第2話 その力は巻き戻す

 突然瓦礫の上にいると思いきや、二歩前に着地する小柄の人物。ユイは彼のことをロイドと名指していた。


「ユイ、上官がちっとも帰ってこないから迎えに行けと言われてきてみれば、大変な目に合っているな」


 ロイドがクイっと敵の方へ視線を寄せた。

 大きな化け物――魔物が突然人から姿を変えて現れた。魔物が人に化けているとは思いもしない。


 ロイドが駆け付けるまで逃げの一票を挙げていたであろう。敵まで届かない大きさと距離を相手に武器ひとつでは敵わない。


 なによりも戦い方は先ほどのヘッジホッグパイでしかない。

 実戦経験はまだ浅いうえ、必殺技もあと何回使えるのかもわかっていなかった。


「見かけないな。…どこから来た?」


 ぼくに向けて言っている。

 緊迫とした空気が流れている。ロイドがぼくのことを見て、何者かを伺っている。もし、返答次第では殺されてしまうかもしれない。


 唾を飲み込み、一言。


「ぼくは敵じゃない」


 信じられないかもしれないが、ぼくはジッと嘘をついていないとロイドの目に訴えた。

 ロイドは槍を下ろし、ぼくに言った。


「…本当なのか?」


「ええ、そうよ!」


 ユイは胸に手を置き、ロイドに訴えた。

 こいつは敵じゃない。ましてや味方だと言わんばかりに鋭くにらんだ。


「…真実のようだ。それで、あれはなんだ」


 親指を魔物に向けて指している。

 村人を襲い、村を破壊尽くすかのように暴れまわっている。


「敵だ。しかも、人に化けていた。おそらく瘴気の影響だと思う」


 瘴気…?


「もうここまで広がっていたのか…」


 なにか事情を知っている節だ。

 二人はなにかを隠している。


「俺が引き受ける。その間、村のみんなの手当を頼む」


「待って…!」


 ぼくは手を挙げた。

 ユイが村のみんなの手当をするのなら、ぼくはせめて二人の手伝いをしたい。


「ぼくも手伝わせてくれ!」


「君が…? 名前は何て言うんだ」


「アスタ。村の人からだとアス・ユーノて呼ばれていた。」


 ロイドは刃がない部分を肩に乗せ、口元に手を当て考えた。

 アス・ユーノ。少し前に行方不明になったと聞いていた。その子の捜索も含めてこの場所に行くよう言われていたが、当の本人なのかはいまここで確認することはできない。


 もし、本物なら、魔法や必殺技などの類は使えるはずだ。


「アスタ。俺が頭部をやる。お前は胸を狙え。ユイ、気が変わった。俺らをサポートしろ」


 そういうなり槍を構え、一直線に魔物の頭部に向かって突っ込んだ。

 ぼくは、言われたとおり、武器を構える。


 ふと、頭の中で過った。


――巨大な魔物はこっちを見ていた。見ていない不利をして誘っていた。そうともしらないロイドは魔物の頭部に向かって突っ込んだ。魔物の頭痛が予想外にも固くロイドは弾かれ、地面へ落下。そこに魔物の平手打ちを押しつぶされた。ロイドは声を上げることなく息絶える…――


 ハッと大声を上げた。


「ダメだ! 戻ってぇ!」


 ロイドには聞こえていないようだ。

 まっすぐに飛び、大きくジャンプをした。


 魔物はロイドに気づいていない様子。

 でも、それはいけない。確実に魔物は気づいている。

 このままだと、ロイドは死んでしまう。


「一か八かだ! 斬水(ざんすい)!」


 剣を横に大きく振った。水の刃が一直線に魔物へと発射された。


「もらった!」


 ロイドが勢いよく魔物の頭部に向けて槍を振り下ろした。


「!?」


 なにが起きたのかわからなかった。

 身体に力が入らない。それどころか自分が地面へ落ちていく感覚すらつかめない。


 遅かった。

 ロイドに魔物が頭痛をお見舞いした。

 ロイドは脳震盪(のうしんとう)を起こし、地面か空かはっきりとつかめなくなった。地面へ落ちたとき、止めの一撃が振り下ろす。


「ロイドオオオ!!」


 平手打ちが追い打ちをかけたとき、斬水がちょうど魔物の足に届いた。

 魔物は足に何か違和感がある程度しか感じていなかった。


 振り下ろされた一撃は回避不可能だ。


 ブチ。


 嫌な音が周囲をこだまかしたかのように聞こえた。


「え…? うそ…だよね…? ろいど…ロイドオオオ!!!」


 ユイが一部始終を見ていた。ロイドが潰される瞬間を。

 ユイが大きくロイドの名を叫んだ。


 そこへもう一度青年の声が流れた。


――覆すことができなかった。ロイドは死に、そして全滅の危機が降りかかる。”コンティニューしますか?”――


 謎の選択肢が脳裏に浮かんだ。

 ”コンティニュー” そう文字が浮かび上がっていた。


「こんてぃにゅう」


 力なくその言葉を口にした。

 すると、周りが逆再生如く巻き戻っていく。


 時間の流れがすべてなかったかのように戻っていった。




『――待たせたな! ユイ』


 崩れ行く建物の上から飛び上がるかのように華麗に参上した男性。


『ロイド!』


 赤髪に白い帯を首に巻き、風でヒラヒラと二つの帯が舞う。背丈はユイよりも半分低い。小柄なサイズだ。槍をクルクルと回し、地面に向けて刃を向ける。


『オーガに近いな…まぁ、俺が来たからには一瞬だ』


 槍の先端を魔物に向け、華麗にどや顔で決める。

 

