SFC-失われた記憶の羽-

にぃつな

天使の行方

第1話 助太刀

 幼い日々、一緒に遊んだ仲がいい友達がいた。

 その子の名前や容姿は薄覚えで思い浮かぶのはいつも手を引っ張って走っていたことだけ。


 思い出そうと強く念じると、嫌なものと思い出したくない記憶が同時によみがえった。


『天使の翼のように大きく広げ、羽ばたこうとした矢先、羽は無残に散っていった』


 その子が崩れていくのをただ見届け、何もできずに殺される。

 いつもそこで記憶が途絶えてしまう。


 大人になるにつれ、記憶は少しずつ明確になっていく。

 現実の記憶よりも夢での記憶が大きく広がっていくのを感じていた。


 あの子に会いたい。

 なんで殺されたのか。

 なんで羽が散っていったのか。


 その疑問が溢れんばかりに頭のなかがいっぱいになる。

 いつしか、こう思うようになった。


「――あの子に会いたい。」


 その願いは叶えられた。




 小鳥の鳴き声が耳の近くから聞こえた。

 ゆっくりと目を開くとそこは朝日が照らす森の中にいた。


 木の葉や木々が生い茂り、まぶしいはずの光をさえぎって、程よい光の温かみが注ぎ。身体全身に光を浴びると、みるみる身体が元気を取り戻すかのように起き上がった。


「よっこらせっと」


 体を起こし、立ち上がった。

 身体中になぜだか傷だらけで獣かなにかに襲われた痕跡が残されていた。


「うわっ~なんだよこれっ!」


 服がボロボロ、全身は傷だらけ。肝心な下半身がさらけ出されていた。

 周囲を見渡し、人がいないことを確認し、近くに落ちていた下着を拾い、せっせと下半身を隠す。


 もう一度周りを見渡す。


「…よかったーだれもいないや」


 ホッと束の間、ここはどこなのかと周囲をもう一度見渡した。

 森のなかということはわかる。でも、ここがどこなのかはっきりと分かったわけではない。


 日本のどこかの山か。それとも外国の山か。

 なにがあってここに連れてこられたのかもわからなかった。


 所持品を確認するが、あるのは服だけで財布や携帯は無くなってしまっていた。


「クソー最悪、現地の人に事情を説明して送ってもらうか…。日本語わかるといいが…」


 突っ立ていても仕方がない。

 ぼくはとりあえず森の出口に向かって歩き出していた。


 しばらくすると川に出た。


「よかった。この川を下っていけば町があるはずだ」


 川のそばに町は大抵ある。

 どこかのサバイバル漫画を見て覚えていた。


 人がいる街を求めて歩いていた。

 ジャリジャリと砂利が足元から伝わってくる。砂利の上を歩いたのは小学生以来だろうか、持病の関係でほとんど外出することは少なく、そもそもアスファルトの上を歩く機会の方が多かった。


