第一章 4 大国(前編)
アメイヤ暦2996年7月7日 アーサ自治領領都アーサポルト新市街
各国の使節団が揃った翌日、アーサポルト新市街にある「アーサ伯爵記念ホテル」にて会議が始まった。各国の紹介・宣伝と交流、そして様々な国際的な取り決めの協議を行うことを決めること(「国際法」やそれに類するものの存在を知らぬ国にはその周知)が全てである。
まず最初に、各国使節団による自己紹介、もとい自国紹介が行われている。
「…えー、以上となります。是非、各国と友好的な関係を築いていきたいと思います。ご静聴ありがとうございました」
拍手とともに壇上から降りるイーリス王国使節団代表。100万人以上の人口と、概ね近世後期水準でありながら要所要所で光るもののある魔法文明とそれに裏打ちされた常備軍を持つイーリス王国は、比較的勢いのある中堅国として、大国からはその魔法技術に一目置かれ、小国からは羨望の目で見られることとなった。
プレゼンテーションのバトンは、次なる国へと移る。残すところ3か国となったこのプレゼン、残っているのはいずれも三者三様の大国とされ注目されている国々である。
「皆さんごきげんよう。私はハラーマ帝国首相のアイル・ロックラーと申します。それではこれより、我が国、ハラーマ帝国の紹介に入らせていただきます」
長身で肌の黒い首相が壇上へ上がり、ハラーマ帝国のプレゼンが始まった。
「ハラーマ帝国は、前身となるハラーマ共和国の建国より今年で1217年を数えます。皇帝陛下を頂点に置く立憲君主制国家であり、統治は国民の普通選挙によって選ばれた議員からなる議会によって行われます」
小さなどよめきが起こった。この世界において、数としては(どのような形であれ)民主主義国家は珍しい部類に入る。政治を民に委ねるということは、教育制度が発達しておらず民は無知なものであるとされる大半の国にとって狂気の沙汰であった。
「我が国は優れた教育制度により、2000万人に迫る国民のほぼ全員が我々の世界において一般的な戦術級魔術師と同程度の魔力を持つ、国民総魔術士体制を採っております。即ち、我が国の国民は全員が魔術士です」
今度こそ、会場に大きなどよめきが起こる。ハラーマ帝国の者を除く、この場の全ての者の度肝を抜いたのだ。ただでさえ人口2000万人はこの世界では大国である。そのすべてが魔法使いなど、日本やシライト帝国のような純科学文明国家にとっては完全に未知の領域だった。大半の魔法文明を有する国家においてさえ、魔法使いはエリートだ。むしろそうした国々にこそ、これの衝撃は大きかった。
「これにより軍事面においては、5万人の魔術士からなる常備軍と併せ、国民皆兵制と併せることで、全兵士が最低でも戦術級魔術士となる120万人の予備役を確保しております」
加えてこれである。100万人を超える魔法使いからなる軍など、この世界のどの国も持っていない。
「また、国民総魔術士体制がもたらす恩恵として、我が国の魔法技師による魔法製品の質は世界最高水準であると自負しております。この世界においても十分に通用するものと思います」
教育水準の高さが国力の高さとして現れるのは近代国家の必然である。ハラーマ帝国は数少ない、魔法文明の近代国家だった。
「さて、そんなわけでその一つをこれから御覧にいれたいと思います。映写機…映像を映し出す機械を用いて、映像を交えながら我が国についての説明をさせていただきたいと思います」
ハラーマ帝国使節団の官僚によりスクリーンが用意され、魔法による映写機から映像が映し出される。
映し出される映像は多くの国にとって驚くべきものであり、またそれ以外の国にとっても注目に値するものだった。映し出された映像、即ち近代都市の街並み、優れた魔法製品の恩恵、戦艦の艦砲射撃、構えた杖から高速の光の弾を撃ち出す歩兵の戦列、そして飛行機。オージアや日本がこの場に至るまでに見せた文明の力に驚く国々はこれを見て驚かぬはずがなかったし、それら自体には驚かない国は皆すべて科学によってそれを成した国であったからだ。
(魔法でもここまでに至れるのか!)
(やはり魔法こそが文明を作るのだ…!)
