プロローグ6 協議

西暦2020年6月25日 北京西城区 中南海


「よいか、なんとしてでも奴らを黙らせろ!」

 怒号が轟くここは今を時めく中華人民共和国の中枢、国家主席の執務室である。その主たる第七代国家主席は怒り狂っていた。というのも…

「まったく…この私を米帝の漫画の熊呼ばわりしよってからに…不届き者どもめ今に見ていろ、電子の海から燻りだして目にもの見せてくれるわ」

 彼は、名前の最後の一字をもじって、アメリカの名前を言ってはいけない系のキャラクターである、某黄色い熊呼ばわりされることを非常に嫌っていた。その蜂蜜の壺を持った愛嬌溢れる熊は、現代の大中華皇帝たる自身の威厳には相応しくないと思っていたからだ。しかし自分をそのような呼び方をする不届き者をどれだけ根絶やしにしたと思っても、ネット上には懲りずにまた自分をくまの○―さん呼ばわりする命知らずが出てくるのだった。そのことに、彼は腹を立てていたし、頭を悩ませていた。

「はっ、仰せのままに」

 国家安全部長は頭を下げながらも思うのだった。

(確かに威厳と恐怖はカリスマ性を生み出すが、それはカリスマの一面に過ぎない。度量の深さもまたカリスマ性を強めうるし、それは主席とて分かっているはずなのだが…)

「ところで、例の件はどうなっている?」

「日本の不審な動きについてですな」

 この時点で、国家安全部もまた、日本の奇妙な動きを捕捉していた。

「そうだ。なにか動きはあったか?」

「相変わらず霞が関と市ヶ谷は大わらわですし、閣僚も秘密裏に、しかし頻繁に会合を行っているようです。ですが横須賀は22日以降全く動きがありません。不気味なほどに静かです」

「ふむ…やはりカンパニーCIAの寝言は所詮寝言に過ぎなかったということか…?」

 国家安全部は当初、やはり日本の意図を掴みかねていた。米国内の工作員からの情報で「異世界への転移」という突拍子もない結論を得た現在でもなお、これを疑う向きは当然のことながら強かった。

「そう決めつけるには早いかもしれません。米海軍は調査のため、補給艦をつけたSAG水上戦闘群を件の変色海域へ突入させるつもりのようです」

「…SAGとはまた剛毅な。我が国で言えば052D型に相当する駆逐艦を3隻遊兵にするということじゃないか。全くこの世界情勢でどこにそんな余力があるんだか…」

「世界規模で展開し戦闘態勢に入りながらなおそれができるのですから、腐っても超大国ということなのでしょう」

 SAG水上戦闘群はミサイル巡洋艦と二隻のミサイル駆逐艦から構成される、米海軍のタスクフォースの一種である。スウェーデンのメーデー暴動以降混乱の坩堝に叩き落された世界において、なおそれだけの強力な戦力をこの任務に投入する余裕がある圧倒的な国力というのは米国の覇権国家、超大国たる所以であった。いかな我が世の春を謳歌している中国をもってしても、それは真似できないことだった。

「なるほど、それだけのものを動かすならばそれなりの根拠があるはず、というわけか」

「その可能性が高いと思われます。最も単に我々への圧力という可能性もありますが」

 現在、南シナ海情勢は中国優勢に傾きつつあった。朝鮮半島有事以降動きを活発化させた人民解放軍はかねてからの軍拡の成果も出てきてますます勢いを増していた上、米国はスウェーデン暴動以降の欧米先進国社会の混乱に直面していた。このSAG派遣も、極東の戦力を強化し、米中の力の均衡を保つ狙いがあると捉えることは自然であった。

「どうする?我が国も054A型フリゲートか情報収集艦でも調査に派遣するか?」

「その必要はないと思います。今、日本のEEZ内へ艦を突入させて緊張を悪化させるのは得策ではありません。今はまだスウェーデン暴動による混乱は始まったばかりですが、これは今後ますます激しくなるでしょう。。我々がその混乱に水を差し、我々への警戒心で団結させることはありません。ただでさえここ最近の活動と日本の艦が行方不明になった件で日米の国民は敏感になっています。動くのは社会の分断による混乱が十分に広がってからでも遅くはないでしょう。それに何が出るかもわからない海域です。火中の栗は日米に拾わせればよいかと」

