笑顔
とある山の中、周りを木々に囲まれた中に木造の小さな家がある。
森の中にあるからか鳥や小動物たちが住んでいるくらいで静かな時間が流れている。
日はとっくに沈み月明かりが木々たちを照らす頃、懐中電灯を持った人影が玄関のドアノブに手をかけ、自分の方へ引いた。
「ただいま…」
静かな空間に、男の声が響く。
葉山直人…彼の名前である。
大手飲料メーカーに勤めて三年
黒の短髪に黒のスーツ、顔はパーツパーツがはっきりした顔で爽やかな印象をも つ。そんな青年がなぜ、こんな森に住んでいるのかは、もう一人の住人が関係している。
直人は靴を脱ぐと、短い廊下を歩き、リビングのドアを開けた。真っ暗部屋は月 明かりだけが照らす。直人がリビングの電気をつけると、視界の先には木の椅子に座り小さな窓を見る女性がいる。
直人は、机の上に弁当の入った袋を置くと、女性の隣にそっと歩みを進めた。
「エミ、ただいま……今日も綺麗だよ」
佐伯エミ、この家に住んでいるもう一人の住人である。
腰まで伸びた黒髪は、綺麗な外見には似合わないほどボサボサで、表情はなく、遠くの月をただ見ているだけである。
「今日会社で、会議があったんだけど、そこでさ……」
直人が笑顔で話しても、エミは表情一つ変えず、ただ、月を見ているだけで、声 が聞こえているのかすら疑うほどだ。
どうして彼女がこうなったのかは
五年前にさかのぼる
彼女は、父親と母親さらに幼い弟の三人を何者かに殺された。
大学四年の秋、エミが大学から帰り、リビングに入ると、そこは血の海が広がる
一歩ずつ近づくと目を背けたくなるほどの姿に、エミはその場で床に吐いてし まったが、服の袖で口を拭くと、エミは消えそうな声で警察に電話をした。
しばらくして警察が数台到着し現場を確認すると規制線がはられた。
エミが野次馬の中で地面にくずれていると「エミ、大丈夫。僕が、君のそばにいるから…」
短髪の男がエミを後ろから優しく抱きしめていると遠くから警察官が二人近づく
「すいません、彼女から話を聞きたいのですが、あなたは?」
「あ、僕は……彼女の恋人です」
エミは病院でしばらく入院したあと、身内が他にいないことやショックから話せなくなりすべての会話がうわの空な彼女を直人が面倒をみることになった。
直人は一通り会社での出来事を話すと、遠くを見つめ無表情なエミの綺麗な薄い ピンク色の唇に自らの唇を近づけるが、表情一つ変えないエミを見て、唇を離し、無言で自分の部屋へ行った。
鞄を布団へ勢いよく投げると、そのままの勢いで机の上の本や書類を両手で地面へなぎ払った。
「何でだ…何でだよ! 俺は、こんなにも愛しているのに! なぜ君は…笑ってくれない!」
「せっかく、君と二人になるために、邪魔者を消したというのに!」
その瞬間、直人は背後に何かを感じ、振り返るが……誰もいない。
まさかと思い、部屋を出てリビングのドアを開けると、さっきまで座っていたはずのエミの姿がない。
「エミ…エミ!?」
そう言った瞬間、背中の中心が急に熱くなり、そのまま床に倒れてしまった。
直人は身体を仰向けになおすと、目の前には、右手に血の付いた包丁を持ったエミが立っていた。
「エミ…どうして……」
震えた声で直人が言うと、今まで無言だったエミは口を開けた。
「やっぱり、お前が…ママもパパも弟も…みんな」
「しょうがなかった!君と二人だけになるには邪魔だったんだ!君が僕を好きなのも知ってるし、僕も君が好きだから」
「は、なんで私があんたを好きになるのお前の勝手な妄想だろ。ねぇ、どうして私の家を知ってるの?」
「そ、それは……」
「ストーカーだったから……でしょ」
そう言われた直人の額や頬から汗が流れ、目も泳ぎ、息も荒い。
「エ、エミ…き、君は、僕だけに、優しくしてくれたじゃないか! だから、あんな醜かった顔をこうして直したんじゃないか! 君の笑顔が見たかったから!」
口から血を飛ばしながら叫ぶ直人にエミは表情一つ変えない。
直人はエミの顔を見ながら震える両手で後ろに下がるがすぐに壁にぶつかり逃げ場がなくなる。トンットンッ
一歩ずつ無表情のままエミは直人に近づき腹に刃物の先を向けた。
「や、やめろ」
「これは、弟のぶん」
エミはそう言うと直人の腹を突き刺した
「これはママとパパぶん」
直人の腹にトドメとばかりに鋭い先で二回突き刺した。
あの時と同じ血の海の上に立つエミは目の前でうなだれる直人にエミの口角は上がった
「……笑ってるよ…今のあなたを見て」
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