 砂利を歩く。そんな感覚が懐かしいと感じていた。


「グヘヘヘヘ!」


 どこからか低い男の声が聞こえてきた。

 ガサガサと茂みから飛び出してくるかのように女の子と一緒に丸まった奇妙な器物が出て来た。


「た、たすけてください!!」


 しがみつくかのようにぼくの手を引っ張った。

 帽子をかぶり、杖を片手に握る神官のような恰好をした女の子だ。身長は中学生ぐらいだろう。青色の髪に透き通ったような青い瞳をしている。


「グヘヘヘヘ!」


 女の子を襲うかのように後から追ってきた奇妙な怪物。

 丸まったボディ、燃えるような赤い肌、赤く光らせる瞳、鋭い三本の爪、背中はハリネズミを思い出すかのような無数の針が生えている。あれで刺されば一瞬で終わるぐらいだ。


「あ、あの…ッ」


 ぼくは固まっていた。見たこともない化け物を前にぼくはどうしたらいいのかわからず体が震えてしまっていた。


「グガガガガ!!」


 化け物が奇声を上げる。

 女の子は「ひぃっ!」と悲鳴をあげた。化け物は獲物が二つに増えたことに喜んでいるのか、丸まっていたボディをさらに丸ませ、突進するかのように足を縮ませた。


 ぼくの中になにかが語り掛けている。

 夢で見た記憶がいま目の前で映像となって映し出されている。


――かつて、森の中で化け物に襲われた。無数の針が背中から生えた化け物だった。持ってきていた武器を途中で落としてしまっていた。目についた木の棒を握りしめ、化け物に向かって棒を振る下ろしたが、返り討ちにされた――


 この記憶は、森で倒れ、身体中にケガがあった原因だ。

 映像のように過去の記憶を呼び覚ますかのように映写機を回している謎の青年がいる。青年はぼくに呼びかけるかのように映写機に手を動かす。


――村は川のそばにある。川を下っていけば村にたどり着ける。そう思って歩いていた。途中で化け物に遭遇。それと同時に助けを求める女の子と出会った。彼女の名はユゲル・イースタ(ユイ)。近くの町の神官の手伝いをしていた白魔導士だった。ユイは「神官様に頼まれて薬草を積みに来ていた」と話していた。ユイは薬草を積み終え、帰ろうとした矢先化け物に遭遇した。――


 この記憶は、誰の記憶なのか。

 それよりも、この子の名前はユゲル・イースタ。ユイと呼ばれている。


――化け物から逃れようと森のなかを走り抜けるが、森の道を誰よりも知る化け物からは逃れることはできなかった。誰かがいることを信じて走り、向かった先にいたのは広々とした川、そして変わった服装をした少年がいた。――


 一部始終が頭の中に流れ込んできた。

 ユイがなぜ森の中にいたとぼくが傷だらけになっていた原因。それが、今目の前で奇声を上げている化け物だっていうのか。


 もし、そうなら。

 傷だらけにした恨みを晴らすべき相手だ。


 でも、木の棒でも歯が立たなかった。ましてや武器なんて持っていない。ぼくにこの化け物から逃げる術はあるのだろうか。


――記憶を失った少年は偶然にも剣を手に入れた――


 青年が語ると同時に、川の中へ足が引きずり込まれた。川が生を受けたかのようにぼくの足を掴んで、引きずりこんだような気がした。


 川の中に沈む一本の剣がある。

 川の流れを抵抗するかのように石と石の間にしっかりと固定されている。


(青年が語った通りに剣がある)


 不思議と水のなかなのに息が苦しく感じない。それどころか泳げなかったはずなのに、まるで魚のようにスイスイと泳げる。

 剣の近くまで移動し、石をどかし剣を拾った。


――少年は剣を手にし、陸地へ戻った。ユイを襲う醜い化け物ヘッジホッグパイ。火のだるまとも言われた化け物を一振りで真っ二つにした。――


 青年が語るように陸地へ戻った。

 水の抵抗が一切感じない。まるで空を浮いているような感覚だった。


「かはぁ…や、やめへぇ、くひゃい…」


 女の子の服を脱がし、鋭利な背中のトゲで突き刺そうとしていた。殺される寸前だった。


「や、やめろオオオオ!!」


 ぼくは大きな声を出した。

 握られている剣を見て、態勢をこっちに向けた。


「ガアアア!!」


 化け物の叫び声がぼくの足を萎縮させた。

 足が震える。この化け物に恐れてしまっている。


 でも、逃げることもこのまま黙って殺されることはしない。

 青年が語ったんだ。もし、運命がそうするのであれば、ぼくはここで負けることはないはずだ。


 ヘッジホッグパイが身を構え突進した。

 身体を一回転させ、背中から突き出すようにして突撃した。交わせばいい。そう思った。足に無理にでも命令を聞かせるようにして横に移動する。不思議と軽くなったような感じがした。


