第13話
それから、さらに五年が経過した。
新技術についても、着実に市民の生活に根付いていき、貴族側への反発も、貴族からの弾圧もない状態。公爵家についても、家自体には問題が起きてないので黒い噂もないしね。
ただ、出る杭は打たれるというか、アグリフィーナ公爵家が功績を持ちすぎるのも政情不安に繋がる。
あたしの行動のせいで公爵家派閥が生まれて、王位を賭けた内戦勃発! とか洒落にもなってないので、国王陛下に謁見し、実は宮廷の指示で諸々の施策を行っていたことにしてもらったよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お初にお目にかかります、国王陛下」
「よい、楽にせよ」
慣れないカーテシーをするユリアちゃん十三歳に対し、鷹揚に頷きつつも眉間に皺が寄っている国王陛下。付き添いのお父様は後ろで苦笑している。
「それで、今迄のそなたの
「はい。わたくしたちは陛下に歯向かうつもりはございませんので」
何か副音声が聞こえるような気がするんだけど、平身低頭しつつ、お願いはしっかりするユリアちゃん。
陛下ははあ、とため息をつきつつ、お父様をじろりと睨み付けた。
「……これは監督不行届ではないか?」
「言って聞く娘ではございませんから。ですが、娘のやらかしで技術が発展し、国内が安定しつつあるのも事実でしょう。ここで陛下の後ろ盾を頂けるなら、無用な軋轢が回避できるかと」
「確かにそれはそうなのだが……」
しれっと返答するお父様と、しかめっ面の陛下の対比がちょっと面白い。
最終的には陛下が折れてくれたんだけど、「こやつの手綱を、息子が握れるとは到底思えんのう」と呟いたのが印象的だったね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、ひとしきり仕込みも終わったし。
あとは、技術を私欲で使うような貴族の粛清を行いつつ、市民の生活へ技術の還元が行われている所を見守って、学園卒業と共に引退するのみだ。
学園卒業が十八歳になるので、逆算して三歳から動かないといけなかったのが真面目につらかったけれど、もう大丈夫でしょう、多分。
あ。そういえば死に戻りのセーブポイントについてなんだけど、スカウトしたゼス爺さん(魔法マニア)にこっそり解析してもらった結果、任意に設置できるようになりました。
この辺りの魔法理論、
「ほっほっほ、この程度であれば、
「悪魔呼びは変えて下さらないのね……」
「別に良いじゃろ? お主も本当は気に入っておるんじゃろうし」
「はあ……」
色々さらっと言ってるけど、実験は大変でした、まる。
ただ、この後に、貴族やら神殿やらからの刺客を撃退し損なったり、粛清やら説得やら、各工程ごとに数百回位ずつのトライ&エラーがあったからね……。
セーブポイント変更ができなかったらと思うと、本当に怖かったよ。
ちなみに、この五年位の流れについては、表舞台に出ないようきっちり手回しはしたし、付き合いが深い人たちには箝口令を敷いてるので、公爵令嬢のユリアちゃんは引き籠り気味でわがままなお嬢様ということになってる。
一部の貴族の間で、裏で動いてる方のあたしについて「黒い小魔女」とか「闇の使い」とか「真の黒幕」とか言われてて、半ば都市伝説になってるらしいのが悲しいけど……。
弟君(攻略対象)とも全然会ってないので、懐かれたりすることもない。ちょっと寂しいけど、情が移っても困るからね。
一番しんどかったのが、十八歳の卒業と同時に隠遁生活を送ることに対する引き留め工作だったなあ。
まさか「十八歳の卒業式で断罪される予定なので~」なんて言えないので、諸事情あって卒業後に表舞台から去る、としか言えないんだけど、国の事情のかなり深い所まで突っ込んでたから。
最終的には国王陛下含め、上位貴族の皆様を説得して、「納得」してもらったけどね、いやあ、色々大変だったよ。
国王陛下は、なんかちょっと安心してるように見えた気がするけど、きっと気のせい、気のせい。
さあ、あとは断罪されるのみだ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学園にアカリちゃんが入学してから、大体半年くらいの間は、彼女も精力的に攻略を進めていたように見えた。
貴族と平民の軋轢は早い段階で解消してたので、トラウマやらを突いてどうこう、ってやり方が通用しなかったので、不思議そうにしてたけどね。
それでもやっぱりカリスマチートは凄くて、生徒会メンバーでないにも関わらず、気付いた時には彼女は学園にガッツリ地盤を作ってた。
え? あたしの方?
