第3話 夢のありか

 夢を見ていた。

 それは自分自身に対しての夢というよりかは僕に似た誰かの体験だった。


「アス!」


 柔らかく色白い肌をした小さな手がぼくの手をどこかへと引っ張っていく。その子は見覚えがある。幼いころから何度も見てきたあの少女だ。


「ついてきて…!」


 川を越え、森を超え、神殿のような場所に来た。

 その場所は森の中に隠されるかのように緑と一体化していた。近づかなければ周りにある木々と見分けがつかない。


 なにか不思議なものでこの神殿自体を守られているようだった。


「レイ 待ってよ」


 少年がレイの手を引っ張られたまま、神殿の奥へと連れていかれた。



****



 ハッと目が覚めた。

 木の天井板が見える。


 身体を起こすと、見知らぬ部屋にひとりでいた。


 ボーと頭に力が入らない。


 あの夢が何だったのか少しずつ思い出すかのように映像の一部を拾っていく。

 あの夢の記憶がまばらだけどもなにか大切なものがあの場所で失うという奇妙な感覚に襲われた。


 あの先、あの続きを見ていたら、きっと恐怖で叫んでいたのかもしれない。

 ぼくと似た少年アス・イースタ。彼の記憶がどういうわけかぼくに何かを伝えようとしていた。


 この夢の続きは一旦、扉の奥へしまい込み、この部屋から出ることにした。


 外に出ると建物の多くが半壊しており、魔物が数十メートル先に横たわっていた。あれは夢ではなかったようだ。


 外で作業を強いられている村人たちとユイらの姿を目撃した。


「ユイ!」


 ユイがこちらに気づき、手を振った。


「……」


 ユイの他に見かけない男女の姿もあった。

 メガネをかけた気難しそうな青年がぼくを睨みつけていた。


「アスタ どうやら完治したようだわ」


 ユイが言うに、ぼくは疲労で倒れたのだという。精神力が0に等しいほど消耗しきっていたという。装備した魔法を無理やり使ったのが原因だと。傷程度を回復する魔法だけではどうにもならないと判断し、森の中で待機していた神官様たちを呼び寄せたのだという。


「――助けてくれてありがとうございます」


 ユイらの上司、神官にお礼を言った。


「ふむ。聞けば、この魔物を倒したのは君のおかげだと…」


 エリート的な上から目線な会話だ。

 内心ムッとしたが、ユイの手前、腹を押さえて「そうです」と答えた。


「…見たこともない魔物だ。近年、見かけない魔物が後を絶たないようで、私らは各地に派遣され、魔物の生態を調べる仕事をしている。この魔物の情報を隣の村から聞き、やってきたのだが――」


 メガネをクイっと持ち上げた。


「ここまででかい魔物を三人だけで倒すとは、恐れ入った。」


 感心しているのか拍手して歓迎する。


「ユイから事情は聞いている。この村にまつわる伝承のことを調べていたそうだな」


 ユイに視線を向ける。

 ユイは黙ってうなずいた。


「アス・ユーノ。村人からお主の名前だと聞いていたが、お主はアスタと名乗っていたという。服装から行方不明になった時期から類似しない点が多い。伝承を含めて、君のことも調べたい。」


 ぼくは腕にはめられたリングを見つめた。

 ガラス玉の中でかすかに青白く光を放っている魔法石。

 ぼく自身のことを知りたい。なぜ、アス・イースタと間違えられ、あの夢が毎晩見続けるのか、いくつも疑問が浮かび上がるばかりだ。


 この神官様についていけば、きっと答えが導き出せるかもしれない。


 とはいえ、青年の話を聞いてからにしよう。


 ――村のはずに森がある。昔、街道として使われていたが、度重なる災厄に見舞われこの街道は捨てられた。街道の奥深く進むと滝がある。見事に花が咲き乱れ、旅人の心を奪われる。手入れされているわけでもないの草がひとつもない。神官様と一緒に大きな化け物に遭遇する。そして、武器の秘密と、隠された秘密を知ることになる――


 頭に手で押さえつけた結果、いい方向へ流れていることが分かった。


「ぼくのことを調べる前に二つ条件を交わしたい。」


「なんでしょうか」


「ひとつは、ぼくのことを調べると言っても身体検査や洗脳といったものは使わないでほしい」


 万が一、未来が見えるこの能力を悪用されては困るし、何よりもぼく自身を見失うのはイヤダ。


「いいでしょう」


 …いいでしょうって。見る気満々だったのかよ。


「もう一つは、ある少女のことを探しています。その子の情報を教えてもらえませんか」


「どんな子なのかい?」


 ぼくは声に出そうとしたとき、青年の声が聞こえた。―やめておけ― と。それはきつく言われたような気がした。声に出した時、巻き戻されてしまうと察した。ぼくは慌てて口を閉じ、別のことを付け替えた。


