第34話 お宅訪問 前編

「太陽さん、お盆暇だったりしますか?」

「うん、両親の墓参りをするだけだから暇だと思うぞ」

「本当ですか! じゃあ一緒に私の実家行きませんか?」

「ああ、いいんじゃないか、明里の実家…………って明里の実家!?」

「はい、嫌でしたら私だけで帰りますけど……」

「い、いや全然嫌ではないんだ、むしろいつかは行かなきゃいけないとは思うんだがちょっと早すぎないか?」

「え、早いって何がですか?」

「その、明里のご両親への挨拶とか明里と付き合ってることの報告とか……」

「挨拶って、もう私の両親と太陽さんは8年前から知り合いじゃないですか、それにうちの両親には私から太陽さんとお付き合いしてるって伝えてあるので心配しなくて大丈夫ですよ」

「そ、そうか? じゃ、じゃあお邪魔しようかな」


すでに報告済みの方が未報告の状態よりも心配になるのだが明里が心配ないというならきっと大丈夫なのだろう。

それに過去に一度しか会ったことはないが記憶ではとても優しい夫婦だった気がする。


「本当ですか! 日にちはいつがいいですか?」

「えっと8月13日に墓参りに行くからそれ以降ならいつでもいいよ」

「わかりました、日にち決めておきますね!」

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「あそこの角を曲がった先の家が私の家です!」

「もう着くのか、今更になってすごい緊張してきた……」

「ふふっ、大丈夫ですよ、私がいますから」


明里はそういうと繋いでいる手に力を込めた。

すると先程まで胸の中に渦巻いていた不快感は綺麗に消え去り、気持ちが軽くなった。


「ありがとう、凄い楽になったよ」

「役に立てたのなら良かったです、あ、ここが私の家です」


明里が指を指した先には薄い水色をした、周りの家よりも明らかに大きい、豪邸と呼んでも差し支えないほどの家が建っていた。

普通は住宅街にひとつ豪邸が建っているとどうしてもいやらしさを感じてしまうが明里の家からは一切そのような印象を受けなかった。

きっと星宮家の慎ましさや人柄の良さがそうさせているのだろう。


「凄く素敵な家だな」

「そう言ってくれると嬉しいです! さ、中に入りましょ」


「お父さん、お母さん、帰りました」

「お邪魔します……」

「はーい、いらっしゃい太陽くん、大きくなったね! 明里もおかえり、奥でお父さんも待ってるよ」


中に入ると明里のお母さんが出迎えてくれた。

目元が明里そっくりなくっきりとした二重のとても綺麗な顔立ちをしている方だ。


「わかりました、太陽さん、私一回自室に行くので先にリビングに行っててください!」

「了解、あのこれつまらないものですけど……」

「あら、ありがとう! 気を使わなくても良かったのに」

「いえ他人の家を訪ねる時の最低限の礼儀ですから」

「太陽くんは相変わらずいい子ね、変わってなくて安心したわ!」

「そうですかね? そう言ってもらえるとありがたいです」

「あれ、まだ玄関にいたんですか?」

「ちょっと世間話をしてたのよ、さ、上がって上がって」


明里のお母さんに背中をぐいぐいと押されながらリビングへ向かうと今度は明里のお父さんが出迎えてくれた。

精悍な顔立ちなのに雰囲気は柔らかく優しそうな人だ。


「いらっしゃい、太陽くん久しぶりだね、元気だったかい?」

「お久しぶりです、はい、元気です」

「それは良かったよ、今日はもちろん泊まっていくんだよね?」

「……はい!? い、いえ夕方くらいには帰ろうかと思ってたんですけど……」

「あれ、そうなのかい? せっかく来たんだから遠慮しないで泊まっていきなよ」

「で、でも俺着替えとか何も持ってきてないですし……」

「着替えは僕のでよければ貸すよ、背丈も同じくらいだし」

「でも……」


答えに詰まり明里にSOSの視線を送ると明里は「こうなったお父さんは絶対に折れないので今日は泊まっていってください」と耳元で囁いた。

出発前に明里の提案でもみじを早苗さんに預けたのだが明里はこうなることがわかっていたのだろうか。


「わ、わかりました、それじゃあお言葉に甘えて今日は泊まらせていただきます」

「良かったよ、あと少ししたら昼食が出来ると思うからそれまで明里の部屋で待っててくれるかな」

