睡眠代行屋

「あぁ…楽に金稼ぐ方法とかねぇかなぁ」


 昼間からビール片手にパソコンをいじるその姿は、あきらかにダメ人間そのもの だ。ボサボサな頭を掻きながらマウスのホイールをカリカリと動かしてると、脳内に母親の言葉がグルグル回る


「洋一! いい加減、働きなさいよ。」


 一つため息をつくと、男は自らの過去を振り返る。地元の普通の高校を卒業し、 東京の大学に進むも一年で退学。地元に帰ったが、いつか働くと両親に言って十 年近くがたとうとしていた。あまりにも薄っぺらい自分の過去に、残りのビールを流し込み、イライラを落ち着かせる。


「はぁ…まじで、楽に稼げる方法ないかなぁ…」


 そう言いながら、男は“楽に稼げる方法”なんていう安易な言葉で検索をかける。

すると、一番上に気になる言葉が並ぶ。


株式会社スイミン “睡眠代行屋、一名募集中!!


 「睡眠代行屋? 何だそれ…」

 興味本位で、そのサイトを開くと白ベースのシンプルなデザインのサイトに飛ば された。そこには、睡眠代行屋とは何かという事や収入、求める人材について、エントリーはここからの文字などが並ぶ。

「うわー、インチキくさいなぁ……でも、これが本当ならすげぇなぁ」


 睡眠代行屋とは、他人の睡眠を特別な装置を使うことにより、自らがその人に代 わって睡眠をとること。

 収入については、三十分以内の睡眠は代行屋の対象にはならず、三十分5000円で、一時間一万円の収入が入る。

求める人材は、健康的で未成年以上なら誰でも可


 その他にも細かく色々な説明が書いてあるが、インチキくさいと思いながらもエ ントリーはここからと書いてあるところをクリックした。そこには名前や住所、電話番号など、そこらのサイトと変わらないことしか書いていない。

「これが本当なら楽に稼げる…でも、インチキっぽいけどな、試しに送ってみるか」


 その日の夜

 株式会社スイミンから返信がきていた。そこには明日の午後に東京のとある喫茶店で待ち合わせましょう。と書いてあった。

「明日の午後か……早く寝るか」

遠足前夜の小学生のように男は眠った


 次の日の朝

 男は身支度を整えると、母親に何も言わず家を出る。久しぶりに東京の空気を吸うが、まぁ、美味しくはない。

久しぶりの東京に少しの恐怖心を抱きながらも男は待ち合わせの喫茶店へ向けて歩いた。

しばらく歩き、目的地の喫茶店についた


「いらっしゃいませ。おひとり様ですか」

「あ、え、その…待ち合わせで」


 家族以外と久しぶりに話すからか声のボリュームがわからず小さくモゴモゴと話 したせいか店員の女の子は片耳を近づけるが、何度声を出しても聞こえていない ようだ。そんなことをしていると、店の奥から男の名前呼ぶ声が聞こえたので男は店員の女の子に軽く頭を下げると女性のいる奥の席へ移動し、向かい合って座った。


