第6話 剣が折れて…しまった!

 川岸に出る。

 ぼくが先陣を切り、次にユイ、アルメドの順でロイドたちが向かった方向へ走っていた。


「ゴブリン!?」


 橋の上で待機している二体のゴブリンがいた。

 二体ともすでに気づいている。橋から飛び降り着水した。


 水は浅い。雨が少ないのか嵩はいつもよりも非常に少ないとアルメドがこぼしていた。上流にある水門で何かがあったんじゃないかと気にしているようだった。


 チャプチャプと音を立てても問題ないぐらい走れる。

 水辺とはいえ、水によって足を引っかかれることはないが、水に隠れるかのように苔が生えた石などで踏み場に困る一面が多々あった。


 陸地から言えば、その分道のりは長くなる。遠回りにもなる。

 水辺から行く(リスク)を背負って、行くことにした。


 正解だった。

 陸地と比べて水辺だと魔物の数は少ない。


 陸地には素通りしてはいるが、数体単位で魔物たちが待ち構えていた。どれも得物を持っているうえ、まともに戦えば労力と精力の無駄遣いになるところだった。

 この道を通ると決めたのは、青年の予言から選んだ結果だった。


(ウィンド)


 アルメドが手を合わせ、その中に魔力を込める。

 詠唱なしで発動できる初歩的な風魔法。


 カッターの切り口の如く素通りしていくぼくらたちの前で魔物の身体が真っ二つに切り裂かれた。


 奥から隠れていたかのようにもう一体のゴブリンが突進してきた。


「必殺≪斬水≫」


 剣を横に振るう。水の斬撃が正面へと放たれた。ゴブリンは武器でその斬撃を防ごうとするが、武器ごと胴体を真っ二つにされてしまった。


 ゴブリンたちの叫びを無視し、ロイドたちが無事でいることを信じて急ぐ。




 川を越え、陸地を超え、森を抜けた。

 その先には、苦戦を強いられるロイドが仲間だったはずのゴウキの手によってトドメを刺される瞬間だった。


「ロイドォ!」


 ぼくは大声でゴブリンたちに向けて放った。

 必殺≪斬水≫。リーダーと思わしき大きなゴブリンに向けて先生布告を仕掛けた。


 ザシュっと真っ二つに切り裂いた。

 でかいだけのゴブリンのようだった。


 ゴブリンたちが騒いでいる。

 塀のなかを囲むようにしてゴブリンたちは得物を振りかざしながらぼくらの行為を気に入っている様子だ。


「ケアルラ」


 遠くから草むらに隠れ、ユイがロイドに向けて放つ。

 光の粒子がロイドを包み、傷が少しずつ癒えていく。


 亀裂の痕がみるみる消えていく。

 回復量が向上したのは見えて分かる。


「これで逆転だ!」


 ロイドが声を上げ、近くにいるゴブリンたちをせん滅していく。

 操られていたゴウキは糸が切れたように動かなくなっていた。


「ゴウキ! 目を覚ませ クソッ――」


 ゴウキの背中から見て分かるぐらい出血していた。背中から一発だ。

 いつ攻撃されたのかは見当もつかない。

 でも、操られる前から攻撃されていた可能性はある。


 ゴウキは慎重な男だ。

 誰よりも仲間を信頼し、なによりも自分自身を信じていた。

 油断をする人じゃない。


 レックが偽物だと分かっていても、気を抜かなかった。


 それが、こんな無様に終わるなんて絶対にありえない。

 チクショウ、なにが起きている。


 部隊は全滅だ。

 ロイドを含めて生き残ったのは4人だけ。


 20人以上いたはずの仲間たちはどこに行った?

 森に入って、この広場に着いたときには5人にも満たなかった。


 来る前に襲われたのか…?

