第7話 出会ってしまった二人➂
潜り酒場を裏経営する婦人服屋の通りから一本南に奥まった人気の少ない通りの角地――、潰れた酒場の前に若者たちの車は停めてあった。車種は四座席のデューゼンバーグ。光沢を放つ鮮やかな黄色の塗装は日没後の薄闇の中でも一際目立っている。
『国内で一番大きく、高速で、高価で、品質が良い』と謳われる高級車を前に気後れするあたしとは対照的に、サンディは空色の大きな瞳をきらきらと輝かせてはすぐにでも車に乗り込みたいと、うずうずしている。
「さぁ、乗って」
黒髪の青年が運転席に乗り込むとサンディは待ってましたとばかりに早速助手席へ。あたしは赤茶髪の青年が後部座席の扉を開けるのを見計らい、ぎこちない動きで後部座席に乗り込む。黒髪の青年が振り返って全員が乗車したのを確認し、エンジンをかける。
繁華街から車を走らせること約三十分、ダグラスの主要駅ぺイプに辿り着く。
汽車はまだ動いている時間帯なので、駅であたし達を降ろして彼らとお別れか――、と思いきや、何と車は駅をそのまま通過、今度は線路の沿線に沿って北上していったのだ。
ダグラス北部は街の中心地とは違い、延々と牧場や小麦畑が広がっているだけのショーシャーナと大差ない僻地。酔っ払いが無軌道に車を走らせるのはいいが、果たして帰り道の算段はついているのか。それとも、他に何か目的が――、例えば、強盗や強姦、もしくはその両方か。
再び、ロイに拉致され、山中に置き去りにされた時の事を思い出してしまう。途端に、あたしは気もそぞろになり、隣で赤茶髪の青年と交わす会話の内容をほとんど聞き流していた。
「あっ、そうだ。これを君達に渡しておこう」
突然、赤茶髪の青年がジャケットの内ポケットから高級そうな皮財布を取り出した。青年が財布の中から出したもの――、二枚の小さな長方形の白い紙、名刺をあたしとサンディそれぞれに手渡してきた。
名刺には、安価な値段の割に優れた品質で有名な、若い娘達に人気の高い化粧品会社の名前と、広報担当『アレックス・コバーン』と記されている。
赤茶髪の青年、もといアレックスは、あたしとサンディを交互に視線を送りながら話を進める。
「実は今、僕が働く会社で開発した新商品を宣伝してくれる女性を探している最中でね。良かったら、是非とも君達二人にお願いしたいと思ったんだ。仕事は至って簡単。新商品のアイシャドウや頬紅、口紅で化粧を施し、宣伝ポスターの被写体になってくれればいいだけさ」
「えぇっ?!」
あたし達は吃驚して、素っ頓狂な悲鳴を盛大に上げた。
あたしは戸惑い、サンディは興奮、と、悲鳴に混じっている感情は全くの別物だったけど。
「あの、サンディはともかく……。あたしはこの子と違って若くないし……、あたしは無理よ……」
「フランってば、何言ってるのよ?!」
三か月前と比べて見違える程垢抜けたけど、化粧品の宣伝ガール(ガールなんて言える歳じゃないけど)を務められる程あたしはきれいじゃない。折角だけど……、と、あたしはアレックスに名刺を突き返そうとした。
「いや、君は自分が思っているよりもずっと魅力的な女性だよ。君には二十代後半以降の大人の女性向けの化粧品を担当して欲しいと考えている」
「…………」
あたしは??と、助手席から身を乗り出す勢いのサンディには、「君は一〇代後半から二十代前半の女性向けかな」と、アレックスはにこやかに説明する。
「返事は今すぐじゃなくても構わない。名刺に電話番号が記載されているだろう??もしもやる気になってくれたなら、平日の朝九時過ぎから夜七時頃までにこの番号に掛けてくれれば、僕が働く事務所に直接繋がるから」
「…………」
あたしは名刺の端を固く握りしめ、文面にじっと目を落としていた。
「おいおい、こんな時にまで仕事の話かよ。あと、サンディちゃん。ちゃんと前向いて席に座らないと危ないよ」