「小泉洋一さんですね」


男は下を向いたままでいる。目の前に座る女が美人ときたもんだ。

「あ、何かお飲みになりますか?」

「じゃ、じゃあ…ホットコーヒーで」

コーヒーが到着し男が一口飲むと女は話し始めた。


「改めて…初めまして、株式会社スイミンの堂本と申します。弊社の新開発した、睡眠代行屋システムに応募していただきありがとうございます」


「あの、本当に睡眠代行屋なんていうものはあるんですか?」


「ええ。もし小泉さんが採用という形になりますと、睡眠代行装置のある場所まで、ご一緒に来ていただきまして、今日からお仕事開始となります」


 淡々と話を進めていく女にどうしたらいいのかわからない男だったが、それに気がついたのか、女は何か質問はありますかと聞いた。


「あの、これって、面接なんですか?」

「そうですねぇ…こちらとしては小泉さんが良ければ、小泉さんに睡眠代行屋をやっていただきたいと思っております」

「本当ですか!」

「はい。その上で、他にご質問は?」


 実際のところ業務内容は装置に寝るだけ。他に詳しいことも言っていた気がするが、ほとんど頭に入ってこない。


「あー、じゃあ、収入に関してなんですけど、一人当たり六〜七時間寝るとして、二人連続とかできるんですか?」

「ええ、可能です。しかも、その場合、一人目と二人目のつなぎ料として一万円プラスされます」

「本当ですか?」


 男の中で決心がつき、やりますと言うと、堂本は黒いカバンから書類をだし洋一の前に出した。


「こちらが契約書になります。ここに氏名とボインをしていただきまして…」


 洋一は堂本の言われるがままに契約書を埋めていく。

 男の中ではいつのまにか不安などは消えて金の使い道や装置を見たいという欲だけが脳を埋めていた。


「では、これから睡眠代行装置がある場所までご一緒していだだき、そこからお仕事開始ということで」

「はい。お願いします」


 女はテーブルの上の伝票を手に取り、一足先にレジへ向かった。男も急いで冷めたコーヒーを飲むと、堂本の後を追った。



 喫茶店を出て三十分が経った。

 女はもうすぐ着くと言うが、男の頭の中は大金を得た後のことや睡眠代行装置がどんなものなのかが気になっていると、女が突然止まった。


「着きました。ここの階段を降りた先です」


 男の勝手なイメージだと、薄暗い裏路地にあるイメージだったが、オフィスビル の並ぶその中にあった。「では、行きますか」

二人は長い階段を降りると、少し先に扉が見える白い廊下を歩く。

 数分歩き、女が扉を開けるとそこには広い空間の真ん中に高そうな大きな装置がある。

 見た目は本当にSF漫画やアニメにでてきそうな近未来的形をしていて、酸素カプ セルを豪華にしたような風貌をしている。インチキだと疑っていた自分を恥じるくらいに壮大な装置だった。

すると、グレーのスーツを着た男が二人に迫って歩いてくる。


「ようこそ。株式会社スイミンへ…代表取締役CEOの真島です。小泉洋一さんですね。 よろしく」


「よろしくお願いします」


 平凡で底辺な男に特殊な感のようなものなどないはずだが、会った瞬間に何か今まで出会った人間と何かが違う感じがした。


「社長、私はここで…」「ああ、ご苦労だったね」


 女が消えると、真島は中央の装置へ歩き出し、両手を広げ広い空間に響く声で叫んだ。


「洋一くん! これが今日から君と一心同体になる睡眠代行装置だ!さぁ…今日から仕事だが、既に十人の予約が入っている。気持ちも含め、準備をすぐしてくれ」

「あの、そもそもどうしてこんな装置ができたんですか?」

「欲しいと願うものがいるからできた。それだけだね」

「どんな人が」

「そうだなぁ…簡単な例だと、受験間近の受験生や研究者、ベンチャー企業の社長など、様々だ! 人生どん底の君の大逆転装置でもあるんだよ。洋一くん…」


 気持ちを落ち着かせ、洋一は睡眠代行装置の中に入った。中で仰向けの状態になると、真島は男に酸素マスクのようなものを口につけると、フタを閉じた。


「それじゃあ、これから一人目のお客様を紹介する」


 そう言うと、真島の隣に学生服を着た地味な女性が立っていた。しかし、洋一に はあまりよく見えない。すると真島は女性を睡眠代行装置の隣にある椅子に座ら せ、女性の口に洋一がつけてるようなマスクを付けると真島はニコッと笑い、ボタンを押した。