「それもそうか。いずれにせよ、今後もこの件の情報収集は怠るな」

「御意」





西暦2020年6月30日 神奈川県横須賀市 海上自衛隊横須賀基地


 一台の高速バスが、海自の横須賀基地内に停車していた。オージアの使節団を会談の会場まで輸送するためだ。

(これは…バスか。中々に大きいな)

(我が国の物より大きいし、それに静かだ。ナギさんの予想通り技術力は我が国よりも上なのかもしれない)

(こうしてみるとその可能性が高いな。これは厳しい交渉を覚悟しなければ…)

 流石に超弩級戦艦と空母を含む艦隊を連れてきただけあって、オージアの外交官たちは大型バス程度ではそれほど動じることはなかったが、垣間見える技術力の高さを目ざとく感じ取り、静かに緊張感が広がっていった。





 オージア遣異世界外交使節団一行を乗せたバスは、横浜横須賀道路を経て首都高速湾岸線へ入り、一路都心へと向かう。

「大きな港湾都市だ。ソベックの町にも匹敵するぞ、これは」

「いやおそらくソベックよりも大きいぞ。シンクロードに迫るんじゃないか?」

 バスの車窓から見える横浜に、オージアの外交官たちは感想を漏らす。

 やがてバスは首都高を下り、一般道で都心へと入ってゆく。

「なんと栄えた都市だ。シンクロードの中心街に勝るとも劣らない」

「よもやシンクロードに匹敵する都市が存在しようとは…」

「それはうぬぼれすぎというものだ。我々が今まであの世界の多くの国々の先を行っていたように、我々の先を行く国が現れるのは何もおかしなことではない」

「それはそうだが、いや、しかし…」

 頭では自分達を超える存在の可能性を理解してはいても、いざ自分達が世界一と信じて疑わなかった都市に並び立ち、或いは超えるものを見せられると、オージア代表たちは都心の摩天楼に気圧されてしまっていた。しかしこの彼ら彼女らの反応は案内(という名目でオージア使節団の会話に聞き耳を立て情報収集)の為同乗していた日本の外交官たちにとっても予想外というか、プレッシャーとなるものだった。

(バスにもそれほど驚いていなかったし、この国で最も発展した場所といっていいこの都心の摩天楼を見てなお、自国の都市に「比肩する」という程度の評価とは)

(第二次大戦期相当の船で来てそれとなると、同時代のアメリカを超える超大国の可能性が高いな)

(これは厳しい交渉になるかもしれないな…)

 双方とも心中にて「敵、侮り難し」との結論に達しつつ、バスは会談の行われる飯倉別館へと到着した。





同日 東京都港区 外務省飯倉別館


 オージア遣異世界外交使節団一行を、外務大臣の秋葉が出迎える。

「オージア連合王国の皆さん、遥かな海の向こうから遠路はるばるようこそお越しくださいました。日本国外務大臣の秋葉と申します。何分急な話であった為お待たせしてしまった上に最高のおもてなしというわけには参りませんが、私達は皆さまを歓迎いたします」

 これに、使節団のトップである特命全権大使のナギが答える。

「特命全権大使のナギと申します。このような形で急に押しかけてしまったにも関わらず、迅速な対応と歓迎、ありがとうございます。日本の皆さんのお心遣い、使節団一同大変感謝しております」

 二人は握手した。この時点では表には出ていないが、異世界と日本とが公式に手を取り合った、歴史的な瞬間であった。





同日 都内のある料亭


 ここは、都内のとある料亭である。様々な政治家が利用してきた歴史があり、ここは政治の舞台でもあり続けてきた。今日の客たちもまたそうであった。

「皆さん、朗報です」

 先ほどまで電話を受けていた文部科学大臣の有楽が言う。

「彼らの持ち込んだ燃料サンプルは、石油でほぼ間違いないとの結果が出たそうです」

 料亭の一室の張りつめていた空気が和らぎ、その場にいる者達が口々に喜びの言葉を漏らした。

「おお!」

「これで最大の問題の一つは解決しましたな」

 先ほどまで行われていた会談にて、オージア側は異世界についての様々な情報を開示してきたが、その中の一つに「異世界の物質のサンプル」があった。これはオージアにとっての各種資源・食料のサンプルであり、これが地球文明の資源・食料と同じ、または同様の物として代替になり得るのであれば、ひとまず異世界への転移という事象にあって直面する可能性のあった、地球の資源・物質の枯渇という、最初にして最大の関門は突破したことになる。加えてオージア側はこれら資源の一部を輸出または援助として供与する意向を示しており、なかでもこの石油と判明した物質について、彼らは日本からのインフラおよび技術面の支援と引き換えに、日本が必要とするうちかなりの量を輸出する用意があるとのことであった。これによって第二の、現実的に最大級の関門であったところの石油問題もかなりの部分において解決したも同然となった。大臣各位が歓喜するのも当然と言える。