黒髪の青年がアレックスとサンディに苦笑しつつ、サンディに座り直すようそれとなく促す。はーい、と返事をして、言われた通り、サンディはすぐに席に座り直した。アレックスがあたし達に話を進める間にも、車はしんと静まり返った田園地帯の狭い田舎道を通り抜けていく。
「あ!ねぇ、あれを見て!!」
前を向いていろと注意されたばかりなのに、サンディはあたしとアレックスを振り返って前方を指差してみせる。サンディが指で指し示した先には轟轟と燃え盛る炎が見えた。
大きな焚火を囲んでダンスを楽しむ男女、焚火から少し離れた場所にはギターやバンジョーを軽快にかき鳴らす三人の青年。ダンスには参加せず、賑やかな音楽を聴きながらダンスを踊る人々を眺める者達――、どうやら小さなキャンプ場みたい。
「ねぇねぇ、あそこに立ち寄ってみようよ??いいでしょ??」
サンディは、黒髪の青年の肩を繰り返し叩いては可愛く強請ってみせる。
同性のあたしですら、サンディのお強請りを断るなんて至難の業。若い男なら尚更難しいだろう。
「そうだなぁ……、折角だし、ちょっと寄ってみようか。アレックス達も別に良いよね??」
「あぁ、僕は構わない。フランシスさんは??」
「あたしも構わないわ」
サンディの提案は全員に受け入れられ、黒髪の青年は会場の方角へ向かう。程なくして、あたし達は会場に到着。会場のすぐ脇へ車を停めると、キャンプ場の入り口をくぐった。
サンディは、小さな身体をぴょんぴょんと飛び跳ねさせてダンスの輪の中へ一目散に駆けていく。小栗鼠を思わせる愛らしい乱入者にダンスを踊る人々は一瞬驚いていたけど、すぐに笑顔で彼女を迎え入れてくれた。
赤々と揺れる炎の影がサンディの柔らかな金髪に映り、一層輝きを増していく。
誰よりも眩しい笑顔で軽やかに踊る姿はまるで炎の妖精のよう。
あたしと二人の青年はダンスには参加せず、流れてくる賑やかなカントリー音楽を聴きながら、踊るサンディに魅入られていた。
他の人々もあたし達同様、サンディに見惚れる者、「あの娘は誰??」と周囲に尋ねている者――、反応は様々だけど、共通するのは彼女に対して皆好意的な温かい目で見ていることだった。
長い間、飽きるまでひとしきりダンスを踊ると、サンディはようやくあたし達の元に戻ってきた。
「あぁ!踊るのに夢中になってたら疲れちゃった!もう、へとへと!フランもジミーもアレックスも踊ってこれば良かったのに」
キャンプ場を仕切る老朽化した木の柵に凭れているあたし達を、サンディは腰に手を当てて呆れた顔で見上げてくる。
サンディの身長は百五十㎝足らずだから威圧的な仕草を取ってもちっとも怖くない。むしろ笑いを誘われてしまうため、あたし達三人は思わず噴き出してしまった。
「ちょっと!何で皆して笑うのよ、ひどいわ!!」
案の定、サンディは頬をぷくっと膨らませ、ふん!とそっぽを向いてしまった――、かと思いきや、サンディはすぐにハッとしたように空色の瞳を大きく瞠り――、張りつめた表情である一点のみをじっと見つめていた。
「どうしたの、サンディ??」
サンディのただならぬ様子。不審に思ったあたしはサンディの顔を覗き込む。反応は返ってこない。
あたしは言いようのない大きな不安に襲われ、サンディの視線の先をさりげなく目線で辿ってみる。
三メートル程離れた場所、あたし達と同じく音楽に聴き入り、炎の前で踊る人々を眺める者達の群れの中。一人の青年が呆けた顔でサンディをじっと見つめていた。
その男の姿を確認すると共に心臓が早鐘を打ち始める。
髪が逆立つような激しい怒りが一気に噴き上げそうにもなったけど、サンディやアレックス達が傍にいるから胸の奥底へ深く抑え込んで誤魔化そうとした。
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