洋一の視界は一瞬で暗くなった。


暗闇が終わり、装置のフタを真島が開けると真島の笑った顔がでできた。


「どうでしたか」

「えぇと…なんか一瞬でした」

「そうでしょ、君のおかげで彼女は志望校に受かるかもね。君の一瞬が彼女の人生を大きく開いた瞬間だよ!」


 そう言われても、男にはそんな実感は全くなく、その後も次々と睡眠代行屋とし ての仕事を果たした。最初の十人が終わり、真島から給料は口座に振り込んでお くと言われるとともに、これからは指定の部屋に住んでもらうと言われた男は堂 本と共に指定された部屋に向かった。その部屋は一人で暮らすには十分な部屋だった。


「じゃあ、私はこれで…あー、ご飯は電話していただければ、それなりに用意するので」

「わかりました。堂本さんも色々とお疲れ様でした。僕は…後輩になるんですかね」

「私は社長の秘書的立場なので、あまり関係ないかもしれですね」そう言うと、女は洋一の部屋を出た。



 男は就職した株式会社スイミンで、睡眠代行屋としての働きを本格的に始めた 朝から晩までひたすら寝る。ただそれだけの日々が半年続いた。

 株式会社スイミンには今では世界中から睡眠代行屋を求めてこの国を訪れる。洋一もこの生活にようやく慣れ始め、最初の頃の変な感じも今ではない。


「あの、そろそろまとまった休みが欲しんですけど…」


 男は社長である真島の部屋を訪れていた。半日の休みがほとんどで、その半日の 休みもひと月に数回程度。洋一と依頼主は一瞬だが、実際の時間は依頼された時 間の半分の時間がすぎているからだ。既に多額の給料を手にして様々なものを買ったが、休みが少ないからなのかあまり満足できていない。


「まぁ、そろそろ言いだす頃かと思ったが、そうだなぁ………客も多いんだ。あげられても一週間だな」

「十分です! ありがとうございま…」

「あぁ…ただし条件がある」「条件…」

「今、各国の富豪が睡眠代行屋に注目していて、明日にもここに彼らが来られる。


 電話で既に聞いたことだが、彼らのほとんどが残りの人生全ての睡眠を代行してもらいたいらしい」


「全てって…そんなこと可能なんですか?」

「既にそのためのシステムを装置にインストールしてある」

「それをすれば、一週間休みをくれるんですね」

「ああ」



 朝から洋一は睡眠代行装置の中で、一週間の休みをどう過ごすのかだけが頭を占 領している。各国の富豪たちも勢揃いし、真島の提案で、時間のない富豪たちのためにまとめて一回でやることになった。


「社長、本当に大丈夫なんですか?」

「さぁ…もしかしたらトラブルがあるかもな…」

「そのトラブルって…」


「洋一くんが二度と目覚めない」


 そう言う真島の横顔は野望に満ちた顔をしている。数名の社員が数十人の富豪た ちの頭や口に機械をセットする。すると、一人の富豪がさっきの話を聞いてたのか、真島に鋭い眼光を光らせる。説明しろという目だ。


「安心してください。万が一トラブルがあっても、あなた方に支障はありません」

そう言うと、ニヤッと笑い、ボタンを押した。



 各国の富豪達は、満足げな顔をして真島のもとを去った。これで得られた利益は とてつもない。すると、真島のもとに一本の電話がはいる

「ええ。今終わりました…富豪達は満足げに帰られましたよ。ええ、成功です。ただ、代わりに試作機1号が壊れまして、被験者が…あぁそうですか。では、一号のデータを送らせます。二号機もまた…ありがとうございます。では、総理によろしくお伝えください」


「社長…小泉さんは…」


「彼はこの国のために、永遠の眠りについたんだ。悲惨だった前の彼の人生よりも良かっただろうと私は思っているよ。そうだ、二号機の責任者祝いに、これから…」

 そう言うと、真島は堂本の手を握り、この部屋を後にした。誰もいなくなった大きな部屋に残ったのは目覚めることのない男をいれた睡眠代行装置だけだった……




とある田舎にある一軒家の二階、ペットボトルやティッシュで汚い部屋でパソコンを見る男

「ニートの俺でも楽に稼げないかなぁ………お! 睡眠代行屋?」


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