第14話

「いきなり押しかけちゃって、ごめんね。ここに来たのはボクだけで、殿下たちは置いて来たから」


 目を白黒させるあたしに対して、軽く頭を下げるアカリちゃん。

 卒業式典での可愛らしいドレスではなく、騎士の従者が着るような、動きやすい服装をしており、険しい目つきであたしをにらんでるように見える。


 ……というか、なんでここにいるの?


「衛兵さん達をたらし込んで、無理やり入らせてもらった」

「ええ……?」

「そんなことより、ユリアさん。ひとつ、訊かせてもらってもいいかな?」

「え、あ、はい……」


 彼女はあたしの顔に書いてあったであろう疑問にさらっと答え(たらし込んでって……)、そして即座に質問をしてくる。

 圧がすごいよ、この子!


「――なんで、ボクが吹っかけた、あんなあからさまな冤罪を晴らそうとしなかったのさ?」


 そしていきなりの核心ブロー!

 吹っかけた冤罪とか言っちゃってるし!


「えん……ざい?」

「とぼけなくても大丈夫だよ」


 目をそらそうとしたけど、回り込まれて、にっこり微笑まれちゃった。


「それは……。ええと、生徒たちの間での評判などを鑑みて、私に勝ち目がないと思ったからで――「嘘だよね、それ?」」


 用意していたあたしの言い訳を、被せるようにズバッと否定するアカリちゃん。

 そのまま、淡々と、でも核心に満ちた口調で説明を始めた。


「ボクが転生者だってこと、ユリアさんはおそらく知ってると思うから、その前提で話をするね?

 転生してから、色々とおかしいと思ってたんだよ。

 公爵令嬢で、殿下の婚約者であるユリアさんが、ボクのちょっかいに対してなんで何もしてこないんだろうって。

 そもそも、この世界自体、ボクが女神サマから受けた説明と大分食い違ってたし、殿下たちもゲームに比べて、凄くカドが取れてた。それに、貴族と平民の間のギスギスも無かったしね」


 淡々とこちらを追い詰めてくるんだけど、あたしはと言えば、あわあわしてて、何も答えられてないよ?

 ちょ、ちょっとタイム、大分混乱してるぞ、あたし。


「これは、ボク以外の誰かが、この世界を何とかしようとしているんだなって思ったんだ。それで、色々調べてみたんだけど――」


 でも、アカリちゃんはこちらに構わずに、決定的な一言を放った。


「――それで、ユリアさん。アナタがずっと前から、影でこの国の技術革新を画策し、実行している事を突き止めたんだ」

「……ッ。それ……は……」


 アカリちゃんの言葉に、本気で息を呑むあたし。

 ――かなりガチで口止めしてたし、隠してたんだよ? どうやって突き止めたの、それ?


「ユリアさんも、おそらくだけど、ボクと同じ転生者だよね?

 それで、アナタがこの国の問題―――ボクが聞いたのと同じなら、貴族と平民の間の内戦――を回避するために動いていたことは分かったんだ。

 ……ただ、何で断罪されたがっているのか、それが分からなかったんだよ。

 実際に、複数の人から、ユリアさんが学園の卒業と同時に隠遁する予定だって教えてもらったけど、誰もその理由までは知らなかったし」


 アカリちゃんはまっすぐこちらを見据えて、一通りそろえた判断材料を提示してきた。完全にこちらの予想というか、想像の上を行かれてる。

 元々凄い子だと思ってたけど、カリスマだけじゃなかった。こんなの、ヒロインのやる動きじゃないと思うんだけど!

