第6話  出会ってしまった二人②

(1)


 サンディとの共同生活を開始して三カ月が過ぎた。

 心身共にすっかり回復したあたしは現在、サンディの口利きで彼女の職場のカフェで一緒に働いている。かつて働いていた食堂と同じく厨房の賄い婦として。

 新しく生き直すと決めた割には、以前の生活とさして変わりないじゃないか――って思われそうだけど。仕事内容は同じでもこっちの方が断然充実していて楽しい。だって、サンディはもちろん、店主も他の従業員も客も皆があたしに親切なんだもの。何よりも、サンディの屈託のない明るさのお蔭であたしは毎日笑顔が絶えない日々を過ごしていた。


 サンディは典型的な現代娘フラッパーガールで髪は肩上のボブショートに切り揃えて、アイシャドウや口紅でいつも綺麗にお化粧している。外出時にはクローシェを被ってはゆったりとしたデザインの膝丈ワンピースをいつも颯爽と着こなすお洒落な女の子。休日の楽しみはバスか列車に乗ってダグラスの繁華街へと繰り出すこと。遊びに行くときは必ずとあたしも一緒に連れて行ってくれるんだ。


『フランはね、背が高くてすらっとしているし、足も長いから膝丈のスカートがよく似合うと思うの。髪も思い切って短くしてみたらいいんじゃない??』

 サンディに倣ってあたしも長かった髪をばっさりとボブショートに切った。膝丈のスカートや肌色のストッキングも履くようにもなった。

「ほら、あたしの思った通り、良く似合っているわ」


 満足そうに微笑むサンディが可愛くて可愛くて。

 天使のような笑顔のためなら、何でも言うことを聞いてあげたくなっちゃう。


 サンディはお洒落に無縁だったあたしに、次から次へと流行のファッションを教えたかと思うと、化粧や肌や髪の手入れ方法に至るまで逐一教えてくれる。

 地味で冴えない年増女だったあたしは日を追うごとに垢抜けていき、今ではカフェの客や道行く男達から色目を使われることもしばしば。まぁ、サンディのような若くて可愛い娘と並んで歩いているから、ってだけだろうけどね。

 ちなみに、あたし達が繁華街に遊びに行くのは流行最先端の服や化粧品の買い物や、床屋で髪を切るため以外の他にも、別の目的があってのことだった。







(2)


 あたし達がよく行く婦人服屋の奥には頑丈そうな鉄扉がある。あたし達は服を買った時も買わなかった時も関係なくその扉の前に行く。ドアノッカーで扉を五回叩けば、ぎぃぃ、と扉を軋ませて扉と壁の隙間から年老いた黒人男ニガーが、テカテカに黒光る顔を覗かせる。

 サンディがあたしと男だけに聞こえるよう声を潜めて、「アーネスト、スコット、一一九」と、暗証番号を告げれば、男は無言で扉の奥へと招き入れてくれる。三人で地下へと繋がる長い階段を降りていき、最後の一段を降りると縦に細長く作られた大きな部屋にバーカウンターが見えてくる。

 そう、あたし達が休みの度に繁華街に出向く理由――、法律で禁止されている筈の酒を飲みに、潜り酒場スピークイージーに訪れるためって訳。

 サンディから初めて潜り酒場に誘われた時、法律違反を犯すことが怖くて尻込みしていた。(結局、大丈夫だから!というサンディに押し負けて入店したけど)でも、慣れてしまえばどうってこともない。


 カウンター席の左端に座ると、額の髪が薄い中年のバーテンダーにそれぞれカクテルを注文する。バーテンダーは切れの良い動きでカクテルシェーカーを振り、マティーニグラスにカクテルを注いでいく。あたし達の目の前に、薄っすらと青みががった乳白色のカクテルのグラスが二つ置かれた。