規模も発展も様々な国々を背負ってきた使節達それぞれに十人十色の感慨を抱かせ、ハラーマ帝国のプレゼンは成功裏に終わった。
次に壇上に上がったのは、我らが日本国の使節団の代表、高半総理であった。
「改めまして、新たな隣人の皆様、こんにちは。日本国首相の高半信蔵と申します。それでは早速我が国の紹介に入らせていただきます」
唯一この場に空を飛んで現れた先進国というインパクトから、各国使節団の注目度はとても高い。視線が集中する中、先ほどのハラーマ帝国の時と同じように、使節団の官僚たちが準備を始める。
「さて、既に先ほど同じようなものをハラーマ帝国の方々がお見せくださったために新鮮さに欠けてしまいますが、我々も映写機による映像を交えながら我が国の紹介をしてまいりたいと思います」
総理の言った通り、最初の反応はやや弱かった。しかしプロジェクターが映像を映し出すや、会場はざわめきに包まれた。映し出されたPCの操作画面が、鮮やかな色彩を伴っていたからだ。ハラーマの魔法映写機は白黒だったのだ。
「我が国は1億2000万人以上の人口を抱える民主主義国家です。皇帝に相当する存在はいらっしゃいますが、政治は専ら普通選挙、すなわち年齢と国籍以外に制限のない選挙によって選出された国民の代表によって行われます」
会場のほとんどの人間の顔が青くなった。人口1億人という大台を超える国家は、この世界には3つしかない。その全国民が参加する選挙を実施するということそれ自体がとてつもない大事業であり、また先に述べたように教育制度の未発達な国においては民は無知なものであり、その民に政治を委ねれば国が乱れると考えていた。それを影響力の巨大な世界最強クラスの大国が行っているという事実に、民主主義への理解が薄い国々の使節達は震えあがった。大国が荒れれば、その影響を受ける自分達の母国のような小国もまた火の粉を被るからだ。
「我が国は平和主義を国家の基本原則として基本法たる憲法に定め、侵略戦争を禁止しております。基本的な外交方針もこれに沿ったものとなり、紛争の解決は対話によることを前提とします」
ほう、という感嘆の声が会場のそこかしこから漏れる。正常な国家の基本として武力よりも交渉が優先されるのは当然のことではあるが、それを法として明記するというのは取り得る選択肢を狭めかねないものであり、その理念の徹底は各国の代表へ概ね好印象を与えた。最も、国益に逆らってまで理念を追求するその姿勢に「何を考えているのか?」という疑念も同時に生んだ。
「しかしながら国民の生命および財産、その他基本的人権を守るための最低限の能力を持つ自衛隊を組織しています。24万人からなる常備軍に相当する機関であり、先進技術に裏打ちされた質の高い装備と、それを使いこなす高い練度を持ちます」
一億人以上という人口からすれば驚くほどに少ないが、この世界の多くの国々にとって、24万は十分に大軍である。ましてやそれが質の高さの代償に金のかかる常備軍であるならなおさらであり、それを支える経済力をも示していた。しかしそれは前近代国家にとってであり、先に終えたプレゼンにて動員可能兵数500万人という数字を出し各国の度肝を抜いたシライト帝国のように、徴兵制と総力戦体制により100万人単位の動員が可能な近代国家から見ればかなり少ない数字ではあった。基本的に前近代国家よりも近代国家のほうが軍の動員可能数は多いものであり、また徴兵(これの代価として国民から政治参画が要求されることが多い)による圧倒的な兵数こそ近代国家たる条件でもある。
しかし、数の少なさから一瞬自衛隊を侮った近代国家の者達も、自衛隊の能力についての紹介が始まれば畏れ慄き、数瞬前の自身の不明を恥じることとなった。機関銃や砲といった近代兵器の火力はより洗練され、歩兵は機関銃を持ち歩き弾幕を張り、戦車は走行したままの砲撃で遥か彼方の目標へ確実に命中弾を出し、榴弾砲は空中に図面を描く。基本的な陸上戦力だけでも同じことができると言える国はほぼいなかった。
さらに、映像には「とっておき」が含まれていた。転移への備えとして国産化されたものを含む対艦対空の各種ミサイルの試射映像だ。スペックの解説を交えたマニア垂涎の超絶貴重映像は、各国の代表者達の肝を冷やした。長大な射程と驚異的な命中率を誇るこれら必殺の兵器に対して対策を持ち得る国は、今度こそただの一ヶ国もこの場には存在しなかった。
敵に回してはならない。この場の全ての人間の一致するところとなった。日本のプレゼンは大成功だった。同時に、この国家が平和主義を掲げていることに安堵し、またこれが変わることへの警戒感も生み出した。
しかし、各国の使節達が一息つく間もなく、日本のプレゼンはさらなる追い打ちをかける。
「続いては、我が国の経済・産業・文化についてです」
そう、ここからが本番。各国の使節達の受難はまだまだ続く。
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