南国の囚人

 地下牢にはどういうわけか窓があった。慣れない酒のせいでやや痛む頭を抱えて窓から空を見る。見慣れない星空。

 部屋はコンクリートの打ちっぱなしでそっけないものだったが、清潔なようだった。ドラマで見る牢屋はベッドのそばに便器があるような恐ろしい作りをしている事が多かったが、幸いにしてトイレは別なようだ。部屋にベッドと洗面台と簡素な机、椅子がある。空調だって利いていて鉄格子がなければホテルと大して変わらない。

 カルドが見張りをしているようだった。鉄格子のドアのすぐそこに丸椅子を置いて座っている。暇そうに雑誌を読んでいた。

 「あんたがこの島を作ったんだってな」

 そう鉄格子越しに話しかけられた。

 「そう言ってたな」

 「どうやって作った」

 「知らない。いきなりあったんだよ」

 「あんたが神か」

 「ニートだよ、ただの」

 「ニート神か」

 「嫌すぎるだろその神」

 突っ込んでみたが、カルドは見もしないで雑誌をパラパラしている。

 「その雑誌、ちょっと見せてくれないか」

 「ああ」

 素直に寄ってきて鉄格子の間から雑誌を渡してくる。

 ELAEISという雑誌で、ビーチの紹介から新作のマリンスポーツグッズの紹介、ちょっと読む気にならないが事件記事らしきものも載っていて巻末には水着グラビアまであった。この全部俺の頭が作ったのだとしたら、神と言われるだけのことはあるかもしれない。

 「数日前にこの島に来たんだったな」

 カルドはそうこだわる。

 「ああ。それまでは普通のクローゼットだったよ」

 「その瞬間島はできたのか」

 「そうなんじゃないか、俺もよくわからんが」

 「これを見てくれ」

 カルドが軍服の袖をまくる。二の腕にかけて、何かでひっかいたような傷跡がある。

 「二十七年前、ゲリラと戦った時の傷だ。俺はその戦いで勲章とわずかばかりの給付金をもらい、治療してくれた看護師を好きになってやがて結婚した。今は息子もいる。

 全部、数日前にできた記憶か」

 「だから、知らないって」 

 「お前が出て行けば消えるのか」

 「………」

 「数日前にぱっと全てができたとしても、俺にとっては四十八年の人生を過ごした島だ。家族もいる」

 「そう言われてもな……」

 俺はただの高校生だった。ニートになって、その後神になった? 意味が分からなすぎる。

 「雑誌、返すよ」

 「いや。もっとけ。お前にはずっといてもらわなきゃ困るからな」

 ぞっとするようなことを言って、カルドは椅子に戻った。

 まさか。まさかクローゼットの中、このわけのわからん島で牢に入って一生を送る、そんなことがあるものか。いよいよ悪夢に決まっている。寝て起きれば自室のベッドにいるのではないか。それはそれで親父が帰ってきてその後の事を考えると頭が痛いが。

 できればニートになったところから長い長い夢だったことにならないか。


 残念ながら自室で目覚めることもなく、実にあっさりと囚人として最初の一週間が過ぎた。

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