第38話 おかえりなさいませ、太陽様

「一回接客係の人集まってもらってもいいですか? ……ありがとうございます、この前採寸した衣装が出来上がったらしいので今から試着に行きたいと思います」


先日文化祭当日に着る服を裁縫部のクラスメイトが作ってくれるということで採寸をしたのだがどうやらそれが完成したらしい。

俺らは天野川さんを先頭に裁縫部の部室へ向かった。


「あ、いらっしゃいませ、こちらが皆さんが着るメイド服と燕尾服になります」


中に入るとメイド服と燕尾服を着た十体のマネキンが俺らを待ち構えていた。

メイド服は適度な可愛さと謙虚さを両立しておりとても明里に似合いそうな印象だった。

燕尾服もそれぞれの体型とぴったり合うように作られており着るだけで様になりそうだ。


「おおお~! これ凄いね、お店に売っててもおかしくないレベルだよ!」

「ありがとうございます! 早速着られますか?」

「うん、せっかくだしみんなで着てみよ~」

「じゃあさ、着替えたら大きな布か何かを羽織って全員でせーので見せ合おうよ」

「それいいね~」


驚いたことに裁縫部の部室には試着室があり各々そこで着替えを済ませた。

明里は布を纏っているだけでもすごく可愛かった。


「じゃあ行くよ、せーの!」


灯火の掛け声で全員一斉に布を外す。


「「「お〜〜〜!」」」


全員の口から一斉に歓声が上がった。


「みんな凄い似合ってるね~」

「そうだね、特に明里の可愛さは異常だよ……家に明里みたいなメイド欲しいなぁ(チラッ)」


天野川さんはそういいながら子供が親に欲しいものをねだるときのような目でこちらをチラチラ見てきた。


「そんな目で見ても明里はあげないぞ?」

「ちぇー、月嶹君のけち。明里、月嶹君のところが嫌になったらいつでもうちに来ていいからね?」

「えっ、えっと、私ずっと太陽さんと一緒にいるつもりなのでその、ごめんなさい……」

「うぇーん、明里に振られたぁ…………なんちゃってね、しっかし本当にあんたたちラブラブだよね……ほかの皆が引いちゃってるよ?」

「話振ったの天野川さんだった気がするんだが……?」

「細かいことは気にしない、気にしない♪」

「おいおい……」


天野川さんの暴走に振り回されていると爽やか君がある提案をしてきた。


「全然話は変わるんですけど文化祭まであと二週間切りましたし各自接客の時の話し方とか姿勢とかを練習したほうが良くないですか?」

「確かにやったほうがいいかも、せっかくこんなにいい服作ってもらったんだし!」

「じゃあ各自、自主練してくること!」

「「「はーい」」」


この後は特にやることもなかったので着替えてクラスの装飾の手伝いに回った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「天野川さん、明里知らないか?」

