第四階層 マッドサイエンティスト

城8 万能治療薬アスピリン

 落書きのあった通路を抜けて階段を降りた先。またまた空気が違っていた。

 今度の雰囲気は病院に近い。薬品の匂いが一行の鼻を突く。

 厨房といい、ジムといい、神社といい、この階層といい。本当にここは城の地下なのか。


 白い壁に囲まれたフロアを進む一行。

 フロアの一角のデスクで書類を整理していた女性が目に入る。彼女が着ているのは白衣。それに少しだけ血が染み付いている。


「お客さん?」


 彼女は気が付いたように振り向いて、そう言った。


「じゃない! エリアス、また怪我したの!? 糖分の摂りすぎなんだから怪我には注意しろってあれほど……」


「今回は大丈夫だと思ったんだよ! たかが殺人オセロくらい!」


 口論を始めるエリアスと白衣の女。

 2人を見ながらプイスは言う。


「彼女はチヌ! 医者だ!」


 医者。言われてみればそうだが、医者の白衣に血が染み付いているのだろうか。どちらかというと、科学者の方が近い。所謂マッドサイエンティストのような。


「チヌっていうんですね。チヌさんも吸血鬼なんでしょうか」


「わからない! 正体不明だ!」


 プイスが言った。


 正体不明……?

 これまでの階層の住人は全員が吸血鬼だったが、チヌはそうでもないというのだろうか。


 アトゥは吸血鬼がわかるが、確かにチヌが吸血鬼かどうかは見抜けない。チヌ、彼女は何者か。


「殺人オセロがダメだって! プイスに至っては首が取れてるね!?」


 エリアスと話していたチヌはふと、プイスの方を見た。眼鏡の奥のきりりとした瞳がプイスを睨み付ける。


「少し調子に乗りすぎたんだ!」


「いいけど。治療はアスピリンでいいよね?」


 チヌはそう言って棚の薬品の瓶を取った。

 緑色の瓶には毛筆で書いたような字で「アスピリン」と書かれている。


 チヌはアスピリンの瓶を開け、軟膏――アスピリンを手に取るとエリアスの腕に塗った。


「痛いっ! これだからアスピリンは!」


 叫ぶエリアス。

 凄く痛がっているが、大丈夫か?


 チヌはプイスの方に目を向けた。

 逃げないよね、とでも言いたげな顔だ。恐らく彼女からは逃げられないだろう。


「痛そうだな」


 アトゥは言った。


「エリアスさんだからですよ。ほら――」


 ペイル・ムーンが見た方にはアスピリンを首に塗られるプイスがいる。

 プイスは歯を食い縛りながら悲鳴を圧し殺している。やはり痛いのだろう。


「んくぐくくッ!」


 アトゥはプイスとエリアスが痛がる様子から目をそらす。恐らく彼らはよく知られる吸血鬼と違う。


「チヌ、アスピリンがよく効くのはわかるけどなあ……」


「吸血鬼でも痛みはあるんだよね」


 エリアスも腕が治っていたようだ。アスピリンを塗ったおかげで。痛みも引いていただけあって、エリアスはチヌに突っかかるがチヌはあしらっていた。


 その隣ではプイスが首をさすっている。首の傷は塞がり、頭を引っかけて首が取れることはないだろう。


「ありがとう、チヌ! 私とエリアスは上に」


「殺人オセロはやめてね?」


 毎度の犯行なのだろう。チヌはプイスに釘を刺した。

 ――吸血鬼なのだから多目に見てもいいのかもしれないが。


 ふと、そんなときに足音が。チヌは至って冷静そうだったが。


「ハカセ。その人達は?」


 足音を響かせて現れたのは片目が隠れた青年。彼もまた、怪しい雰囲気を漂わせていた。

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