第7話 記憶の行方

 滝つぼを潜り抜け、その先には遺跡があった。

 その遺跡は、昔来たことがある奇妙な感覚になった。


「不思議だ、来たことがある。初めて見る場所なのに…」


 不安が迫る。

 初めて来たのに妙に、懐かしく感じていたからだ。

 デジャブと似たような感じだ。


 来たこともないのに何度も来たことがある奇妙な感覚。人によっては前世の記憶、予知夢とかいろいろ言われているが確証となるものはない。


「ロイド?」


 アルメドの背後でフルフルと震えているロイドがいた。


「後ろを守らなくちゃな」


 と明らかに怖気ついているのをごまかしているようだった。

 足が震え、眉間がピクピクといっている。


「隠さなくてもいいのよ。怖いんでしょ?」


 ユイが煽るように言った後、グサリと何かにさされた音が聞こえた。


「うるさいな! だったら、前に行けばいいんでしょ! だったら後ろを守ってよね」


 ズンズンと前に進み、ぼくよりも前に出たとき、先の真っ暗闇にピッタリと固まってしまった。


「やはり怖いのね、いいわ。私の後ろについてきてね」


 にんまりと笑って見せる。

 ユイがこう笑うのは初めてかもしれない。


「怖くないね! 言ったでしょ! 俺は一匹オオカミだ! 怖くなんてない!!」


 前進しようとしたとき、足がなにかに引っかかって前のめりに倒れてしまう。


「ロイド!」


 ぼくは慌ててロイドに駆け寄り、ロイドの手を引っ張った。

 そのとき、ロイドの鎧が外れた。


 ヒューと風が通り抜けた感じがした。

 アルメドかユイの仕業だろう。

 振り返るとユイがにんまりと笑ってこらえていた。口を両手で覆い隠し、慌てて背を見せた。

 日ごろの仕返しだろうか。


「ロイド、立てるか?」


 手を指し伸ばす。

 ロイドも手を伸ばすが、あと数センチのところで手を下ろしてしまった。


「ロイド…?」


 ロイドは黙ったままだ。

 一体どうしたのだろうか。


 ぼくは再度声をかけた。

 すると、ロイドはキッと睨みつけ、「見るな! 変態」といって、タッタッタッと走って行ってしまった。


 外れた鎧をそのまま放置し、破れかけた服を両手で持つようにして逃げるようにこの場から遠ざかっていった。


 ぼくは慌てて「ロイド!」といって、後を追った。


 後ろにいたユイやアルメドも後を追う。


「日ごろの仕返しですか?」

「そう見える?」

「そう見えますね。部外者からこうは言いたくありませんが、ロイドの心中を察した方がいいですよ」

「……アイツ嫌い」


 プイっと首を振った。

 ユイはロイドに対してどこか毛嫌いしている様子。

 アルメドはそれを知ったうえで彼女に聞いていた。



 遺跡の奥へ行くと小部屋があった。

 昔、倉庫にでも使われたことがある形跡があった。


 小麦と書かれた空の袋と空になった水壺が置かれていた。

 その近くで槍を握り震えているロイドを見かけた。


「ロイド…?」


 服が破れている。先ほどの風で敗れてしまったのだろうか。

 替えの服はないが、ゴウキたちが着ていた服やマントは何着かもらってきてはいるがロイドの身体と合うサイズはなかった。


 手短にマントを広げ、ロイドに近づく。


 でもキッと鋭く睨まれる。


「…なんでついてきたの!」


「だって、放っておけないじゃないか」


「俺が女だから気にかけているのか!? 余計なお世話だ!!」


 あっ…ロイドは顔を伏せた。余計なことをしゃべったと口を籠った。


「まさか…女の子なのか?」


 てっきり…男だと思っていた。


「――俺は男だ。誰に何を言われても、俺は男だと証明しているんだ!」


 誰にも言うなよと約束をかまし、過去のことを話してくれた。

 もちろん、ぼくも誰にも言わないと約束をした。



――幼少のころから、女の子として振舞っていた。兄妹は多く、他の家族からでも疎まれるほど仲がよかった。

 暮らしは裕福な方で、冒険者でありながら銀ランクリングを身に着け、多くの仕事をこなしてきた兵隊長の父と、銅ランクリングを身に着けた兄。


 二人の稼ぎは兄妹を養っていくには十分な収益だった。


 長男、次男、長女、次女の四人兄妹。長女である俺は、「女だから嗜みは気を使え」といわれ、育てられてきた。慣れない服、飾り付けだらけの装飾、肌が傷つく化粧品の数々を付けられ、人形のように弄ばれてきた。


 同年代の友達は多い方だった。

 趣味や興味は全く合わず、最初は寄り添っていても数日後にはみんな離れていった。


 最初はその意味が理解できず、自分から変わろうとしたのだけども、みんななにかを察していた。俺に告げず、みんな黙って別れを告げていった。


 友達は多く、家族関係も良好。

 周りの評価はそんなあたりだった。


 胸のうちは家族に縛られた謎ルール、人形のように弄ばれる人生、語れるほどいない友達、兄妹は力比べされ、体の中は虚空だった。


  自身からなにか意見があれば立候補したり、意思を想定したり、相談に乗りたいと自ら名を出ても、真っ向から否定される人生だった。


 後で知ったことだが、裏で父と兄の権力によって操作されていたことを知った時、絶望だった。兄妹、家族を信じられず、人に対して偽りの仮面をかぶった道化にしか見えなくなっていった。


