第10話 レディー・ゴーランド

 ロイドたちはまだ戻ってきていないと、村の人から聞いた。

 今すぐ、ロイドたちと合流してレイの捜索と、ロイドたちの仲間の事情を聴くために混乱していた。


 森に入って、ロイドたちを探すか、それとも待ち続けるか。


「落ち着きなさい」


 アルメドがぼくの肩に手を置いた。


「これが落ち着いていられるか!」

「冷静になるのです。混乱していても問題は解決しません」


 冷静になれ、とその言葉を聞いたとき、そうだ、青年が見せてくれる記憶を頼ればいいんだ。

 そう思えば、先ほど焦っていた気持ちはすっかりとクールになった。


 青年に言葉を投げかける。


『……』


 返事がない。

 応答していない雰囲気だ。

 もう一度、頭の中で青年のことを思い浮かべる。映像が流れてくるのをじっと待つ――が、見えてこない。


 おかしい…。

 すぐに出てくるはずなのに…まるで最初から夢だったみたいだ。


「アスタ」

「…あ、うん。ごめん」


 頼っていたものが聞こえることも見ることもなくなっていた。

 青年はいま留守なのかもしれない。

 そう考えると、レイの行方をどう探すべきだろうか…。


「ロイドたちと合流しましょう。村で待ちます。その間、心当たりがある人物を探しましょう」

「そ、そうだね。わかった」


 言葉が詰まる。

 しっかりしろ! なにを惚けている! 自分がしっかりしなくてどうする!


 と心の中で訴え、冷静を取り戻す。

 まずはアルメドの言うとおり、情報収集だ。


 復興作業に励む村人と重く悲しむ犠牲者たちへ祈りを捧げる村人、こうなってしまったのはすべて部外者のせいだと声を上げる人と、村のなかは混沌化していた。

 復興作業している人の多くは、ロイドたちが連れてきた兵士たちがほとんどで手伝う村人は十人もいないだろう。


 声を上げている連中は村人がほとんどではなく、外からやってきた連中のようで、服装は見ずぼらしい村人とは違い裕福そうな服を着た人たちだらけだった。


 少しずつ賛同するかのように村人も手を挙げ、声を張っていくが、村の雰囲気は最悪なものに変わりつつあった。


(こんな状況で、レイの行方なんて聞いたら…)


