プロローグ4 事前協議(後半)
「赤い海」の内部が異世界へと転移する。
オージア使節団の報告は驚くべきものだった。彼らの言う通り変色海域が半年は拡大を続けるというなら、確実に日本のかなりの部分がこれに巻き込まれることになる。
「そっ、それは本当なのですか!?根拠はあるのですか?」
外交官の伊藤は詰め寄る。そう、この話には根拠がない。彼らオージア使節たちがでまかせを言っている可能性だってある。しかし。
「根拠は「赤い海」と我が国オージア、そして私たちの世界にあるほとんどの国です。私たちの母国オージアもまた元あった世界から転移して今の世界にあるのです。そしてそれはあの世界のほとんどの国と地域、すなわち我が国オージアが現在国交を持っている国々の全てが例外ではありません。あの世界の陸地の大半は転移してきたものです。」
オージア使節のナギの答えは予想外のものだった。彼らは既に転移を経験したのだという。それは彼らにとっては何にも勝る根拠だろう。その上彼らが交流を持っている人々もまた、同様の境遇に置かれているのだという。
「転移の前兆として空間に歪みが発生し、それが拡大し最終的に覆い尽くされた範囲すべてが転移に巻き込まれます。空間の歪みは何故か海上では海面の変色として観測することができます。あの「赤い海」がそれです。あの現象は我が国でも、ほかのすべての国でも転移の直前に目撃されており、また我が国よりも後に転移してきた陸地について、あの世界の側でも同様の現象が起こっていることを我が国は観測しています。今回の貴国への私たち使節の派遣も、あちら側で「赤い海」が確認され、貴国の軍艦が同海域から出現したことがきっかけになっています。」
ナギの説明の合間に、オージアの使節のうちがっしりとした一人が数枚のカラー写真を取り出す。そこにはそれぞれ見慣れぬ街の風景とともに、赤くなった海が写っていた。
「これだけで信じろ、とは言いません。ですが転移はまず確実に発生します。おそらく貴国はこの世界の他の国々との貿易を行っていることでしょう。転移によって物資の輸出入に大きな影響を受けることと思います。余っているのならともかく、足りないのなら何らかの被害は避け得ませんが、我が国は可能な範囲で支援する意思があります。もし他国からの輸入に頼っている資源や食材などがあれば、我が国は用意できる範囲で取引に応じる、ということもしかるべき場所へと伝えていただきたい」
以降も会談は続き、最終的に丸10日の時間を費やして、双方ともに十分な意思疎通を可能なレベルまで言語を習得したのち、この日本と異界の国とのファーストコンタクトは終了した。オージア使節の要件をまとめると次の通りであった。
・まず、日本がこの世界から切り離される可能性が高いことを伝えに来た。
・次に、「赤い海」とそれによる転移という現象についてわかる限りの情報を提供する用意がある。それに伴い、領域内での調査の許可が欲しい。
・最後に、転移に伴う影響に対して、資源や食料、工業製品などについても必要と程度に応じて、可能な範囲で支援または貿易をする意思がある。
これらの情報は逐次外務省へと送られ、外務大臣を通じてこの日本の政府の長へと伝えられた。
西暦2020年6月21日夜 横須賀港 遣異世界外交使節船・航路客船「リサ女王」
大洋を渡る航路客船として建造された豪華客船「
先ほどまで船内の一室は戦場と化していた。ナギ達先遣の4人が持ち帰った日本語を、外交使節たち全員にみっちりと叩き込んでいたのだ。
(例によって文法構造が近かったのは助かった)
先の会談は10日間で一旦終わっており、ナギ達と日本の外交官たちは10日間で互いの言語を習得したことになる。一からの言語習得としては10日という機関はかなり短いが、日本語とオージアの言語の文法構造が近かったこと、またオージア使節の4人が言語習得に極めて長けていたこと、さらにナギの「魂の言葉」の助けもあってこの短期間での習得がかなったのだった。
(北半球の基地で中を見たあの「いぶき」なる巡洋艦や、日本の外交官たちが使っていたあのスマホなる無線機からいって、おそらくこの国の技術水準は我が国を遥かに上回る。厳しい交渉になることを覚悟せねば…草むらをつついたらゴブリンどころか大魔王が出てきたなんてことでなければよいのだが)
覚えたての日本語を駆使して、海上自衛官からオージアの軍艦がこの国の水準では少なくとも50年は遅れたものであることを聞き出したナギは戦慄し、今回の派遣が藪蛇だったのではないかと一抹の不安を感じ始めていた。
(強硬手段に出られたらお終いだ。我が艦隊では対処できない可能性が高い。最悪の場合には私一人での単独強行突破も視野に入れなければならない…最寄りの陸地は北半球群島植民地最北端の孤島、飛び立った位置によっては非公式ながら飛行魔法による無着陸飛行の世界記録になるな…最悪の可能性を考慮し、常に最善のコンディションを維持し魔力を温存しなければ。だが、どんな国にも付け入る隙はあるはずだ。我が国のような強固な体制の国でないことを祈ろう)
ナギは神頼みをする質の人間ではなかった故その祈りは誰に向けたものでもなかったが、折からの社会不安でその祈りは聞き届けられていることをナギはまだ知らない。
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