第3話

「――で、全然分からんと俺に泣き付いて来た、と」

「そうなんですよ義兄さん。ほんともう、助けて下さい」

「うーん。仕事はひと段落したから別に構わねえけどよ、可愛い義妹の頼みだしな。ただ、ここは奢りで頼むぜ!」

「はーい……」


 結局、夜まで粘っても、本当に単語の意味くらいしか調べられなかったあたしは、義理の兄――お姉ちゃんの旦那様――であるところの『冒険者ギルド』義兄さんを呼び出したのだった。


 場所はそこそこお高めの焼肉屋さんの一室。鉄板でシェフに焼いてもらうほどのランクではないけど、天界産A5的な牛肉を取り扱ってる系だね。ガヤガヤとしてて、大変に賑やかだ。

 目の前の義兄さんは、久しぶりの肉にウキウキしているようで、その様子を見る限り、数十もの世界構築に携わったベテラン創造神の威厳は無い。


「しっかし、悪役令嬢が婚約破棄、ねえ。俺の頃に比べて、やたらめったら複雑になっているとは聞いてたが」

「ギルド兄さんの時の試験は『冒険者ギルドのあるファンタジー』だっけ?」

「応よ。と言っても、やっぱり苦労はしたけどな」


 快活に笑う『冒険者ギルド』義兄さん。

 見た目はワイルド系イケメンで、赤髪ツンツン、筋骨隆々の偉丈夫だ。創造神というより、軍神っぽいよね。

 文武両道を地で行ってて、創る世界は荒々しい冒険世界が多いという話。仕事帰りなのでスーツを着てるけど、結構窮屈そうに見える。


 対してあたしは、身長も低くて腕っぷしもまるでない。顔は多分フツーの地味顔、茶髪セミロングの、これまた創造神っぽくない外見。

 一見すると、というかマジマジ見ても、『女神の従者』って立ち位置が相応しいような外見だけど、そこは努力でカバーして創造神候補になれたのだ。

 得意な世界は……うーん、何だろう。仮想世界シミュレーション演習では良くも悪くもふつうの世界が好きだったなぁ。

 服装はまったく頓着せず上下ジャージです。ジャージ最高!


「この様子だと、お前の名前は『悪役令嬢』か? リス系女子のお前にはあんまり似合わないけどな」

「『婚約破棄』かもしれないけどね。どっちにしてもあんまりいい名前じゃない気が……」

「まあ、こればっかりはなぁ」


 創造神に限らず、天界の住人たちは、基本的に固有の名を持たない。

 なので、なしえた功績や世界に応じて、通り名的な名前を呼び合うんだけど、創造神の場合、卒業試験の課題によって名前が付けられることが多かったりする。

 それまでは『~~神の息子(娘)』な呼ばれ方が多いね。ナントカジュニアとかカントカ二世とか。


「まあ、取りあえず、だ。お前さんが調べたことを教えてくれ」


 義兄さんの促しに従い、あたしはアンチョコを取り出した。課題に出てくる言葉の意味が、そもちんぷんかんぷんだったし。まずはどういう意味なのか分からないと、対策のしようもないしね。


「はーい。まず『悪役令嬢』なんだけど、乙女向けの恋愛ゲームで言う、ヒロインのライバルのことらしいよ」

「ふんふん」

「で、このポジションの人が、ヒロインにヒーローを盗られて断罪される、ってのが『悪役令嬢婚約破棄』なんだって。元々は婚約者同士だったヒーローと悪役令嬢だけど、真実の愛に目覚めて破棄されちゃうんだね」

「過激だなオイ」

「で、『公衆の面前』『学園の卒業式』『他に想いを寄せる人』の条件から、多分、乙女ゲーで言うところの、『逆ハー成功時の断罪イベントを再現すること』が課題なんだろう、と思う」


 逆ハー、は逆ハーレムの略称で、女性一人に思いを寄せる男性複数。要はそういうことだ。アンチョコ片手に説明してたあたしに、『ギルド』義兄さんは何とも言えない顔をしている。


「……それ、要するに横取りだろ。ヒロインが悪くないか?」

「いやいや、そこはそれ。悪役令嬢が嫌がらせしてたりとか、婚約者に辛く当たるとか、色々理由がくっ付くんじゃない? そもそも、乙女ゲームでヒロインのライバルってポジションの時点で、負けは確定してるんだし」

「そういうもんかねえ、俺は、そっち方面は全然だからなぁ」

「そういうもんなんだよ、きっと。昔お姉ちゃんが言ってた」

「へぇ」


 強く頷くあたし。

 正直、悪役令嬢、何も悪くなくない? 可哀想じゃない? とか思わなくもないが、課題がこうなのでは仕方がないのだ。


「特選天界牛の盛り合わせでございます」

「おお、ありがとな。……まあ、まずは肉食ってから対策考えようぜ。魔法世界の構築なら、俺もそこそこレクチャーできると思うし」

「うっす、あざます!」


 店員さんの手によって楚々と運ばれてくるお肉様たちに、身構える我々。


 うわあ、ピンク色の厚切りお肉に、うっすらと白い霜降り。まさにお肉様と言うべき、素晴らしいお姿がお皿にこんもりと。思わずあがめたくなるね。

 震える箸でお肉様を掴み、七輪の上に投入、さっと両面を焼いて食べ始める。あたしの奢りなんで、遠慮しても仕方ない、と、お肉様をぱくり。


 …………おお。


「……美味いな」

「うん……美味しいね……」


 天を仰ぐ、創造神二柱(片方は見習い)。


「口の中でじゅわあって、溶ける肉って……、控えめに言って最高だよね……」

「同感。アイツにも食わせてやりたかったなぁ」

「お姉ちゃんも誘ったんだけど、来れないって言ってたよ?」

「仕事が修羅場中」

「まじかー、残念すぎる。せめて写真だけでも送っとこ」

「やめとけ、マジで」


 お肉様の余韻をしみじみと感じつつ、あたしと義兄さんは悲しみの修羅場に思いを馳せるのであった。


 ……それにしても、このお肉様、時価って書いてあったけど。いくら位するんだろう、これ。別の意味でもガクブルしちゃうね。

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