 きっとこっちに飛び火が来るだろう。

 ダメだ、この場所では聞けない。


 もう少し静かな場所で作業している人に聞いてみよう。


 この場を離れ、被害が最も少ない個所である川の付近まで歩いてきた。

 川の中にまで瓦礫と血まみれの人が浮いているほどすさまじい悲惨な場所だったが、せっせと作業をしている数人の村人がいた。


「手伝いましょうか」


 川の中にジャブジャブと入り込み、裕福そうな人は汚れてもお構いなしといわんばかりに手伝った。

 ローブや農具などを使って、瓦礫を撤去していく。村人と一緒に手伝い浮いている人たちを引っ張っていく。


 それを見ていたら、なんだか手伝いたいという気持ちがこみ上げてきた。


「ぼくも手伝います!」


 よっこらせー! と気合を入れて引っ張り合う。


 水に膨らんだ人はなんて重いのだろうか。そして、臭い。腹の中にたまったガスが噴き出すかのように時々、破裂している。

 鼻を水にぬれた布で覆っていても臭いは隙間を通って眩暈を起こす。


「なんという臭さだ。これが人なのか?」

「このまま放っておいても、彼らがかわいそうだ。」


 隣で手伝う裕福そうな男が言った。

 ぼくは言葉を失い、無言で手伝った。



 夕暮れに近づくになりにつれ川に浮ていた死体は4体。すべて浜辺へ引き寄せることができた。

 がれきの撤去はまだ終わっていない。


 川の流れをせき止めていた一部の瓦礫だけ撤去できただけだ。

 村人はぼくらに近づき、何度もお礼を言っていたが、裕福そうな男は「お礼を言われるまでのことはしていない」って言っていた。


 浜辺でゆったりしていると、裕福な男はぼくに自己紹介した。


「俺、クルーベ・ハイジ。ハイジと呼んでくれ」

「あ、はいハイジさん。ぼくはアスタ」

「アスタくん、君はこの村の出身じゃないみたいだけど、どこから来たの?」


 この村の出身ではないことはバレバレだった。

 まあ、服装だけでなく言葉遣いや村人の関わり合いなどから見てそう判断されたのだろう。


「遠い場所から来た。」

「遠い場所? 質問の答えになっていないよ。どこの出身って聞いているんだ」


 この場所にぼくが住んでいた地名があるのかどうか検討が付いていない。

 地球という菜音下(なのした)町から来たなんて、言っても信じてはくれないような気もするが、一応。


「菜音下という町からやってきた。」

「菜音下? 聞いたこともない地名だな。どこかの大陸から来たのかい?」

「……」


 やはりないのだろうか。

 他の大陸といっても大陸の名前も知らないし、下手に変なことを言えば怪しまれてしまう。


 青年に頼ろうにもいまだに応答がない。

 青年の予知を頼ることは無理そうだ。


「あー…」

「ん?」


 言葉が詰まる。

 どうすれば、この場を収めれるのだろうか。


「ぼくは、突然この場所に連れてこられたんだ」

「…それはつまり誘拐されたということか?」


 ぼくは、ありのまま話すことにした。

 深く理由を考えてもぼくの知能では到底思いつかない。

 なら、嘘でも本当でもグチャグチャにしてしまえば、相手はどこかで信じてくれるだろう。もうそう願おう。


「ちがう、ベットの上で寝たはずが、気づけば知らないこの場所にいたんだ。ずっと夢で見ていたあの子に会いたいと願っていたら…」

「その願いに答えるかのように移動してきた…ということか」


 妙に納得してくれた。

 ハイジはなにか心当たりがあるかのようにつぶやく。


「魔女協会」

「ん? なんて」

「いや、関係ない話だけど。一週間前に魔女協会が半壊する被害が出た話は知っているかい」

「いや、まったく」


 ユイからもアルメドからもそんな話聞いていないな。

 魔女協会か、魔女とか魔法使いの頂点(支配者)が君臨し、魔法の管理を行っている教会なのかな? と思った。


「”レディー・ゴーランド”と名乗っていたそうだ。その人は転生者とも自己紹介していったそうだよ」

「転生者? それはつまり、ぼくと似たような感じで連れてこられたということ?」

「多分そうじゃないかな。ただ、違うのは、その人は場所から場所へ召喚されたのと事故で体が吹っ飛び別の身体へ移し変わったとの違いかな」


 男が言うにはつまり。

 元の場所 → 今の場所 へ移動したのは転移者。

 肉体はそのまま受け継がれてきた。


 元の場所で死 → 今の場所 へ移動したのは転生者。

 本来の肉体が死んでいるため、場所Cにある肉体に憑依する形で馴染んだ。


 この二つのメリットとデメリットは、

 転移者は条件がそろえば元の世界に帰れる。

 一個人である肉体が両方の世界にないため、行き来が可能であること。

 特殊能力も〈元の世界〉と〈今の世界〉と共有する。


 転生者は〈元の世界〉で覚醒した能力と〈今の世界〉で覚醒した能力のふたつのすごい能力を手に入れた状態になれる。

 元の世界に帰れないが、超人(チート)を勝ち取った二度目の人生を送れるというものらしい。


 つまり、レディー・ゴーランドという人物は転生者で、もともとこの世界に住んでいる人にとっては勝ち目がない化け物そのものなのだという。