「え…えっと、フードを被った銀色の髪をした少女です。ユイと出会う前、森の中でぼくを助けてくれたのですが…それっきり…でして…」


 銀色の髪をした少女は嘘だ。途端に思いついた言い訳だった。

 でも妙だった。口走った割には、その子の記憶がはっきりと思い浮かんだ。その子のことなんて何も知らないはずなのに。


「銀色の髪をした少女…か、こっちで調べてみる」 


 顎に手を置き、うーんと考えていた。

 なにか思い当たる節がありそうな雰囲気だった。


「ところで、着いてくるか」


 ユイらに視線を送った。

 これから進む場所は魔物が多く潜む危険な森を通っていくことになる。心して挑めない奴は置いていくと、眼差しから語っていた。


「もちろん行きます! この日のために努力を積み重ねてきたのですから!」


 興奮するかのように頬を膨らませ、ガッツポーズを両手でとる。

 日々の辛い訓練のことを思い出すかのように苦い表情と裏腹に「やって見せます」と自分に勇気づけるかのように発言していた。


「ユイ、怖くなったら俺の後ろに下がれよ」

「なっ…! バッ…カ! いつまでも年下と思わないでよ!」

「どーだかなー」


 ロイドとユイにちょっかいをかけている。

 二人とは本当に仲がいいんだなと遠くから見つめていた。




 村の外れに古い街道がある。

 昔、商人たちがこの道を通って村や町などを経由していたのだが、小鬼が現れてからは自然と人が遠のいていった。


 小鬼は街道を拠点とし、この場所にやってくる愚か者は小鬼の餌食となった。


「――小鬼」


 呟いた。

 小鬼(ゴブリン)。

 知能が低いと思われ死だがそれは古い人の考えで会って、小鬼は決して人間よりも劣っているわけではない。人間のように武器や防具を生成し、装備することができる知能をもつ。


 人間の言語力を巧みに利用し、誘い入れるなど頭がキレる。

 人と同じように魔力を持ち、魔法も使える。チームで団結を組み、仲間がやられれば人間のように何倍にして返してくる。


 非常に厄介な存在だ。

 チームで現れたら確実に全滅させる。

 一体でも逃せば、こちら側が圧倒的に不利になる状況を作らされてしまう。


「! ユイ…怯えているのか?」


 隣で歩いていたユイが両手を震わせていた。

 右手で左手を押さえつけ、左手で杖を固く握っている。


「いえ、なんでもありません」

「コイツ、魔物と戦うの初めてなんだぜ」


 ユイの隣で歩いていたロイドが言った。


「魔物とは何回も戦ってきました! 昨日だってそうです!」


 負けじとからかうロイドにユイは訴えた。


「昨日つっても、俺とアスタしか倒していないじゃん。お前はサポート(うしろ)に回っていたし」


「だって、それはロイドが後ろを任せたって…」


「回復役は傷つけられたらそれっきりだからな」


 ロイドは両手を広げ、へッと顔をしていた。

 ぐぬぬぬ…と両手を振りながらロイドに反感を覚える。

 言い聞かせるようにユイはロイドに指を向けた。


「今度こそ、必ず私が倒して見せます!」


「回復役が堂々と前に出るのか? 神官様が聞いたら大変だな」


 そこまでしておけよとぼくが止めに入ろうとしたとき、後ろで歩いていたフードを顔から足元まで隠した人物が止めに入った。


「よしなさい。ロイド、からかいすぎですよ」


「チッ! わかったよ…」


「ユイ、あなたも自分の領分を理解しているはずです。堂々としていればいいのですよ。回復は貴重かつとても重要な役割を果たしているのです。前衛は戦士や騎士たちに任せておけばいいのです。あなたが倒れれば前衛で戦う者たちが困ってしまいます。あなたはやれることをやればいいんです。」


 はい…としぼむかのようにユイの興奮が氷のように溶けてしまった。


「あなたが、アスタさんですね。」


「えーと、あなたは…?」


 フードを脱ぎ、兜のような仮面をつけた男か女かわからない。仮面の奥は真っ暗闇で空洞のようにも見える。息遣いというよりも風が通り抜けているかのように臭くはない。


「我はアルメド・エメラルド。お拝見するのは珍しいでしょう。普段は家の下で静かに暮らす民族ですから」


 アルメド・エメラルド。

 容姿はローブを脱げば甲冑で身を固めた中世の騎士のような姿だった。色白くかすかに発光する防具は、ユイ曰く魔法によるものであり、魔法具と呼ばれる防具である。


「この姿は仮の姿です。我らは古く民の生まれであり、生まれながらにして体を持たない人種なのです。この身体も遥か昔、呪いのよって物質という存在自体は透明化されてしまっている。我らは長年、この呪いを解く方法を探っていました。ユイさんたちと出会い、今回の仕事に無理言って動向を願いました。呪いを解くというよりかはあなた(アスタ)に興味が引かれたのです」


