帝国であるが、実は一番最初にプレゼンを終えている。彼らは未だ日本やオージアほどの大量消費・大量生産社会ではなくモータリゼーションの伸展もまだまだだったが、それでも航空機や造船など、技術水準ではオージアに勝るとも劣らないものを見せつけていた。それもあってオージアのプレゼンは技術力以上に生産力やスケールを前面に押し出した内容となっており、それは日本の後という最悪の順番でも聴衆に十分なインパクトを与えるという効果を発揮していた。

 数字だけで各国へ衝撃を与えたオージアだが、その後も10隻以上の戦艦を含む大艦隊や多数の空母から次々と発艦してゆく艦載機、戦略爆撃機の大編隊による絨毯爆撃などド迫力の映像を見せつけ、各国の使節は軍事関係者でない素人ですら青ざめた。

 そして、オージアは最後の最後に「とっておき」を用意していた。

「では最後に、我が国最強の兵器の実験映像をお見せします」

 大国の最強。俄かに会場の空気が変わる。

(まさか…)

(やはり持っているのか…?)

 一方日本の使節達は、オージアの技術水準と最強の兵器という単語から、薄々内容を察し始めていた。

 当たり前のようにスクリーンに映し出されている、日本のものと比べれば画質の悪いカラー映像は、だだっ広い荒野の風景だった。

 次の瞬間、強烈な閃光とともに光の球体が出現し、目に見える衝撃波とともに急激に膨らんでいく。

 それはまさしく、人の手によって生み出された太陽であった。

 息をのむ各国の使節達。眩しく輝く人工の太陽が、輝きを失いきのこ雲へと変わっていくと共に、彼らは現実へと引き戻されていく。

 それは人間の手によって生み出される極大の破壊、すなわち核兵器であった。

「この兵器は計算上、一撃で都市一つを破壊可能です。圧倒的な破壊力を誇り、先の大戦争にて実際に使用した際には10万人近い敵軍を瞬時に壊滅させました。こちらが爆撃地点の航空写真になります」

 重苦しい沈黙の中、スライド切り替えと共に放たれたクロード国務大臣のその言葉に、高半首相は目を丸くする。

(既に使用していたのか…!)

「唯一の被爆国」という日本の立場はこの瞬間、その意義を半減させた。

 神の焔が、平和のぬるま湯に浸かりきった日本という国とその国民へ変化を要求している、首相にはそう感じられた。確実に世論が荒れるだろう。他国は遅れているという先入観と核のない「きれいな世界」という幻想、それを見事にぶち壊す国から食料、そして資本主義社会を支える資源の支援を受けているという事実。そして核保有国の庇護を失った状態で他国の核と対峙せねばならない可能性、故に強まるであろう核兵器の必要性。核アレルギーと安全保障上の必要性が前世界以上にせめぎ合うことになる。

 オージアのプレゼンは、他のどこの国より日本の使節に衝撃を与えた。あるいはそれこそが彼女らの狙いだったのかもしれない。

 ともかく、オージアのプレゼンの終了を以って、各国の自己紹介は幕を閉じた。

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