第一章 2 使節団の集結(前編)
オージアで「北半球群島植民地」と呼ばれる領域にて、日本にとって転移後初参加となる国際会議が行われようとしている。この会議はオージア連合王国が主導したもので、大地が次々に転移してくるこの惑星において、今回の転移に巻き込まれた、いわば「同期」といえる国々を中心として互いの理解を深め、国交の樹立と国同士の交流を促進することを目指したものである。域内最大の島であるホコク島を治めるアーサ自治領の領都アーサポルトには、会議のため各国の使節団が続々と集結しつつあった。
アメイヤ暦2996年7月6日 アーサ自治領領都アーサポルト沖
イーリス王国の使節達は驚いていた。
自分達が乗っているオージアなる国の船に…ではない。無論最初は船の大きさと豪華さと快適さにも驚かされたが、最早ここまでの船旅の間に慣れてしまっていた。
では何に驚いているのかというと、目的地から立ち上る黒い煙にである。火事でも起こっているのではないかと慌てて最早馴染みの顔となったオージアの大使に詰め寄ったところ、火事ではなく工場…巨大な工房の煙突から出る煙なのだと笑いながら言われた。一体どれほど巨大な工房であればあのように大量の煙をだすというのか、彼らには想像もつかなかった。
「おお、なんという大都市だ…!」
「信じられない、人の手でこれほどの都市を築けるものなのか!」
近づけば近づくほど、目的地の港町の発展の程に圧倒されてゆく。今回の会議の参加国(というより今回転移してきた国々)は北半球に多く、その多くが小規模な島国である。文明体系や技術水準はまちまちであるが、それらの国々より派遣された使節団のうち、20世紀半ば頃の水準まで発展したアーサポルト新市街を見て腰を抜かさなかった者達は極僅かであり、イーリス王国の使節団もまた極僅かな例外ではありえなかった。
しばらく呆然として段々と近づいてくる目的地を眺めていると、不意に甲高い音を響かせながら空を大きな影と、二つの小さな影が横切った。
「あれはなんだ!?」
「あんなに巨大なものが空を飛ぶのか!?」
しかし今度はオージアの大使達も驚いていた。
「あれが噂の最新鋭ジェット戦闘機ね。エスコートされている大型機は?」
「戦略爆撃機並の大きさだ、主翼がえらい斜めだな…」
「…プロペラの音がしない、あの大型機もジェット機だ!」
「ジェット爆撃機の試作機か!?軍も気合が入ってるな…」
「違う、塗装が我が国のものじゃない」
「なに!?じゃあシライト機か?」
「シライト機でもない…赤い丸の国章ってどこの?」
「…いくつかそれらしい国旗は思い当たるけどどれも後進国。我が国でも最新鋭レベルのあんなの持ってるはずがない」
「未知の国、か…恐らくは今回の転移国家のどこかだろうね」
「だとするとまたすごいのが来たな…」
船上の彼らを驚かせた大型機は、護衛の戦闘機と共に海に面した滑走路へと悠々と降下していった。使節達にとって大型ジェット機はあまりに理解の及ばない存在であり、彼らの注目は既に港町の発展ぶりに戻っている。
「ここは…神の国なのか…!?」
「この巨大な橋に摩天楼、我らが王都がまるで田舎だ…!」
巨大な橋をくぐり抜け、ようやく港が見えてきたところで、イーリス王国の使節団は再び腰を抜かすことになった。なぜなら自国の沿岸へ現れその巨体でイーリス王国の者達の度肝を抜いたオージアの戦艦よりも、さらに巨大な戦艦が多数停泊していたからだ。
「お…お…」
「なんという…巨大な…」
そこには全長300メートルに迫るオージア連合王国最大最強の戦艦、王立海軍の誇る最新鋭のオージア級戦艦が同型艦4隻全て勢ぞろいしていた。この世界で二番目に強く大きなその戦艦の威風堂々とした佇まいを見て、イーリス王国の使節達は言葉を失う。
それだけではない。港内にはさらに、オージア企業が設計したアーサ自治領軍の戦艦も停泊している。そのことをオージア大使に教えられ、アーサ自治領が「植民地」の延長であると聞いていたイーリス使節達は、たかが植民地の軍にすら巨大戦艦を配備できるオージアの国力を前に、最早なんと言ってよいかわからなくなっていた。哨戒(国際会議を前に気合が入りまくっている)の為港外へ出てゆくアーサ自治領軍の戦艦とすれ違いながら、その雄姿に使節達は眩暈を覚えた。
やがて港内の一角、彼らが乗るのと同様の客船が複数停泊している区画が見えてくると、タグボートが群がってきた。オージアとその勢力圏の底知れない力を目の当たりにした北半球南洋の島国の使節たちは、ふらふらとした足取りで船旅を終える支度に取り掛かる。