 口止めできてたと慢心してたよ。漏れるところからは漏れるんだね……。


「……ああ、なるほど」


 それと同時に、納得がいった。

 だからアカリちゃん、簡単に狂言だと裏が取れるような方法で「暴漢に襲われた」なんて噂話を流したのか。


 あたしがもし、卒業式典で断罪されることを否としてるなら、式典前に何かしらの対応をするはずだけど、それが無かったから、あたしが断罪をされたがっていると判断したのね。


「で、どうなのかな?」


 アカリちゃんは真剣な眼差し。どことなく苦しそうな表情にも見えるんだけど、そもそもなんで断罪されたがる理由が知りたいんだろうか。


 何も言えないでいるあたしに対し、言いにくそうに、でもしっかりとアカリちゃんは言葉を紡いだ。


「――言いにくいんだったら、ボクが代わりに言うよ。

 ユリアさん、アナタは世界の問題を何とかするために、自分を犠牲にしなくちゃいけない、何かの理由があるんじゃない? それこそ、ボクが逆ハーエンドを迎えないと世界自体がループする、みたいな、どうしようもない奴がさ。

 ……それで、冤罪での断罪を受け入れて、死ぬつもりだっていうのなら。

 ユリアさん、報われなさすぎだし、ボクはそれは嫌なんだよ」


「……へ?」


 …………。

 ……あ、あ、あああ。

 そうか、そういうことか。


 アカリちゃんの最後の言葉で、あたしは自分の思い違いに気が付いた。


 ……そりゃそうか。

 アカリちゃんから見たら、同じ転生者で、世界を変えようとしている人が、何で逆ハー放置してんだって話だよね。別に、内戦回避するって目的だけなら、早々に正体明かして協力要請すればいいんだし。


 で、この世界の為にあたしが何か自己犠牲してるように見えたんだ。自分のことばかり見てて、他の人から見える自分に想像がついてなかったよ。


 ――いや、さすがに「課題の条件で卒業式典で断罪されなきゃいけないんです」なんて理由、想像できるわけがないよね。でも、当たらずと言えども遠からずな所まで推理ができてるのが怖すぎる……。


「……それが貴女が気になっていた理由なのですね? 失礼、少々狼狽えてしまいましたが、もう大丈夫です」


 こほんと咳払い後、ジト目のアカリちゃんに、お嬢様言葉で返答。アカリちゃんの言葉を聞けて、彼女の目的がはっきりしたので、混乱しきりだったあたしの頭も大分落ち着いてきた。


「で、どうなのさ?」

「ご心配なく。この式典で引退することも含め、私の意志であり目的です。

 貴女の行動を放置していたのもその一環。ここで引退するからと言って、私は自分を捨てる訳でも、捨てている訳でもございませんわ」


一応、言ってる事に誤りはないよ! 本当は死ぬつもりだったけどさ!


「本当に?」

「本当ですわ。貴女も私の事を調査されたのなら御存知でしょうが、私が好き勝手に振る舞っていなかったように見えまして?」

「えっと……、これ以上ないくらい好き勝手やってたね」

「そう言うことですわ」


 にっこり笑って頷いてみせると、アカリちゃんはなぜかちょっと顔を赤らめた。


「まあ、ここから先の世界を押し付けることになってしまうので、貴女には少し苦労を掛けると思いますが、それは御寛恕下さいね。殿下とか」

「それは大丈夫、だと思う。……ええと、殿下、優しい方だよ? ちょっと周りが見えなくなるところがあるけれど」

「それは王族として致命的なのでは……。まあ、しっかりと手綱を握りなさいな。王妃教育は大変でしょうが、貴女ならできますわ」

「うーん……。ユリアさんに応援されるの、何か違くないかな?」


 王妃教育、何気に結構面倒なんだよね。でも、アカリちゃんならきっと大丈夫、だと思う、多分!

 その後もあたしたちは、主に攻略対象生徒会メンバーについてとか、少しだけ雑談に興じたあと、「またね」と言って別れたのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 結局その後、新たな王妃となったアカリちゃんの進言により、あたしの処遇は表向き死んだことにしての修道院送りになった。

 今後の国内の事は、クラウディウス殿下とアカリちゃんに任せて、悠々自適のスローライフだね。


 たまにお忍びで王妃や新旧国王陛下、それに、元公爵おとうさまやら公爵領の発明家集団やらが遊びに来たりする、なんだか不思議な感じのエピローグではあったけど。


 でもでも、これで。


 ――卒業課題、クリアだッ!!!


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