 某ゲームで例えるなら、魔王が突然召喚され、この世界を支配した。という内容になるのだろう。


「――レディー・ゴーランドが転生者なら、ぼくと同じように特殊な能力を備え持っているということなんだよね」

「あくまで憶測だけど。ふたりの共通点は〈元の世界〉から来た人物で、誰かのイタズラで召喚されたということだけはわかる。元々住んでいる俺らにとっては迷惑な話だよ」


 宇宙からエイリアンが奇襲してきたというのも、ある意味同じ理屈なのだろう。

 突然、やってきて好き勝手にされたら、友好関係か奴隷か配下か戦争かの四択しかなくなるもんな。


「ところで、アスタくんの能力って―――」

「アスタ! そこにいらしたのですね」


 アルメドが手を振っている。

 ぼくは立ち上がり、同じように手を振って返した。


 その途端、アルメドが魔法を放った。


 ぼくは避けるだけでもせいっぱいで、その場からジャンプして交わした。


「ハイジくん!」


 ゴゴゴと燃え広がる砂場にぼくは唖然とした。

 どうして、急にアルメドが攻撃してきたのか見当もつかない。


「危ない危ない、まったくスキルが無かったら死んでたぞ俺」


 まるで軽々しく爽快のように手中の中に炎の渦ができている。アルメドが放った炎を吸収している。


「君は…」

「クソ! 貴様を見逃す―――!?」


 ドーンと大爆発。アルメドの着地地点に大穴が開くほど黒く焦げ、黒い煙が立ち上る。アルメドは煙に覆われてしまい、見えない。


「アルメド!!?」


 声を上げるが、アルメドは返事をしない。


「ハイジ! どうしてこんなことを…?」

「ファイガでもこの程度か、やっぱり魔女協会を襲撃して成功だったな。魔法の上限がある。」


 魔女協会の襲撃? 成功? もしかして、話しの流れからして。


「もしかして、君が――」

「そうだよ。”レディー・ゴーランド”というあだ名はまさに俺そのもの。名前の由来は聞かないでくれ。恥ずかしいから」


 魔女協会を襲撃した人物”レディー・ゴーランド”。彼がその犯人だと暴露した。なぜ、この場でわざわざ宣言した。ぼくも消し去ろうというのだろうか?


 ぼくは一歩下がった。


「おいおい、せっかく友達になれたっていうのに…つれないな。転生者…つまり俺のことだが、転移者であるアスタくんに興味をもった。この世界で転生者も転移者も俺とアスタくんしかいないことは分かったからな」


 二人しかいない。

 ハイジは寂しそうに言っていた。まるで誰からも認められず知っている人がいない孤独な人のような。


「アスタ君は俺と違って、仲間がいるんだね。某小説や某アニメ、某ゲームのように最初にヒロインやヒーローと出会って、この世界を救っていったりわからないことを聞けたりできる。最高の旅行気分だと…思っていたのに…」


 ハイジは寂しそうに、そして憎くてたまらないと反吐を出した。


「反吐が出る。胸糞だらけだ。こんな世界に呼び出しておいて、楽しみは魔女協会襲撃のみ。これ以外の楽しみはなにひとつ出会わなかった。」


 再びぼくに視線を向けた。


「アスタ。特殊能力をよく理解したうえで、強く磨け。仲間なんて必要ないと理解していくようになる。――でも、アスタ君に会って分かったことがある」


「アスターー!!」


 アルメドの声だ。


「≪ソードブレイカー≫」


 地面に手を置き、必殺技を放った。


 ハイジの足元から剣が貫かれる。

 砂場にいつ仕込んだのか魔力から感じられなかった。


「とッ」


 軽々にジャンプし≪ソードブレイカー≫の脅威から簡単に避けた。


「まだ俺が知らない技があるようだな」

「それは、必殺技だよ」

「ひっさつ?」


 なに、ぼくは答えているのだろうか?


「必殺技は武器に搭載されているんだ。武器ごとに必殺技も変わるし、武器が多ければその分必殺技も加わる」


 初めての異世界からの仲間で喜んでいたのだろうか。

 アルメドを傷つけた悪い奴だぞ。

 なんで、倒せるかもしれない技のありかも教えたんだ。


「それがもうひとつの技。この世界にしかない技だ」

「アスタくん。別の出会いがあったら、きっと友達でいられたんだろうな…」


 そう言って、霧のように消えていった。


 友達…彼は寂しそうだった。心の底から瞳の底からも、孤独で誰にも寄せられない場所にいるかのような。


 彼が消えて行っても、まだその場所には寂しいという気持ちが残されていた。


「アス…た」


 アルメドが爆心地から這いずる。

 鎧はすっかりと壊れてしまい、中身が丸見えだった。


 ただ、アルメドの正体が――実は。


「中身が…ない!」


 鎧や衣服の中身は空洞で、中生地が見えるほど空っぽだった。

 これが呪い。一族に掛けられた果てしもない闇。


 身体が透明化されたと言っていたが、これでは衣服も鎧もなければ存在自体が怪しまれるほど脆くて傷つきやすい。


 ぼくは、アルメドの手を貸し、一緒にその場から離れた。

 いつの間にか村人は逃げ出してしまったようで、人の気配はなくなっていた。

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