 ――!? 時間が巻き戻った。

 このセリフはロイドが初登場したとき。


 これは、巻き戻る能力なのか? 誤った選択をしたことによって、謎の青年が巻き戻してくれた…。そんなバカなことはない。

 でも現に、魔物は元の位置に戻っている。壊れていたはずの建物が何件か戻っていた。


「これって…」


『見かけないな。…どこから来た?』


 ぼくに向けて言っている。

 緊迫とした空気が流れている。ロイドがぼくのことを見て、何者かを伺っている。もし、返答次第では殺されてしまうかもしれない。


 唾を飲み込み、一言。


「ぼくは敵じゃない。それに、アスタだ。」


 敵じゃないと睨むと同時に簡単な自己紹介をした。


「ユイを助け、この村に流れ着いた。ぼくがアスタだと名乗ったら村のひとりが急に魔物に姿を変えて襲ってきた」


「ロイドだ。…アスタ。もしその話が本当なら、君はラッキーだったのかもしれない」


 言葉を変えたことによって選択肢が変わった。

 物語の流れも変わったはず。

 もう一度、青年の声を聴く。


――魔物はとてつもなく硬く、武器が通じないほど物理耐性があった。そいつに勝つには魔法しか有効手段がない。ユイの言葉から、魔法を使える術を探る。助けた村のひとりが、この村で唯一お宝と称する『リング』の存在を仄めかした――


 先ほどの戦いで、記憶が更新されている。

 武器が通じなかったのは物理耐性があったため…。魔物は魔法耐性がない。魔法で攻撃すれば倒せると。


「ロイド! 君は魔法が使えるのか?」


 ダメもとで聞いてみた。


「無理だ。俺が覚えたのは必殺技ぐらいだ。」


 やっぱりか。

 先ほどの突っ込みからして魔法を使えないのではないかと思った。もし魔法を使えていたら先制的に攻撃したり、強化魔法で攻撃力などを高めていたりしていたはずだ。


 それをやっていないということは魔法の術を持っていなかったということ。


「なぜ、そんなことを聞く?」


「ぼくは、奴の弱点を知っている」


 先ほどの青年の言葉通りなら、この村には『リング』が眠っている。リングがあのリングであるのなら、勝利は確定している。


「だ、だれかー…たすけて…」


 村人が倒れるかのようにユイの前に膝をついた。

 村人は足にけがを負っていた。


「いま回復しますから」


 ユイが慌ててその村人を治療し始めた。

 ぼくは、その村人に尋ねた。


「この村に魔法を使える人はいませんか? それも攻撃的な魔法使いがいれば…」


 村人はぼくに視線を向けた。頭を左右に振り、いないことを伝えた。

 ダメかと肩を落とした。


「…ひとつだけある。実家に『家宝』がある。それを使えば…もしかしたら…」


 村人を回復させたあと、案内してもらった。

 ロイドとユイを引っ張り、あの魔物に近寄らせないように距離をとった。


 二人とも魔物に近寄せてはダメだ。

 恐ろしいことになる。せっかく運命を変えたんだ。ここでオジャンになってしまってはたまったものではないからだ。


「こっちです」


 村人に案内され、家の中へお邪魔した。

 宝箱がひとつだけ奥の間に置かれていた。


 宝箱を開けると、腕にはめることができる装備品『リング』が入っていた。


 ――『リング』を手に入れた。これさえあれば、魔物を倒せると信じていた。だが…これだけでは使えない。魔法のもと魔法石がなければ、このリングはガラクタ同然だった――


 このリングだけでは魔法が使えない!?


「ねえ、魔法石を持っている人はいないの!?」


 村人はそんな人はおらんと頭を左右に振った。


「…わたしなら持っています。」


 ユイの手の中に魔法石が握られていた。

 青色に輝く丸い石。氷のように凍てつく結晶が石の中でクルクルと回っている。どうやって回っているのかは謎だが、石そのものがガラスでできているようで、中は深淵の闇そのもののようで光でさえも入ってこず、上からのぞいて手のひらが見えないほど黒だった。


「川で助けてくれた時に拾いました。あの魔物が落したものだと思います」


 ヘッジホッグパイの土産物(ドロップ)だ。

 いつの間にそんなものがあったのか。


「ありがとう」


 ユイから魔法石を受け取り、リングに嵌めた。

 ポォウと青い光。


 リングに生命が宿った。蘇えった。


「これで魔法が使える」


 建物から外を出て、ぼくらを探している魔物に向けて魔法を放った。


「ブリザド!」


 パキパキと何もないところから氷が広がっていく。魔物の足元から徐々に広がり、頭部に群がるかのように一面氷の像が完成した。


 そこに、ロイドとぼくの一撃は貫いた。


「断ち切れ”岩石割り”!」

「”斬水”」


 互いの必殺技が敵の弱点目掛けて飛んだ。

 頭部を砕き、胸の部分を真っ二つにした。


 魔物が声を出す暇なく倒れた。


「やったなー」


 と安どとともにぼくらはその場に倒れた。

 全身の力が急に流れ出してしまったかのように、ぼくは酷い眠りに襲われ、気絶するかのように目を瞑った。

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