6話
山吹色の彼に目を奪われた。
少しくせっ毛の彼に目を奪われた。
度々軍の幹部たちに向けてピアノを弾く彼に目を奪われた。
「僕の顔になにか着いてますか?ワグナーさん」
ハッとして、思いっきり首を横に振った。
彼はプリンツ・シーベル。
私より3つ上のピアニストさんだ。
私がへんてこフランス人形を倒してから3日後に岸にキラキラしたピアノが流れ着いたそうだ。
それはもうツヤツヤしていてキラキラしていて……
伝わらない?まあこの世のものとは思えないほど美しいものだった。
それを聞き付け、シーベルさんはこのピアノの調整諸々をしに来たわけだ。
「これは……珍しい。今から何百年も前のものです。こんなものが流れ着くなんてありえない……ピアノ線を変えれば……」
ブツブツとシーベルさんは独り言を吐く。
私がなぜここにいるかと言うと、前の件で1週間非番だと、雑用係だとあの足の短い飛べない鳥大尉に言われたからだ。
全く、これでは海軍なのかメイドなのか暇人なのかなんなのか分からない。
私が柱にもたれかかり膨れていると、美しい音色が聞こえてきた。
「ピアノ線を変えたんです。まだまだこの子は使える」
薄らと目を開け視線をこちらにやるシーベルさんはとても美しく、絵になった。
「素敵です。このピアノは昔きっと大事にされていたんでしょうね」
私が言うと、そうに違いないとシーベルさんは笑った。
ズカズカと足音を立てて大尉が近づいてきた。
「おい雑用係もといワグナー!こんな所で油を売ってないで書類でもなんでもしたらどうだ?あ?」
頭を拳でグリグリされ、今にも頭の中に大穴が開きそうだ。
「やめてください!穴が空いちゃいます!」
「心配するな。もう空っぽだ!」
それを見ていたシーベルさんは少しふふっと声を出して笑い、仲がいいんですねと言った。
「「それは断じてありません!」」
さすがにシーベルさんでもこれを言われたら許さない。
絶対にだ!絶対絶対だ!
「シーベルさんは何も分かってないです!仲がいいわけないです!」
またまたーと、シーベルさんは私の頬を引っ張り伸ばした。
「ほぉ、アホズラがさらにアホズラだ。シーベルさんもっとやってやってください」
この大尉だけは許さない。
シーベルさんは許すかもしれないがこの大尉だけは……
「あ、そうだ。次の演奏会、このピアノを使わせて頂こうと思っておりまして。それでこれ、良かったら。」
私の伸びきった頬はもうタルタルのおばあちゃんかもしれない。
そんなことを思いながら、チケットを受け取った。
「国立ホールですか!凄いですね、ぜひ行かせてください!」
ぴょんぴょん跳ね、全力で喜んでみせた。
大尉よ!あなたは呼ばれていないだろう。
やはり音楽は人を選ぶのだ。
やはり音楽は私のような可愛らしい少女に聞いてもらいたいのだ。
私は意地悪く大尉にチケットを見せつけニヤついてみせた。
「それでは、お2人で来てください。しっかり2枚入れておきましたのでね。いい席なんできっといい音が聞けますよ!楽しみにしておいてください」
真顔でゆっくりと大尉の方を見ると眉毛を曲げ、ニヤついていた。
まるでさっき私がやったように。
「国立ホールですか!凄いですね、ぜひ行かせてください!」
と、裏声で言ってベタベタ肩を触ってきた。
「一応聞いておきますが、どこの可愛らしい少女の真似ですか?」
すると私のデコにデコピンをし鼻で笑った。
「可愛らしい少女の真似をしたつもりは無いぞ?」
もうこの上司とはやっていける気がしない。
そんなことを思うランチ前であった。
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