 バカな、気づくはずだ。


 槍を振るいながらゴブリンども蹴散らせながら脳裏にうごめく。

 部隊が全滅し、なおかつユイたちが駆け付けてこなかったらお陀仏だった。


 こんな状況でなかったら、アスタは信用していなかった。


「アスタ、俺と一緒に前に出ろ! 俺が隣で守ってやる」


 最初に出会ったころとは全く逆だ。

 ”俺が前に出る”を”隣で守ってやる”と発言した。ユイは少し驚いていた。ロイドがこんな風に他人に信用するなんて、今までゴウキとレックとペアを組んで以来、見たこともなかったからだ。


「ロイド…ありがとう」

「バカ、お礼は片付けてからだ」


 ロイドとともに前線に出る。

 囲い込むゴブリンの群れを前にして、怯むことはない。むしろ、楽しくて仕方がない。


 青年の予告通り。

 ぼくらの全滅はない。


 ゴブリンが一方的に倒されていく。

 後方にいるアルメドやユイたちに被害が及ばない。


 滝つぼを背にして戦えば襲ってこないと言っていたからだ。

 その通りに指示を出し、先陣を切る。


 すごい、すごすぎる。

 言葉に出せるほどの誉め言葉が見つからない。


 槍をうまく使いこなし、ゴブリンを同時に素早く処理していく。手際が言い。まるで前線で戦うダンサーのようだ。可憐に舞うロイドの隣で踊るのは致し方恥ずかしい。


 でも、ロイドが隣で踊るからこそ、ぼくは踊っていても恥ずかしくはない。なぜなら、失敗してもロイドは決して責めてこないからだ。



 ゴブリンの軍団を片付け終わった。

 あれだけいたはずのゴブリンを偽レックとゴウキ、他の仲間たちを覗いて、被害は最小限に抑えることができた。


 でも、壊滅であることに変わりはない。


「痛ててぇ」


 無理やり体を動かしたこととぼくが失敗した個所を埋める役目のため、ロイドは右腕と左足にけがを負ってしまっていた。


 回復魔法をかければ大したことはないのだが、隣でミスばっかりしていたぼくに起こっているのではないかと気になり、「ごめん、となりでぼくがヘマするばっかりに…」と土下座をした。