 学校を卒業したとき、大きな戦があった。

 遠い島国で、魔物が国に攻めてきたと。

 英雄の勲章を掲げ、家族のためだと言って突き進んでいった父は二度との背中を見せることなく帰還することはなかった。


 兄も深手を負い、父を目の前で失ったことに対して詫び続けていた。父の無念を最後に家族が看取る前で静かに息を引取った。


 次男と次女、母の四人だけ残され、残ったお金で田舎へ引っ越しした。

 農家として過ごしていたが、俺は母の命令で「武器職人になったら」といわれ、黙ってその命令に従った。


 武器職人の研修後、帰宅したのは一年後だった。

 家に帰るともぬけの殻だった。

 灯りはなく、物が散乱していた。


 何者かが入り込んだのか? 最初はそう思っていた。


 奥へ奥へ行くにつれ、赤い血痕が増えていく。

 なにが起きているのかすぐに理解できた。


 敗れた扉を超えた先にいたのは血まみれで倒れた母と次女、最後の力を振り絞って守ろうとする次男の姿があった。


 次男は俺を見るなり、「お兄さん!」と叫んだ。

 俺はすぐに持っていた槍で魔物を討った。


 泣き叫ぶ次男の傍らで、割れた鏡を見た。断片に映し出された自分の姿が兄ロイド自身とそっくりだった。


 そうか…俺は男だったんだ…――そう悟った時、俺はロイドとして生まれ変わった。


 兄のロイドの名を受け継ぎ、父の勲章を胸に、家族を養うために戦場へ赴いた。

 レックと知り合ったのはこのころだった。勇敢に戦うリトル族の噂を聞いて。


 それから四年後、アルメドと知り合った。

 彼と話しをしているうちに、少しずつ何かが変わっていくのが見えてきた。


 アルメドが開発した薬を飲んで、すべてを理解した。

 その薬は、状態異常を完治するクリア魔法を液状にした薬で、アルメドの試作品だと。


 万能薬とは程遠いが、ある程度の呪符的な状態異常を完治できると彼は言っていた。


「グイっとお飲みなさい。さすれば、すべて忘れるでしょう」

「騙したら、その兜を叩き割ってやるわ!」


 ぐいっと飲んだ。薬は透明感ある水そのもので、味はない。少し塩のような辛く苦くしょっぱい感覚があったが、気にするほどでもなかった。


 頭が割れるような感覚がした。

 痛い、痛い、頭が割れる、割れてしまう、卵の殻を叩き割ったような感じだ、岩を砕いたような感じだ、骨で守られた壁が割れ、中身が出てきそうだ。


「……」


 呆然と、鏡を見つめた。

 アルメドの実験室の中に等身大の鏡が立てかけられている。

 その鏡に自身を写した時、すべてを物語った。


「あなたは、あなた自身です」


 アルメドの助けが無かったら、思い出せなかった。知ることもできなかった。


「――私はクレア。クレア・アーウィン。長女として生まれ、母からこの名を授かった。ロイドは長男。双子の兄だ。生まれてすぐに死産した。父からはロイドと呼ばれ、母からはクレアと呼ばれていた。」


 それがすべての原因だった。


 母だけがクレアと呼び、他の家族や友人はロイドと呼んだ。


「私はクレア。 俺はロイド。 二人して同じ。同一人物。」


 クレアの記憶はアルメド以外では塞ぎ、それ以外の時間はロイドとして過ごしてきた。

 これが真実――そして、アルメドとアスタ以外に語られることはない秘密の答え。

 ――ロイドの話は以上だ。



「――最後に、俺はクレアだって、母に手紙を送ったよ。それでも、ロイド宛として送られてくるけどな」


 クックックと苦笑いを浮かべた。

 結局、女であることを隠して、ここまで来た。


 ロイドのように強く威張れるように努力してきたが、そろそろ限界のようだ。レック部隊は壊滅し、残ったのは雇わられたアルメドと後輩のユイの二人。


「アスタ、私はどうしたらいいのかな…」


 天井を見上げ、なにもなくなったロイドの眼には真っ黒だった。

 灯りは火の魔法で松明代わりに光っているだけ。


「ロイドはロイドのままでいいさ」


「…今の流れでそう呼ぶのかい?」


「そうじゃない。もし、ロイドが嫌ならクレアでもいい。どっちも拒んだりしないさ。だって、共に生き抜いた仲間だからな。」


 再度手を伸ばした。

 ロイドは間を置き、手を握りしめてくれた。


「ロイドじゃない。おれ――私はクレア。クレア・アーウィン。」


「改めてよろしく。アスタ・ヨミツキ。アスタでお願いします。クレアさん」


「”さん”はいらない。クレアで構わない。よろしく頼むぜ”相棒(アスタ)”」

 

 互いに握手を握手を交わし、誓い合った。



 後から追ってきたユイたちと合流し、目的の場所へ足を運んだ。

 先ほどまでのクレアとは違い、明るくなった。


 ユイはクレアに何回かぶつかるが、その度にアルメドの仲裁とぼくの助言、クレアの説明にユイは少しずつ仲良くなっていった。


 しばらく歩いところ、広い場所に出た。

 そこに石碑とともに女の子と思わしき人が立っていた。


「――待っていたよアス!」


 その瞬間、片割れの記憶がジクソーパズルのように形作られていく。その子と手をつないだ時、ぼくはすべてを思い出した。

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