審査会の様子

キム

審査会の様子

 2019年7月22日。午前10時。

 とあるバーチャル空間の会議室に、三人の美少女バーチャルYouTuberが会合していた。


「おっすー」

「おはらの!」

「おはアエル〜」


 各々の定番の挨拶を交わした彼女達の名は、海波月みなづきイサナ、本山もとやまらの、モノカキ・アエル。

 こうして集まっているのは、とある企画の審査員として抜擢ばってきされたためだ。

 その企画とは、『時代』をテーマにした二千字程度の小説を公募し、審査するというもの。寄せられた作品数は数百に上り、同じテーマで書かれた作品でもタイトルをざっと見た限りでは内容は様々であるように見受けられた。

 そしてこれから三人は投稿された作品を一つ一つ読み、評価を付けていく。


 会議室には二人がけの長机が二つ、向かい合うように並べられていた。らのとアエルは同じ机に隣り合うように座り、イサナは二人に向かい合う形で席に着き、それぞれ目の前に置いてあるPCを起動する。


「よし、それじゃあどんどん読んでいっぱい評価していこっか。今日から二週間、よろしくお願いします」

「「よろしくお願いします!!」」


 こうして、二週間に渡る審査会が始まった。


 海波月イサナラノベ作家


 本山らのラノベ読み


 モノカキ・アエルシナリオライター


 異なる観点を持つ三人から選ばれる作品とは、果たしてどのようなものになるのだろうか――。


 * * *


 三人は黙々と投稿作品を読み、評価シートに評価内容を打ち込んでいく。その様子はとても静かで、キーボードの打鍵音、マウスのクリック音、壁掛け時計が秒針を刻む音、そして三人の息遣いがひっそりと耳をくすぐるだけだった。


「ふう……」


 そんな静かな空気を破るように、イサナはため息を一つ吐く。


「ねえ、今日ちょっと暑くない?」


 イサナはそう言って赤いセーターの胸元を摘んでぱたぱたと扇ぎ、風を送り込む。


「アエルちゃんのカチューシャそれで風を送ってもらってもいい?」

「アエルちゃんのカチューシャこれは扇風機じゃないんですけど?」


 イサナがアエルの頭を見ながらお願いすると、アエルは自分の頭にあるカチューシャを指差し、怒気を孕んだ笑顔で否定する。

 アエルのチャームポイントの一つでもある白色と水色のカチューシャは、長くぴょこんと立っていて可愛らしいが、フォロワーほめリストからはプロペラだなんだとネタにされていた。

 ニコニコと怒るアエルをなだめるようにイサナが「ごめんごめん」と謝っていると、アエルは視線を少し下に落とし、ぱたぱたと扇がれているイサナの胸元を見つめる。


「イサナちゃんのその胸……本当に女の子なんですね」

「失礼な。ボクは立派な女の子だぞ」


 ムッとしたイサナは腰に手をやり、その大きく柔らかな胸を主張するように胸を張る。

 アエルはその胸をまじまじと見た後に自分の胸元をペタペタと触り、顔を伏せる。


「アエルちゃんだって……アエルちゃんだって……いつか、きっと……」


 アエルがブツブツと独り言を言って自分の世界に入ってしまったので、イサナはそっとしてあげることにした。

(……そういえばらのちゃん、さっきから静かだな)

 先程からイサナとアエルが賑やかにしているにも拘らず、らのは変わらず静かだった。

 そんな様子を不思議に思い、イサナはらのに声をかけた。


「ねえ、らのちゃんは今どんな作品を読んでるの?」

「今月出た新巻ですけど?」

「何サラッとサボタージュ宣言してるのかな、この狐は……ちゃんと投稿された作品を読んで評価してください」


 イサナに叱られたらのは「今いいところなのに」と言いながら読んでいたライトノベルをすっ、と袖の下へと入れた。

 その様子を見ていたイサナがぎょっとしてらのに尋ねる。


「待って、今どこに本をしまったの?」

「この袖の下と繋がっている、らの神社の私の本棚ですけど」

「何それ、四次○ポケットじゃん」

「本山は狸じゃなくて狐ですけど?」

「ドラ○もんは狸じゃなくて猫だからね」


 * * *


 そんなコントのようなやりとりが時々あり、気づけば時刻は17時となっていた。

 ガサガサ


「ん、もう17時か。よし、今日はここまでにしよっか。二人とも、二週間後の期日までに全部読んで評価を付けられそう?」


 イサナは椅子の背もたれに寄りかかり、腕を伸ばしながら二人に尋ねた。

 プシュッ


「そうですね。このペースなら問題ないと思います」


 切りの良いところまで読み終えたらのが顔を上げて、進捗ペースを報告する。

 ゴキュッゴキュッゴキュッ


「それじゃあ明日も同じ時間に集合でいいかな?」

「私は大丈夫です」

「ぷはぁっ! はい、アエルちゃんも大丈夫です」

「うん、じゃあそれで。あとアエルちゃんは何一人でおっ始めているのかな?」

「定時後と言えばアルコール9%ストロングゼロですよね」


 アエルはドヤ顔をしながら飲んでいた缶のラベルを二人に見せ、再び缶に口を付ける。


「さ、流石ですね、アエルちゃん。ブレない……」

「早速キメてるねえ。でも明日にお酒を残さないようにね」


 笑顔でお酒を飲み続けるアエルにイサナは軽く注意をしたが、既に酔い始めてキマっているアエルの耳にその声は届かなかった。

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