無為の一日
そしてめでたく4週間目に入った俺のニート生活。一日は朝10時頃に始まる。
熟練のニートは午後に起きたり、あるいは妙に規則正しく早朝に起きたりしているようだが初級ニートの俺はこんなものだ。
先週までは何とか学校に間に合わないかと7時頃に起きていたが、その罪悪感の時間を寝てやり過ごすすべを覚えた。
午前中のEテレで将棋や料理のことを学んで快調に一日が始まる。
一応SNSをチェックする。初めの三日くらいはクラスの何人かからLINEが来ていたがもう来ない。初めの1週は心配され次の2週はネタにでもされていたことだろう。今はもう「そういう人」として無事に定着した頃のはずだ。
午後は本棚から適当に何か読む。この日は無限の住人の2周目に取り掛かり順調に嫌な気分になる。
そのまま流れるよに夕方になる。飯は食ってない。腹は減ってるが目の前の暇つぶしから離れられない。そのまま無限の住人を置いてトロピコ5を初めて夜8時をまわったころに夕食を食った。Amazonで箱買いしたどん兵衛が一つ減る。どうでもいい。
飯を食っているとインターホンが鳴った。カメラ越しに今日一度も出ていない外を見ると、スーツ姿の中年男が立っていた。一度見たことがある。確か父親の後輩だ。家に来たことがある。
『聞いてる? 聞いてるよね遼君、今どんな感じなんだ? お父さん心配しているよ』
そう語りかけられる。冷蔵庫の隣で地蔵になったつもりで時が流れるのを待つ。はよ帰れ。二分ほどで帰っていった。誰の頼みだろうが官僚様は時間を無駄にしない。
俺が出るとすれば佐川かヤマトの配達員だけだ。他に会いたい相手もいない。
夜。夜になれば少し気分が良くなる。手の指先がぴりぴりするような焦燥感も少しだけ治まり、俺も生きていていいかもしれないという勘違いが忍び寄ってくる。いやいや、と俺は忘れないようにする。ニート死すべし慈悲はない。
その夜、比良坂に電話した。番号は前回訪ねたとき担任が教えてくれた。個人情報については今は良い。この3週間何度も考えていたが、そもそもニートの呪いのせいでニートになっているというのがばかばかしい限り、3週間ぶんの決意をかき集めて電話をかける。
あの市外局番から始まる固定電話への発信だ。LINEも何も知らないからだ。
『や、ニートになったんだって』
電話越しに朗らかな調子でそう言われた。友だちもいないだろうに誰から聞いた。
「……これは呪いか何かなのか」
『呪い。人をニートにする呪いかな? そんなものがあると思っている?』
「…………」
そういわれると何とも答えがたい。あるはずがない、と3週間前までの俺なら言い切っていた。今はわからない。
「俺を呪ったか」
『呪ったとも』
「……俺が悪かったと言えば、解いてくれるのか」
『言ってみたらどうかな?』
屈辱。俺は人に頭を下げるのが大嫌いだ。ましてゴミ同然のニートに理不尽に頭を下げるくらいなら死んだ方がマシだ。
「俺が悪かった。本当に反省している」
当然だが、ニート生活を続けるくらいならこれも死んだ方がマシだからだ。
比良坂は笑っていた。
『ごめんごめん。いや、本当に謝るとは思わなかった』
「…………」
『うん。困ったな。いやぁ人を呪うのって初めてでさ。自分でもかかると思ってなかったから……本当に学校いけなくなってるの?』
「おかげ様で行けなくなってるんだ、本当に」
俺はこれまでの通学の試みを話して聞かせた。呪った本人は教室に這って入ったところで爆笑している。
『いやぁ頑張るねぇ! なんだか悪い事した気がしてきた』
「じゃあ戻してくれ、本気で」
『残念だけど戻し方なんか知らないよ』
恐ろしいことを言い始める比良坂。
「戻し方も知らずに呪ったのか」
『うん。だから全然呪いがかかるなんて思ってなくてさ、次からなるべく呪わないようにするよ』
ふざけた言葉が聞こえてくる電話を切った。次とかはどうでもいい。まず俺だ。俺をなんとかしろ。
俺はこの世にとって必要な人間のはずだ。
次の日の朝も10時頃まで寝ているつもりだった。トロピコ5で島中を製薬会社で埋め尽くす作業を眠くなるまでやって、目覚ましもかけずに寝たのだからそうなると思っていたが、インターホンで起こされた。
俺は出た。来たのは郵便屋っぽい恰好をしていたからだ。Amazonに頼んでいたモンスターエナジーでも持って来たのだと思ったから。
「電報です」
「デンポウ?」
一瞬意味がわからなかった。知らないのも無理はないですね。電話で注文できる手紙みたいなものです。そう、配達員は言って何かの紙切れを差し出した。意味も分からず受け取るとそこには『アスカエル。ヨウジ』とあった。
赤池洋司。俺の父である。どうやら明日が俺の命日になるらしい。うつろに笑って礼を言ってNTT関連会社の配達員を返し、俺は本格的に死ぬことにした。
時間は7時半。ちょうど学校に通っていたころなら家を出る時間帯。今はまだ昨日のトロピコのせいで眠いからひと眠りして死のう。もしくは死んでから眠ろう。あるいは逃げよう。
一番前向きな考えが「逃げる」なのはいかがなものかと思いながら俺は意味もなく自室のクローゼットを開く。死ぬにしろ逃げるにしろ身支度というものがある。柔道着の帯は吊るのにちょうどよさそうだし、逃げるなら着替えを何枚か持っていきたい。
柔道着も着替えもなかった。クローゼットの中には広々とした草原が広がっていた。
「は?」
正確にはまず闇があり、下の方に草原が見えた。勢いよくクローゼットの扉を開けた俺は、とっさにあるはずの中の壁に手を突こうとしたが、俺の腕は何にも当たらなかった。
俺はクローゼットの中の草原に転げ落ちて行く。
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