船上のイーリス使節が遠景の工場排煙に驚いている頃 アーサポルト 飛行場
領都アーサポルトの飛行場に、がやがやと人だかりができていた。国際会議の為この地に乗り込んできた各国の使節達と、会議の主催者達だ。
駐機場には、オージア連合王国が誇る最新鋭のジェット戦闘機をはじめ、オージアの各軍や航空会社、オージアから航空機を輸入しているアーサ自治領軍の多数の航空機が並べられており、オージア製航空機の展示会場と化していた。
ひときわ目を引く巨大な航空機には、多くの人が集まっていた。オージアの同盟国であるシライト帝国が開発し、オージアでも採用されているレシプロ6発の戦略爆撃機である。現在オージアの持つ最大の航空機であり、即ち3か月前までは世界最大の航空機であった。
「なんと巨大な…これが空を飛ぶというのか…!」
「これが魔法も使わずに空を飛ぶだと…!?」
「彼らは一体…何者なのだ…?」
各国の使節たちが目を回しているのを、これを並べさせた者たちが実に楽しそうに眺めていた。
「期待通りの反応ですねー」
「ええ、これで我が国の力を思い知…理解したでしょう」
「国務大臣もお人が悪い…」
「これは彼らには少々刺激が強すぎるのではないでしょうか…」
お堅い服で身を固めた半ば呆れ顔の子供、これまたしっかりした身なりの得意げな女性、顔が引きつっている紳士と若い淑女。妙な取り合わせの彼らこそ、今回の会議とこの航空機博覧会の主犯…もとい、主催者である。
「さて予定ではそろそろね。ナギ君がえらくご執心の『ニホン国』とやらの輸送機がくるのは」
先ほど得意げな顔をしていた、堂々とした女性が、子供にしか見えない白髪の人物に話しかける。
「ええ、その予定です。特に問題があったとの連絡は入っていないようですし、少々地味ではありますがなかなかとんでもないものを見せてくれるはずです」
「あら、地味なの?」
「中型輸送機を派手と取るか地味と取るかは人それぞれかと」
「『中型』輸送機?ちょっと本当に大丈夫?」
「なにせ彼らにとっての『中型』ですから。『大型』の正規の要人輸送機は、ここの滑走路に降りるには重すぎて少々不安があったので『中型』で妥協した次第です。航続距離的にはやや無理をしてはいますが、空中給油を挟めば問題なく往復できると」
「空中給油を実用化しているのね…。というかここに降りるのが不安…?あの戦略爆撃機が爆弾を満載していても降りられるのに?」
「ええ、なにせ軽く1.5倍はありますから」
「それはそれは…」
オージア政界の巨人二人が話し込んでいると、ついに飛行場の管制に連絡が入ったことをこの場の主の紳士が告げる。
「お取込み中失礼。国務大臣、ナギ殿、噂の主がやってきたようです」
「おっと、ありがとう伯爵」
「もう、『総督』ですよ特使様」
「おっとこりゃ失敬、つい癖でね。だが君の方こそ、私はもうここの特使じゃないよ、アーサ夫人」
「来たな…『使節の皆様方!滑走路にご注目ください!今回の会議の参加国の中で、最も高い文明水準を持つ国がやって来ましたよ!』
すぐに「それ」は姿を現した。
「な…なん…」
「本当に…飛んでいる…!?」
「魔法もなしにあれほどのものが…!」
各国の使節達は度肝を抜かれる。それも当然、なぜなら先ほどまで彼らが腰を抜かして見上げていた戦略爆撃機と比べても全く見劣りしない、巨大な鋼の鳥が優雅に舞い降りてきたのだから。
自分達の知る最大の航空機である、シライト帝国製の戦略爆撃機にすら匹敵する巨大な航空機が近づいてくるのを見て、詳細を知っていたナギを含む主催者達ですら驚愕する。
「あれがかの国の輸送機、ですか…!」
「あっはは、話には聞いていたがこれは凄いな!旅客機ベースの輸送機なのに戦略爆撃機よりよほど迫力がある!」
「我が国の主力爆撃機と並ぶ大きさにも関わらず洗練されている…!あれで『この飛行場に降りられる大きさのもので妥協した』なら、本来の要人輸送機はどれほど…!」
「これほどの力を持つ国が転移してきたのですね…!」
各国の代表者達が見守る中、高半信蔵総理大臣以下複数の閣僚と外交官などからなる日本使節団を乗せた航空自衛隊のKC-767が、領都アーサポルトのオージア軍・アーサ自治領軍共用の飛行場に降り立った。
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