実をいうと、ちょっと急激な技術発展による他国との外交対応に追われてて、ほとんど学園に行けてなかったんだよ。忙しくて生徒会にも入れなかったし。
こりゃあ、世界の問題を解決してもやっぱり早期断罪あるで、とか、半ば諦めモードになるあたし。
だけど、あたしが最終学年に入って(つまりアカリちゃん二年目)からというもの、生徒会メンバーからは睨まれはするけど、断罪される様子が無くなってた。
内戦回避のためだけにアカリちゃんが動いているのなら、確かに今は政情が安定してるからね、と納得はしたんだけど。
そうなると逆に、最後まで断罪されずに王妃就任コースあるんじゃないか、と心配になった。
一応、形だけとはいえ王妃教育もしてるし、形だけとはいえ王子とお話したりダンスしたりはしているから、形だけでも王妃になれるっちゃなれるんだけど。そも断罪されないってのは本末転倒になっちゃう。
ただ、その心配も杞憂に終わった。
卒業式典の一週間くらい前に、アカリちゃんが暴漢に襲われた、という噂話が挙がってきたのだ。
裏を取ってみたところ、アカリちゃんの狂言だったので、卒業式典で断罪を行うための前準備だろうと確信し、ついでにアカリちゃん親衛隊(仮)のメンバーも全員把握することができたよ。
この時、断罪してもらえる! と本当に安堵したので、お父様には、急病ということにして卒業式典を欠席してもらい、国王陛下にもある程度事情を説明したうえで、式典では手出し無用とお伝えした。
陛下は最後まで「あんのバカ息子が……」とか言ってたけれど、これはどちらかというとアカリちゃんの策謀なのだからノーカンにできないかなぁ。
あ、アカリちゃんは超優秀なので、未来の国母にと猛プッシュしておいた上で、何とか手出ししないことを約束してもらえたよ。
「まあ、どんな悪女でもそなたよりはマシだな」とか酷い事言われたけど。
そして、アカリちゃんが攻略した生徒会メンバーの親御さんと、彼らの婚約者の皆様についても。
卒業式典で王子主催で何か変な催しをやるけど、何が起きても気にしないよう、丁寧に説明して納得してもらうことで。
ようやく、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ユリア・アグリフィーナ公爵令嬢。 ――今日この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
――というわけで、やっと辿り着いたこの日。
クラウディウス王子殿下の、声高らかな宣言が、卒業記念式典の会場に響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやあ、うん。色々と山あり谷ありだったけど、無事に断罪されて、本当に良かったなあ……」
ひとしきり感涙にむせび泣いたところで、あらためて小部屋でくつろぎ、独り言をもらすあたし。
あとは多分、良い感じに処刑の日取りを告げられて、内輪で勝利の美酒ならぬ毒杯をぐびっと飲んで終わりですな。
状況が状況だけに、公開処刑にはならないのは間違いないし。
もしかしたら温情措置があるかもしれないけれど、実際のところ、ユリア嬢ってば色々知りすぎてるし、貴族の皆さんに超恨まれてるしなあ。
十中八九、王子殿下の事とは関係なくこのまま謀殺されるんだよね……。
でも、もうエンディングも終わったし!
ちょっと死に戻りしすぎてるから、天界に戻ってもバカンスは難しそうだけど、軽く休養を取ることくらいはできるかなぁ、とルンルン気分。
――と。
うんうん頷きつつ、完全に油断してたのがいけなかった。
「――やっぱり、断罪されたかったんだ、ユリアさん」
え? あれ?
石牢の小部屋に、すっと入ってくる小柄な人物を見て、あたしは目を疑った。
「こんにちは。はじめまして、の方がいいかな?」
「……何故、貴女がここにいるのですか?」
そこには、険しい目つきをしてこちらを睨む、アカリちゃんがいたのであった。
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