第一章 2 使節団の集結(後編)

 アメイヤ暦2996年7月6日 アーサ自治領領都アーサポルト 飛行場


「お久しぶりです、高半総理」

 機体に備えられたエアステアから降りてきた高半総理を、対日特命全権大使として交渉にあたってきたナギが先頭に立って出迎える。

「これはナギ特使、こちらこそお久しぶりです。そちらの方々は初めましてですね?」

「紹介します。我が国の国務大臣、クロード・ユリア閣下です」

「初めまして、クロード国務大臣。今回の転移災害における貴国からの多大なるご支援、まことに感謝しております」

 既に日本語を問題なく習得しているナギが通訳となり、高半首相の言葉をクロード国務大臣(オージアの行政府の事実上のトップ)へと伝える。

「初めまして、タカナカ総理大臣。いえいえ、困ったときはお互いさまです。僅かばかりの支援で恐縮ですが、お役に立てたのならば幸いです」

クロード国務大臣の言葉もまたナギによって日本語へ翻訳され、高半首相へと伝えられる。

「そしてこちらがこのアーサ自治領総督にして、今回この場を提供してくださったアーサ総督夫妻です」

「初めまして、アーサ総督。お招きいただきありがとうございます」

「初めまして、タカナカ首相。こちらこそ、噂の超先進国のトップの方々にお越しいただきまことに光栄です」

「アーサ夫人も、初めまして。ご機嫌麗しゅう」

「初めまして、タカナカ様。ようこそお越しくださいました」

 アーサ自治領の総督夫妻とも同様のやりとりが行われた後、各国の使節団との簡単な顔合わせも行われた。

 その後使節団一行は港へと案内され、さらなる未知と驚異に触れることになる。





 同日 30分後 新アーサ港


 今度は港へとやってきていた使節団一行。日本以外の国の使節団は基本的にこの新アーサ港からアーサポルトの地を踏んでいるため、主に今日になって新たにやってきた国々の使節団との顔合わせと、やや遠目にではあるが海軍アーサポルト基地に停泊している戦艦や空母などの軍艦をじっくりと眺める機会が用意された形となる。

「なんですと!?するとではあの白黒の旗を掲げているのは貴国の軍艦なのですか!?」

「ええ。設計はオージア企業に発注し、一番艦の建造はオージア企業が行いましたが、二番艦以降は我が領で建造されました」

 いくつかの国の使節がアーサ総督に自治領軍の戦艦について質問し、アーサ総督が答える。それぞれの操る言語は異なるが、しかしそこに通訳はいない。なぜなら。

「こ、この魔法は一体どういう術式で動いているのです!?」

「え、えーとですね…」

 詰め寄るハラーマ帝国使節団の技術分析官に、たじろぐイーリス王国使節団の宮廷魔術師。

 事の発端はイーリス王国の宮廷魔術師が使用した、ある「魔法」だった。その魔法とは、「翻訳魔法」である。それもナギの使用した「魂の言葉」のような一方通行で話者の限られるものではなく、その場にいる言語のバラバラな人間全員の意志疎通を自由自在とする、双方向の万能翻訳魔法である。これには参加国全てを驚かしたとはいえまだ魔法をよく知らない日本はもちろんのこと、この場を用意して参加国の度肝を抜き、さらにある程度魔法に精通しているオージアさえも驚愕することになった。ハラーマ帝国は魔法による文明でオージアとさほど遜色ない、地球でいう1950年前後の文明水準を持つ列強国であり、オージアが見せた高度文明の産物に対しても「魔法を使っていない」こと以外はそれほど驚きはしなかったが、それでもなおこの翻訳魔法には本気で驚かされることになった。

「なんと!この万能翻訳魔法が知られたものだったというのですか!?」

「え、ええ…そうなります。300年ほど前にどこかの魔術師が念話を研究する過程で偶然見つけたとかで、難易度は高くはありますがその利便性故に各国とも競うようにこれを扱える魔術師を育成するようになりまして…」