 水だ。先ほどまで足がすくんでいたと感じていたのは水が足を掴んでいたからだ。青年が語るかのように水も語るかのようにぼくの行動を制限していた。


――少年は武器に込められた必殺技『斬水(ざんすい)』を覚えた――


 ヘッジホッグパイが突進するタイミングを狙って剣を横に振った。刃が水をしたる。まるで剣そのものが水のようだった。


「斬水!!」


 必殺技ごとく名を吐き、膝を砂利に着地させ、左に真っすぐ剣を伸ばしていた。侍の如く剣を鞘に戻し、ゆっくりと振り返った。


 ヘッジホッグパイは一瞬で何が起きたのか理解せず、自身が二つの視界を手に入れたことと半分に歪んだような風景が見えたことで自分に何が起きたのか気づいた。


 川の中へドブンっと突っ込み、手足をバタつかせるが真っ二つにされた体からはどうあがいても水の流れを抵抗し、陸地へ戻る力はなかった。


 川を見つめ、化け物が溺れたのか流されたのかを見届け、ユイに近づいた。


「大丈夫だったかい? けがはない?」


 ユイはぼくをじっと見つめていた。

 化け物を相手に剣で真っ二つにした。見知らぬ人に助けを求め、なおかつ冒険者でもない彼に助けを求めてしまったことを恥じていた。


「だっ、だいじょうぶですっ!!」


 パッパッと服に着いた砂を落としてぼくに睨みつけた。

 頬は赤くなっているがどこか遠くを見るかのようにぼくの視線を合わせなかった。


「助けてくれてありがとう…」


 ユイはそういった。

 確かにそう聞こえた。小さく風がかき消してしまったユイのお礼にぼくはホッと胸をなでおろしていた。


「…そんなにジロジロ見ないでくれる」


 ユイは水しぶきで肌に引っ付くほど透き通っていた。服も所々破れており、ぼくは慌てて上着をユイに着せた。


「返さないから」


 そう言って、ぼくの上着をガッチリと手でつかんだ。




 川を下り、街に着いた。街というよりも村だ。

 いくつかの家々があるが、どれも留守で人がいたのは数件程度だった。


「アスタです」

「ユゲル・イースタです。白魔導士をしています」


 ユイがそう言うと、「おおー!」と後ろから歓声が広がった。

 村中集まるかのように人が集まる広場にいる。子供から老人まで年齢は様々だ。


「白魔導士様、どうか、私たちを助けてください」


 村人に助けを求められ、ユイは「なにがあったのですか?」と尋ねると村の人たちは口をそろえていった。


「村の外れに塔があります。あの塔から流れる風が私たちの命を縮めているのです。ですが、私たちでは非力で近寄れないのです。あなたたちにしか頼めません。あの不気味な森から来たのですから…」


 不気味な森…ぼくが倒れていた森を指して教えてくれた。


「あの森は魔物だらけなのです。辺境な村では冒険者が訪れることはほとんどございません。」


 そこまで苦しい生活を強いられているのか。

 村の人の数と建物の数が合わない。ほとんどが空き家なのだろう。


「…それはできません」


 ユイが断った。


「ど、どうしてですか…」


 村人は懇願するかのようにユイの手を強く握った。


「私はあくまで白魔導士です。攻撃を持たない私がいても何もすることができません」


「そこのお方は…」


 ぼくを指した。


「この方はすっぴんです。なんの職業も持たないどこかの村人でした。残念ながら非力なのはあなたたちだけではありません」


 ユイは突っぱねた。

 すっぴん。現実世界で言うとニートだ。なんの職業も持たない仕事しないカネなしのクズの称号だ。


「あああ…どうすれば…」


 村人たちが嘆くなか、再び青年の声がした。


――村人は絶望の淵へと叩き落された。十五人の犠牲の上で現れた希望が打ち破れたのだ。村人たちは武器をもち、この二人を贄として差し出せば、塔の住人はきっと心を変えてくれる。そう思うように一人一人と武器を握っていった…――