「ぼくに…興味が引かれたのですか?」


「左様。神官様――レックさんからお話を伺っていないようですね。まあ、あの人は堅物ですから仕方がないのですが…」


 あの神官様はレックというのか。そういえば、一方的に名前を教えてもらっていなかったな。


「ときに、アスタくん。私はあなたがもつ魔法石に興味を抱きました。」


 これかい? と左腕に嵌めたリングを見せた。

 物珍しそうに魔法石にのぞき込む。


「これが魔法石。ふむ、見事だ。これをどこで手に入れたのですか?」


 ヘッジホッグパイという魔物からドロップしたことを伝えた。


「ふむ。魔物から…その話が事実なら、魔法石の謎はまだまだ解明するのは難しそうですね。」


 フームと魔法石をじろじろ見つめ、腕を組み考えに老け込む。

 よほど魔法石のことが気になるようだ。


「アルメド! お前の話を聞いているとどうも疲れてしまう。俺は先に行ってレックの手伝いに行ってくるわ」


「あっ、待って!」


 ユイも追いかけようとするが「お前は後方で守っていろよ!」と言われ、ぐぬぬぬと、悔しそうに睨みつけていた。


「ユイ、あなたにも質問があるのですが、答えてもらってもいいですか?」


「なにさ」


 髪を結びなおしながらアルメドに文句をつけるかのように悪態をとる。


「ユイ、『ケアル』以外の魔法を覚えたくはないですか?」


「え…」


 ケアル。

 某ゲームでは序盤から終盤まで大活躍する回復魔法。

 アルメドがユイにケアル以外の魔法を教えるというのか、魔法石以外に習得する方法があるのか。これは、アルメドと一緒にいた方がいいのかもしれない。


「――ついたぞ」


 森を抜けた。

 小鬼に出食わずあっさりと街道に出た。


 透き通った川が流れ、優雅に波を立て光がギラギラと反射している。人の手入れを失った道はすっかりと草に覆われ、煉瓦でつくられた壁はいたるところにヒビが入り、崩れてしまっていた。


「見て、水辺がきれいだ」


 呑気にユイが水辺を覗き込む。

 川の水は浅い、人が入ったところで膝程度だ。


「ピクニックじゃないんだぞ」


 ロイドが大きなため息を吐いた。


「魔物が根城にしているのに水がきれいな場所は少ないですからね」


 髭を生やした男がユイの肩を借り、剣を抜いた。

 え…剣をギラギラと太陽の光を浴びながらユイの足元へ振り下ろした。


 グシャリ! と赤い血しぶきがユイの服を付着させた。

 力なく水辺へ尻餅する。


 ユイの足元から襲うと静かに迫ってきていた敵に髭を生やした男は一目に気づいた行動だった。


「やるぅー」


 ロイドが口笛を吹いた。


「敵がどこに隠れているのかわかりません。ユイ、あなたも用心してください。ここは敵地なのだと自覚してください」


 男に引っ張られ、起こされた。

 せっかくの衣装がビシャビシャだ。尻餅ついたために尻がくっきりと服の概念を無くしてしまっている。


「ひえぇー…ビショビショだー」


「バカやっているからだ。」


「ロイド! 敵がいるのなら、先に行ってよ!」


 怒りの矛先をロイドに投げかけた。


「気づいてるのかと思ったよ」


 ぐっ…。


「まあ、命は大切だな。」


 ユイを突き飛ばすかのようにレックの後を追った。

 髭を生やした男もまたロイドの後を追う。


 川から引きずり出されたユイは半べそかいていた。


「ひどいよ…」


 ぼくは手を差し伸べた。


「ユイ、大丈夫だったか」


「優しいんだね」


 そう言ってぼくの手を取ってくれた。


「二手に分かれてしまいましたな。」


 アルメドがロイドたちがすっかりと姿を見失ってしまったことに驚きも後を追うこともなくぼくらに告げた。


「こうなることはわかっていた。ユイ、あなたはみんなの足手まといになっているのかもしれません。」


「なっ…!」


 さっき言っていたことと逆のことを言っていませんかという顔をしている。


「――ですが、この方法で亀裂を作るのは我は好きになりません。さぁ、我らは別の道から行きましょう。それに、ユイとアスタくん。我がお二人に魔法を授けます。決してリングにも魔法石にも頼らない秘策の方法ですよ」


 胸を右手に左手でぼくらを差し伸べる。

 アルメドが言う魔法石を使わず魔法を覚える方法。


 それが事実のなら、ぼくたちはまた一段階強くなる。


『強くなって取り戻すんだ!』


 一瞬だが、誰かの声が頭の中に響いた。

 その声はぼくよりも若く、懐かしい声。夢の中で聞いたことがある声だった。

 その声の主はぼくにやってほしいことがある。そう語っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る