「明里? 知らないけどどうしたの?」

「今先生に呼ばれて職員室行って帰って来たんだけど明里が見当たらなくてさ、いつもなら待っててくれるのに」

「先に帰っちゃったんじゃない?」

「そうなのかな? 俺なんかしちゃったかな……?」

「それは心配しなくてもいいと思うけど、とりあえず今すぐ帰って話聞いてみたら?」

「そうだな、そうしてみるよ」


俺は急いで荷物を鞄にしまって家に帰った。


「明里家にいるかな?」


明里の家のインターホンを鳴らすも返事はない。


「おかしいな……何かあったのかな……?」


心配になり明里に電話すると俺の家から明里の着信音が聞こえてきた。


「え、明里うちにいるのか?」


何事もなさそうなのでひとまず安心しながら家の鍵を開けて中に入る。

中に入って目に入ってきたのは嬉しそうに目をキラキラさせながら尻尾を振っているもみじと恥ずかしそうに顔を赤らめながら立っているを着た明里だった。


「お、お帰りなさいませ、ご主人様っ!」

「あ、明里……? 何してるんだ……?」

「その、この前接客の態度とかを各自で練習してくるようにって言われたので練習しようかなと……それに初めての出迎えは太陽さんにしたかったので……」

「っ……!」


明里の格好と台詞が最高のコンビネーションを生んで玄関で悶絶しそうになる。


「なるほどな……」

「はい、なので今日の残りは太陽さんのメイドとして働きます!」

「ま、まじですか」

「はい、嫌でしたか……?」

「いや、全く嫌じゃないし寧ろずっとやって欲しいんだけど、こんなに可愛いメイドが世話をしてくれたら俺の心臓が持つかわからない……」

「それは心配しなくて大丈夫ですよ、そういうところを考慮するのも含めてメイドの仕事ですから!」

「そ、そうか?」

「はい! さ、早く中に入ってお休みください」

「お、おう」


若干明里のやる気の凄さにびっくりしたがここで中途半端になると明里の練習にもならないので素直に従った。


「ご主人様、私は夕飯の準備をしますので何かあったら言ってください」

「じゃあ早速一ついいか?」

「はい、何でしょう?」

「そのご主人様ってのをやめて欲しいんだけど……」

「い、いやでしたか……?」

「うーん、嫌ではないんだけどいつも通り名前で呼んでほしいかな」

「わかりました、ただ太陽さんだと練習にならないので太陽様って呼びますね!」

「た、太陽様!? 凄い落ち着かないけどご主人様よりはいいか……」

「ありがとうございます、じゃあ私は準備に戻りますのでまた何かあったら言って下さいね」

「わかったよ」


帰って明里がご飯を作るというのはいつもの流れなのだが、普段は何かしら手伝いをしているためものすごい暇になってしまった。


「明里、何か手伝うことはないか?」

「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫です、太陽様はゆっくり休んでてくるください」


ダメ元で聞いてみるもやはり何も仕事は得られなかった。

なのでおとなしくもみじと遊びながらご飯ができるのを待った。


「太陽様ご飯できましたよ」

「おお、ありがとう、何も手伝わなくてごめんな」

「いえいえ、メイドの仕事はご主人様のお世話ですから!」

「そうか……? 嫌だったらやめていいからな?」

「ありがとうございます、でも私寧ろ嬉しいんです、どんな形であれ好きな人に尽くせることが。それに好きな人のためにすることってどんなことでも自然と楽しく思えてくるんですっ」