 ぼくはハッとした。

 ガヤガヤとする村人の中から殺気を向ける何者かの気配が突き刺さってきた。


 いる。青年の言うとおりにぼくらを生贄として使おうとする輩がいることに。ぼくは、そのようになるまいと青年の語りを覆した。


「待ってください!」


 ぼくは手を挙げていた。

 ユイが立ち去ろうとする最中だった。


「ぼくたちが行きます」


「おまっ…! なに言って――」


「ユイ! 黙っていて」


「なっ!? なに省略してん――」


 ユイを押しのけ、前に出る。


「その願いを引き受けます。その代り、その塔がなんなのかと女の子のことについて教えてください」


 お…女の子? ザワつく村の中で一人の女性が手を挙げた。


「もしかして…レイのことを?」


「…名前は知りませんが。ただ、言えるのは天使のように翼を生えた、でも何かがあって散ってしまった。ぼくはその子に会いたい。会えば失ってしまった記憶が戻ると思って――」


 その女性がハッとして名前がこぼれ出た。


「あなた…もしかして…アス・ユーノくん?」


 その言葉が聞いたとき、頭の中で青年が語った。



――記憶の狭間で、塵積もった記憶の山。その中に天使のように翼を生え、空へ昇っていった幼い日々の記憶があった。少年は天使となって消えゆく彼女に手を握ろうとした。しかし、それを邪魔する奴がいた。少年は崖から突き落とされ、深い森の中へ消えていった。天使のような少女は何者かに連れられて行った。――


 そうか思い出した。

 すべて思い出した。


「あなたがぼくを殺そうとしたのですね」


 女性に指を向けた。

 女性は唾を飲み込み、震えていた。


「あのとき、殺しておけばよかった…まさか、こんな形で戻ってくるなんて思いもしなかった…」


 淡々と白状する。

 女性がなぜぼくを殺そうとしたのはわからない。


 でも一つだけ言える。

 天使レイを連れ去り、なにかの目的のために邪魔になったぼくを殴り捨てたことを。


「まさか…アスなのか?」

「アスって…死んだんじゃ…」

「おい、どういうことだよ…!」


 村人が困惑している。

 アスが死んでいることを女性から伝えられていた。アスの両親は女性から「風の塔の住人によって殺された」と嘘情報を流していたことになる。


「どういうことなのよ!!」


 ユイが叫んだのがトドメだった。


「チッ…せっかくの計画がオジャンになってしまった」


 女性が指を鳴らした。


 するとそれが合図かのように女性の腹部がみるみる風船のように膨らみ、服を破り捨て、姿を変えていった。


 その者は化け物であった。人に化け、人を騙し、制する存在。

 その者はユイたちが討伐を目的していた人物であることをユイが小さく囁いていた。


「アス・ユーノォオォオ!! お前がこなければこの村は私の支配下になるはずだったあああ!! だが、所詮はすっぴんと白魔導士風情。攻撃手段を持たない人間など恐怖もないわ!!」


 建物を破壊し建物二つ分ほどの化け物へと姿を露見した。


――二階建ての建物の大きさな小太りの魔物。そいつから繰り出す手のひらのビンタ、突進、押しつぶし。どれも脅威となる相手だ。そいつに勝てる自信は微塵もなかった。だが、ユイが同等と村人たちを守り、アスが前線で戦う姿勢に一人の男が加勢に入った。その名は――


「――待たせたな! ユイ」


 崩れ行く建物の上から飛び上がるかのように華麗に参上した男性。


「ロイド!」


 赤髪に白い帯を首に巻き、風でヒラヒラと二つの帯が舞う。背丈はユイよりも半分低い。小柄なサイズだ。槍をクルクルと回し、地面に向けて刃を向ける。


「オーガに近いな…まぁ、俺が来たからには一瞬だ」


 槍の先端を魔物に向け、華麗にどや顔で決める。

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