「次は食糧だが…」

「それについては今用意してもらっていますので、もうしばらくお待ち…」

「失礼します。馬場大臣、検査終わりました。こちら、問題ないとのことです」

 外務大臣の秋葉が言いかけたところで、農水省の職員が何やら持って入ってきた。

「おお、そうですか!ご苦労様です。秋葉さん、毒見が終わったようです」

「それはよかった、いや実のところ食べてからずっとハラハラしていたのですよ」

「腹の具合だけにハラh」

「おっとそこまでだ」

 農水省の職員が持ち込んだのはオージア側から提供された件のサンプル群のうち、食料のサンプルの一つの干し肉ジャーキーであった。

「農水省のほうで検査していただいていたのですが、問題ないとのことですので皆さんどうぞお召し上がりください。会談の際一足先に食べさせていただきましたが中々に旨いですし、なにより酒に合うと思います」

 持ち込まれた異世界産干し肉を食す大臣各位。

「ふむ、粗削りな味ではあるが、確かになかなか旨い。そして酒に合う」

「これはビーフジャーキーか」

「確かにビーフジャーキーのような味ですね。素材のうまみなのか、いや美味しいですね」

「この干し肉の原料となった動物ですが、彼らの持ち込んだ写真をスマホでも撮影してきました。これですね」

 そういってスマホの画面を見せる秋葉。

「牛か」

「牛ですね」

「間違いなく牛だな」

「素晴らしく牛ですな」

 そこには、まごうことなき牛が写っていた。

「この動物の正体については検査待ちですが、見た目には牛としか言いようがありません。彼らはこの牛のような動物の干し肉や塩漬け肉の缶詰、豚のような動物のソーセージの缶詰のほか、小麦やトウモロコシと思われる穀物や大豆と思われる豆類、その他加工食品などの食料について大規模な輸出の用意があるとのことです」

 それは即ち、食料という石油に次ぐ問題も、ある程度当面をしのぐ目途は立ったということである。

「おお、それは重畳」

「石油に続いて食料も解決とは、幸先がいいですな」

 大臣たちに、さらなる喜びと安堵が広がってゆく。「ひもじい、寒い、もお死にたい。不幸はこの順番で来ますのや」とはとある漫画に登場する台詞であるが、石油と食料が確保できたことによってどうにか国民にひもじい思いも寒い思いもさせることなく転移という事象を乗り越える目途が立ったことは、彼ら国を預かるものにとって無上の喜びであった。

「しかし未だに信じられませんね。異世界への転移とは」

「確かにな。そもそも彼らは本当にこの世界の存在ではないのか?」

 未だ彼らへの疑念は消えてはいなかった。だが…

「ほぼ間違いないといっていいと私は思います。耳が長い人種など見たこともありませんし、それに例の『魂の言葉』なる超常現象は私も実際に体験しましたし、どこからともなく火の玉を作り出したり何もないのに人が宙に浮かんだり、どこからともなくあらわれた半透明な壁が銃弾をはじき返したり、それが手も触れずに消えたりするのをこの目で見ました。詳しいことはこれから調査するようですが、少なくともありきたりな仕掛けの類はありませんでした。あれは『魔法』といってよいでしょう」

 やや興奮気味に語る外務大臣の秋葉。

「…」

「…まぁ、お前さんがそう言うならそうなんだろう」

 相変わらず半信半疑の大臣たちであった。しかし彼らもすぐに、異世界からの来訪者の存在を認めざるを得なくなるのだった。

 ともあれ、初の公式の日本=オージア会談の一日目に行われたのは、以下のようなことであった。

・日本という国についての紹介

・異世界についての情報の開示、魔法のデモンストレーション

・オージア側からの各種資源・食料サンプルの提供および、それらをどの程度の量提供できるか、またそれに対して要求する代価はどういったものかの提示

・日本が何を求めるか、また何を提供できるかの提示

翌日以降、事務レベルの交渉が進められていった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

このエピソードのあとがき言い訳


違うんや…会談そのものについてはあまりに書けなくて、しかもこれ書いた時期リアルが結構忙しくて、でも間隔開いてしまってた(なろうのほう)んで投稿自体を優先したんや…(何一つ違わないじゃねーか)

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