「むうう…」


 唸り始めたハラーマ帝国の技術分析官を他所に、日本使節団の一人、外務省の伊藤とオージアの対日特使のナギが海を眺めていた。

「いやぁ驚きました。植民地と聞いていましたが、ここまで発展していようとは。アーサポルトの発展ぶりは我が国の地方都市では敵わないところも多いでしょう」

「日本の方にそう言っていただけると、この領の繁栄に僅かばかり骨を折った者として光栄です。本当は本国最大の都市をお見せしたかったのですがね、こちらのほうが距離がちょうどいい塩梅なのと、あなた方はともかく他の国の方々には少々刺激が強すぎるのではないかという話になりまして」

「ははは、それはそうかもしれませんね。写真を見せていただきましたが、我が国の三大都市に決して見劣りしない大都市のようですし」

「そういえば…なぜ船ではなく飛行機で?それもわざわざ要人輸送機ではない機体を使ってまで」

「ああ、それはですね…我が国には戦艦がないでしょう?客船は客船でしかないですし、ミサイル護衛艦を持ち込んだところで意味がわかる国のほうが少ないのでは、主に戦艦を持つ国に対して我々の力が正しく伝わらないのではないか?ということになりまして」

「容易に爆撃機を連想できる飛行機を使った、と?」

「ええ、そういうことです」

「なるほどねぇ…ん?」

 俄かにナギが視線を遥か水平線へ移し目を凝らした。

「…来たようですね」

「おお、噂のシライト帝国が、ですか?」

「ええ」

「しかしよく見つけますね…」

「これでも訓練してますからね」

 訓練がどうとかいうレベルなのか、そもそもなんの訓練だ…との感想を飲み込む伊藤であった。


 艦影は徐々に大きくなっていき、やがて巨大な戦艦が3隻、客船を引き連れて姿を現した。

「…あれは…」

「なんて巨大なんだ…!」

 今度は日本使節団が驚かされる番だった。

 現れた戦艦3隻、いずれもかの戦艦大和に似たシルエットであった。

「あれは…大和…か…?」

 一隻は、ほとんど生き写しと言っていいほどに戦艦大和に酷似していた。やや全長が長く速力で優ること、三連装副砲がないことを除けば、実際スペック的にもほとんど同一の存在であった。

 別の一隻は、その艦と殆ど同じ船体を持っていたが、しかし主砲が連装砲塔であった。見る人が見たなら「超大和型戦艦がもし実在していたなら、こうだっただろう」という感想を持ったことだろう。

「でけぇ…!!」

 そして現れた中で最も大きいものは、こちらも大和型戦艦に通じる雰囲気を持つ、しかし全長・全幅・排水量、いずれも前世界の米海軍のスーパーキャリアー超大型空母にも匹敵する超巨大戦艦であった。前世界、今世界を通して、米海軍の原子力空母を超える存在感を発揮できる戦艦など、おそらくこの艦をおいて他にないだろう。

 超戦艦スーパーバトルシップ、そうとしか形容できない威容がそこにはあった。





「これはこれは首相、お久しぶりです!」

「クロード国務大臣、それにナギ殿、ご無沙汰しております。講和会議以来ですな」

「いや驚きました、こいつを完成させるとは。聞いたときは皇帝陛下の正気を疑いましたよ」

 そういってクロード国務大臣は超巨大戦艦を見上げる。

「はっはっは、いやまったくだ!だがこうして早々に役に立ったわけですから、ただの税金の無駄使いで終わらなかっただけよしとしようと思いますね」

「ええ、大金星と言っていいでしょうね」

「というと?」

「我々よりも遥かに進んだ、世界最先進国の方々さえ度肝を抜かれたのです。『シライト帝国、ここにあり』と示した、それだけでこの艦の勝利と言えるでしょう」

「ほう、あなたが近頃ご執心という、噂のあの国ですか」

「流石にお耳が早い、どこに耳がついているのやら」

「はっはっは、ではナギ殿、案内していただけますかな?件の超先進国の方々にご挨拶をしておきたいのでね」

「ええ、喜んで。こちらです」

 そうしてナギとクロードは、シライト帝国の首相以下使節団を連れ、高半総理ら日本使節へと近づいていった…

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