 ロイドはそっぽを向け、「気にするな。はじめてにしちゃ、情的だ」と意外な言葉が投げかけられた。


 ユイはそんなロイドを見たことがないとボーとしていた。


「――仲がいいことですね」


 その様子を見つめていたアルメドが空気の流れを変えた。


「それより、これをご覧ください。面白いものを見つけましたよ」


 倒れたゴブリンどもを避け、ゴウキの遺体からワッペンのようなものを取り出して見せた。赤く濡れてしまっているが、シールのようにペラペラでなにか模様が描かれていた。


「誰かが仕組んだようですよ。レックが率いる部隊を全滅させるのを目的にしていたみたいですね。おそらく、魔法国ミネルヴァのトップの誰かでしょう」


 ロイドがハッと気づき声を出した。


「まさか――!!」


「そのまさかですよ。なるほど、保険のために我を誘ったんですな。さすが、レック殿だ。これは深く傷をえぐる陰謀がうごめいているようですな。」


 陰謀。

 これを仕組んだ何者かが魔法国ミネルヴァにいると。


 魔法国ミネルヴァ。後にロイドとアルメドから聞いたのだが、魔法国にして魔法の発展を掲げ、日々魔法の開発をしている国。

 真ん中に大きな塔があるのが特徴で、その中には召喚獣と呼ばれる太古の神が眠っているとされている。


 ロイドたちはその魔法国にいるトップから依頼される形でこの森に来たのだという。

 レックたちを片付けて、そのトップらは何を企んでいるのだろうか。

 それは、アルメドたちも確信を得ていない様子だった。


「アルメド―――」


 再度、聞きたいことがあり口に出すとき、滝つぼからバシャッと大きな音ともに水しぶきが跳ね上がった。


 背後よりも頭上へ視線を向けた。

 ぼくら四人を超える大きな影。その大きさはぼくらを踏みつけるには十分な範囲と大きさだった。


 ぼくらは青年の言葉を信じ、前もって避けるように伝えておいた。

 ”滝つぼから現れる新手に注意しろ”と。


 案の定、ぼくらは避けた。

 遅れることなく、踏みつぶされることなく。


 その巨大な化け物は、剣や槍などを背中に受け、突き刺さっていた。

 赤い盾を甲羅のように背負い、前かがみになってぼくらを睨みつけた。


 ヒュンと風を切った。

 ぼくは剣でガードをすると同時にアルメドが叫んだ。


「避けろッ!」


 パキパキと凍っていく。剣がみるみる凍っていく。

 その剣のもろさは次の一手で、砕かれてしまった。


「剣が――」

「折れて――」

「――しまった!」


 順にユイ、ロイド、ぼくの順で心の中で思ったことだ。


 化け物の一手がぼくの腹ごと背後にあった壁へと激突された。

 その瞬間、砕け散った剣が地面に落ちと同時に、背中から激痛が全身へと走り抜けた。


「ガアァッッッ グゥッッッ ガハァッッッ」


 耐えがたい痛みが襲ってくる。背中から全身へとその鋭い痛みが襲ってきた。目がかすむ。化け物がいまにも襲ってくる。


 手が痺れる。口は上手く回らない。声が出ない。

 青年の呼びかけが聞こえない。足に力が入らない。


 やられる。そう思った。


「サンダラ!」


 アルメドが魔法を放つ。雷の玉がアルメドの手から放たれ、化け物に衝撃を与える。ロイドがその隙をついて飛びかかった。


「≪岩石割り≫!」


 甲羅ごと削り切る。

 甲羅が割れ、砕かれた。ロイドの必殺技≪岩石割り≫。甲羅ごと砕くとは大した威力だ。仲間であって正解だ。


 だめだ、みるみる視界が閉じていく。

 眠い。すごく寒くて眠い。ピチャピチャと水たまりが広がっていく。これが血の水たまりか。広がるな、止まれ。


 もう、ダメだと思った時だった。


「今助けます≪レイズ≫!」


 パアっと光が全身を覆いつくす。暖かい。一点の光がまるで太陽のようで、光が雫ごとく体内へと吸収されていく。

 傷が癒えていく。視界がはっきりと見えていく。


 身体が動けるようになっていくと、目の前に剣が刺さっているのを発見した。

 これは、先ほど、ロイドの≪岩石割り≫で背中から押し出すかのように弾かれた剣だ。


 水のような剣は砕け散ってしまい、もう修復不可能だ。

 ロイドたちを加勢するにはこの剣しか頼れない。


「ユイ、ありがとう」


 ぼくはユイの手から離れ、剣をとった。

 剣はすんなりと地面から抜け、ぼくが握ったことで、その剣に隠された必殺技を見ることができた。


 剣は教えてくれた。

 必殺技。


 ひとつの剣に必殺技はひとつまで。

 でも、一度でも習得した必殺技は剣を代えても使える。


 それは、剣と青年の語りで知りえた情報だった。


「剣よ、俺に力をくれ。」


 剣を前に突き出し、化け物の弱点を狙いつつ、必殺技を放った。


「突き出ろ≪パワーソード≫!」


 刃が伸びるかのように正面へ一直線に伸びた。正確には剣が閃光となって弾丸のように放った。剣の形をした光の弾丸は暴れまわる化け物の弱点である背中を貫いた。

 背中をぼくの方へ向けさせてくれたのはユイだった。


(≪赤き被弾≫)


 ユイの武器ルーンロットの固有必殺技。赤い玉のようなものが転移し、相手をひっくり返すほどの威力を放つ。敵がいない方向から赤い玉が発射され、亀をひっくり返したかのように宙へ回転させた。


 その隙を狙っていたわけではないが、うまい具合にユイがタイミングを合わせた結果となった。


 この瞬間を待っていたと言わんばかりにアルメドとロイドのコンボが炸裂した。


「砕け散ろ≪岩石割り≫!」

「風よ巻き起これ≪ウィンド≫!」


 二つの連携が新たな技となって呼び覚ました。


(コンボ≪ドリルスマッシャー≫!)


 風魔法がロイドの槍に宿り、その威力のまま化け物の背中を刺した瞬間、槍がドリル用に回転した。槍の先端が風のドリルとなって背中から腹へとぶち破った。


 化け物が悲鳴をあげた。

 そして地響きが鳴った。


 化け物は動かなくなった。

 滝つぼに近寄らなかったゴブリンたちがうなずける。コイツを前に切り札でもない限りは敵対したくないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る