「明里……」


明里のこの言葉を聞いて心の内側からじんわりと暖かい喜びが溢れてくる。

それと同時に明里を抱きしめたい衝動に駆られ、明里を抱きしめる。


「今の言葉すっごい嬉しい、ありがとう。お言葉に甘えて今日はたっぷり甘やかされるよ」

「それは良かったです。はい! 任せといてください!」

「じゃあ冷めないうちに食べましょう!」


そう言うと明里はオムライスを運んできた。

確かにメイドといえばオムライスだがメイド違いな気もする。


「「いただきます」」

「あれ、俺の分のスプーン無いな、明里とってきてもらってもいいか?」

「いえ、その必要はありませんよ」

「??? なんでだ?」

「こうするからですよっ」


そいうと明里はオムライスを一口分スプーンでとって俺の口の前に運んだ。


「えっと、これって……」

「あーん」

「え、ちょっと待って……」

「あーん」

「あ、あーん……」


明里の圧力に負けてスプーンを咥えたが、咥えた瞬間に恥ずかしさがこみ上げてくる。


「美味しいですか?」

「ああ、すっげえ美味い。美味いんだけどそのあーんってやつすごい恥ずかしい……」

「そうなんですか……? 梢ちゃんが男はみんなあーんされたいって言ってたのでしてみたんですけど……」

「なるほど、天野川さんか……確かに凄いされるのは嬉しいんだけど俺はどっちかっていうと恥ずかしさの方が勝っちゃうかな」

「そうですか……じゃあもう一本スプーン持ってきますね」

「うん、ありがとな」


なんとなく黒幕が見えたのでどう成敗しようかと考えながらオムライスに舌鼓を打った。


「太陽様、お風呂湧きましたのでいつでも入れますよ」

「了解、じゃあ今入ろうかな」

「わかりました、私も太陽様が入ってる間にお風呂済ませちゃいますね」

「おう」


お風呂場に行くと入浴剤の良い匂いがしてきた。

家に入浴剤なんてなかったはずだが明里が持ってきてくれたのだろうか。

シャンプーやリンスの容器を見ると全て補充されており驚いた。


「明里本当にメイドの才能あるんじゃないのか……?」


と考えながらお風呂に入る。

いつもと違うのは入浴剤が入っていることだけだが、好きな人が自分のために入れてくれた風呂だと思うととても心地がよかった。


「ふぅー、気持ちよくていつもよりだいぶ長く入っちゃったな」


風呂から上がり、着替えなどを済ませてリビングに戻ると既にパジャマに着替えた明里がソファに座っていた。


「湯加減はどうでしたか?」

「最高だったよ、ありがとう」

「それは良かったです、じゃあベッドに行きましょ」

「えっ!?」

「お風呂上がりに耳かきをすると良いって聞いたことがあるので耳かきしてあげます!」


急にベッドに行こうなんて言われたので驚いたが耳かきをしてくれるらしい。


「じゃあここに頭を乗せてください」


明里はそう言いながら自分の腿をポンポンと叩いた。

膝枕は前に一度してもらったがそれでも少し緊張する。


「し、失礼します」


頭を乗せると明里の程よい柔らかさと甘い匂いを感じてクラクラする。

それと同時に明里が耳かきを開始し、くすぐったさと気持ち良さも上乗せされ今まで感じたことの無い感覚に支配された。


「どうですか……? 私上手くできてますか?」

「ああ、めちゃくちゃ上手い。最高だよ……」

「ほんとですか! 良かったです」

「ただ気持ちよすぎて眠くなってきた……」

「ここベッドなんで全然寝ちゃって大丈夫ですよ」

「でもそしたら明里の耳かきを最後まで堪能できない……」

「耳かきはいつでも言ってくれればやりますよ! なので安心して寝てもらって大丈夫です」

「そうか……? じゃあお言葉に甘えて……終わったら起こしてくれ……」

「はい、わかりました!」


そう言うと明里は耳かきを一旦中断し、俺の頭を撫でた。

それが俺の睡魔に抗う力を全て奪い去っていき、俺の意識は途切れた。


「ん……俺結局寝ちゃってどうしたんだっけ……?」


明里に耳かきをしてもらっていた所までは記憶にあるのだがそこからの記憶が全くない。

しかし俺の頭が明里の膝の上ではなく枕の上になっているので恐らく一度起こされてそのまま寝てしまったのだろう。後で明里にお礼を言わなければ。


「一回起きるか……」


ボンドかなにかでくっつけられてるのではないかと思うくらいに開かない瞼を何とか持ち上げる。

すると目の前にぴょこんと下から伸びている何かが見えた。


「ん? これどこかで見たことあるような……」


必死に思い出そうとするが思い出せず、もやもやした気持ちを抱えながら起き上がろうとするも寝起きのせいか何かに抱きつかれているかのような重さを感じ起き上がれない。

諦めて視線を少し下にずらすと、そこにいるはずのない人がいるのに気づいた。


「明里!? な、なんでここで寝てるんだ!?」


そう絶叫するも明里が起きる気配はない。

幸い今日は土曜日なので無理やり起こす必要はないが、完全に意識が覚醒してしまったので明里が起きるまでひたすら理性を失わないように何も考えずに瞑想した。


「このメイド可愛いけど危険だ……」


土曜の朝からドキドキが止まらなかった。

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