「わかりました、ありがとうございます」


明里の部屋はマンション同様、必要最低限のものしか置いていなかったが好きな人の部屋と言うだけでドキドキしたし、最初マンションで感じたような味気なさは感じなかった。


「散らかってますけど適当に座ってください、今お茶を持ってきますから」

「いや、普通に綺麗だと思うけどな、悪いな、ありがとう」


部屋に取り残された俺は改めて部屋を見回した。

すると机の上に1冊のノートがあるのを見つけ、好奇心が自制心を上回りノートの中を見てしまった。

中には明里が一人暮らしを始める前からの日記が綴られており、所々犬へのトラウマに悩まされているという内容もあった。


「今ではあんなにもみじと遊んでるけど昔はこんなに苦労してたんだな……トラウマ治療が成功したから良かったけど失敗して悪化してたらと考えるとゾッとするな……」


改めて自分のしてきた事が如何に綱渡りな行為だったかを実感しつつ、ページをめくっていく。

引っ越してからも日記を書き続けていたらしく気づくと日記は今年に入っており徐々に自分のことが書いてあるページが増えていく。

それに伴い少しずつではあるが日記の内容が明るいものになっていっており自分が本当に明里の役に立てていたと実感して心がじんわりと暖かくなるのを感じた。


「こういうのって嬉しいけど凄い気恥ずかしくなるし罪悪感が凄いな……もうやめておこう」

「お待たせしました、あれ、太陽さんなんで立ってるんですか?」

「え、あ、いや、なんか人の部屋に一人で座ってるの落ち着かなくてさ」

「なるほど、少しわかる気がします」

「だよな、まあ明里が来たからもう平気だけど」

「ふふっ、太陽さんは私がいないとダメみたいですね」

「それは否定できないな……」

「まあ私も今の生活から太陽さんが居なくなったら生きていけませんけどね」


そう言い合いクスッと笑い合うと部屋のドアがノックされて、「お昼できたわよー」と声がしたので返事をしてリビングに向かった。


「余り物しかなかったからあまり凝ったものは作れなかったけれどお口に合うと嬉しいわ」

「いやいや、十分すぎますよ! 凄く美味しそうですし」

「あらそう? そう言って貰えると作った甲斐があったわ、さ、冷めないうちに食べましょ」

「「いただきます」」

「凄く美味しいです!」

「あらほんと? 良かったわ、明里のご飯とどっちが美味しい?」

「えっ、えっと……」

「ちょっとお母さん、変な事聞かないでください、太陽さんが困ってます」

「いいじゃない、そんなこと言って明里も本当は気になるんでしょ?」

「そ、それは……」


物凄い質問が飛んできた。

明里のお母さんの料理は物凄く美味しいのだが明里の方が俺の舌の好みを知っているため食べた時に得られる幸福感は大きい。

しかしそれを正直に言っていいものか……


「太陽くん、正直に言ってあげてくれ」

「わ、分かりました。正直俺は明里の料理の方が好きです」

「太陽さん……!」

「あら、残念、ついに私も娘に越えられちゃったかぁ」

「で、でもこの料理も物凄く美味しいです、これも本心です!」

「はははっ、太陽くんの素直なところ変わってなくて安心したよ」

「ありがとうございます……」


正直に言ったことで険悪な雰囲気になってしまうかと思ったが全くそのようなことは無く寧ろ場が和んだ気がする。


「そういえば太陽くん、食べ終わったあと少し時間貰えるかな?」

「え、はい、大丈夫ですけど……」

「そうか、じゃあ少し二人で話をしよう」

「ふ、二人でですか、わかりました」


俺はいきなり言われた衝撃と明里のお父さんの真剣な顔に押され、ほぼ空返事で承諾してしまった。

この後この選択をとてつもなく後悔するとは知らずに……


「「ご馳走様でした」」

「じゃあ太陽くん、僕の書斎に来てくれるかな?」

「わ、分かりました」


「そこの椅子に座ってくれ」

「はい」


俺は促されるまま椅子に座った。

心臓が嫌な鼓動の高鳴り方をして、胸の中が不安で満たされる。


「話っていうのは単純でね、娘と、明里とんだ」

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