「綺麗な色ね……、これは何て名前のカクテルなの??」

 カクテルの知識など持ち合わせていないあたしは、サンディが頼んたカクテルと同じものを頼むようにしている。

「これはね、XYZっていうの。飲み口が軽めだから女の子でも飲みやすいよ。まずは一口飲んでみたら??」


 少女みたいな雰囲気のサンディが気怠げに煙草を咥える姿は、無理に大人の女振っているみたいでいまいち似合わない、気がする。そんなこと言ったら気を悪くするだろうから、口が裂けても言えないけど。

 あたしは恐る恐るグラスに口を付けて、舌先で舐めるように一口飲んでみる ほんのりと苦みは残るけれど、柑橘類??の酸味と何かのシロップ??もしくはリキュールとかいう酒??(どちらも間違っているかもしれない。はっきり言って、あたしには自信がない……)の甘みが程良く合わさった、さっぱりとした味わい。


「サンディ。これ、美味しいわね」

 あたしの言葉に、まるで自分がこのカクテルを作ったかのようにサンディは誇らしげに笑ってみせる。

「でしょ?!あぁ、良かった、フランが気に入ってくれたみたいで!」

 煙草を灰皿に押し付けると、あたしに続いてサンディもグラスに口を付ける。

「うん!オレンジ・ブロッサムもサイドカーもあたし好みだけど、やっぱりXYZが一番好きかなぁ??」

 すっかりご機嫌のサンディのぽってりとした唇は、益々持って緩やかに弧を描いていく。


「ねぇねぇ、君達―、良かったら僕達と一緒に飲まないかい??」

 カウンターの中央ら辺で飲んでいた二人組の若者が、あたし達に向けて声をかけてきた。身なりや年の頃から言って、大学生くらいといったところか。

 一人は中肉中背で黒髪に茶色い瞳、もう一人は長身痩躯で赤茶色の髪に鳶色の瞳。どちらもまぁまぁ顔は悪くない。

「えぇ、いいわよ!フランも構わないわよね??」

「う、うん、わたしも、大丈夫……」


 サンディは慣れた様子で即座に男達に応えた。あたしは戸惑いつつ、辛うじて了承した。あたし達の答えを聞くと若者達はグラスを手にすぐさま席を移動、黒髪はサンディ、赤茶髪はあたしの隣の席にそれぞれ腰を下ろしたのだった。







(3)


 若者達との取りとめの無い雑談を肴に酒を飲み交わした後、彼らは当然のようにあたし達の分の酒代を奢ろうとしたし、サンディも平然とした顔で奢られようとしていた。

 あからさまなサンディの態度に面喰らったあたしは、思わず『本当にいいの??』と、視線のみで尋ねた。サンディは、『この人達が奢ってあげる、って言い出したんだから、別にいいんじゃない??』とでも言いたげな視線をあたしに送り返す。


 まぁ、サンディがいいって言うなら仕方ないか。


 若者達にはちょっとだけ申し訳なく思っていると、赤茶髪の青年が「ねぇ、これから四人でドライブに繰り出さない??」と、新たな誘いを持ちかけてきた。

 つい二時間程前に知り合ったばかり、しかもほろ酔い状態の男が運転する車に乗るなんて危険だし、何が起こるか分かったもんじゃない。眉を潜めると同時にロイに拉致された時のことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。


「折角だけど――」

「わぁ!喜んでお付き合いするわ!フランもいいよね??」

 丁重に断ろうとしたあたしの言葉はサンディの元気な声に遮られ、掻き消されてしまった。

「……サンディさえ良ければ、あたしもお付き合いしようかな」


 はしゃぐサンディが余りに可愛らしくて、結局あたしは若者達とドライブする羽目になってしまった。でも――


 サンディが喜ぶんだったら、あたしは彼女の言う事に何だって従うつもり。

 サンディがいてくれるから、遅ればせながらあたしは人生を謳歌できているんだもの。


「よーし、そうと決まったら、さっさと店から出よう。僕達の車が停めてある場所まで君達を案内するよ」


 黒髪の青年が言うやいなや、あたし達四人は長く薄暗い階段を登って潜り酒場を後にした。

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