第32話 夏祭り 前編

「太陽さん携帯鳴ってますよ」

「ほんとだ、なんだろ?」


携帯を見ると画面には水生灯火と表示されていた。


「灯火から電話だ、なんだろ? もしもし?」

「あ、太陽おはよ〜、今大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「良かった、あと今星宮さんと一緒だったりする?」

「ああ明里なら隣にいるよ」


明里の方を見ると自分が話題に出たのが意外だったのだろう、きょとんとして首を傾げていた。凄く可愛い。


「今日ばあちゃん家の近くのお寺でお祭りがあるんだけど暇だったら雫と四人で行かない? ってか行って下さい……二人で行こうって言ったら嫌だって言われちゃって、太陽兄ちゃんと明里姉ちゃんが来るなら行くって言ってるんだ。 年に一回か二回しかない雫の浴衣姿を拝めるチャンスを逃したら僕もう生きていけない……」

「落ち着け、落ち着け、明里に聞いてみる」

「ありがとう!」


久しぶりに灯火と話したがいつも通りのシスコン度合いで安心した。


「明里、灯火が雫さんと四人でお祭り行こうって誘ってきたんだけど今日夕方くらいから空いてるか?」

「はい、空いてますよ」

「だそうだ、何時にどこにいけばいい?」

「ありがと!! 5時くらいにそっちに迎えに行くよ」

「わかった、着いたらまた電話してくれ」

「水生さんなんですって?」

「5時くらいに家にくるってさ」

「了解です、そうしたら4時くらいに一回準備しに帰りますね」

「了解!」


この後4時まで少し時間があったので何がしたいか聞くと即答で「映画が見たいです!」と言ってきたので二人で映画を見て過ごした。


「じゃあちょっと準備してきますね」

「おう、いってらっしゃい」


明里が帰った後、俺も準備をしようと思ったが髪を整えるくらいしかやることがなくすぐ暇になってしまった。

30分ほどして明里が帰ってきたのだが、先ほどとは全く違う格好をしており、目を奪われた。


「浴衣を引っ越したときに持ってきていたので着てみたんですけど、どうですか……?」


明里は濃い青色の生地にカラフルな色でデザインされた紫陽花の柄の浴衣を着ていた。

青色という落ち着いた色が明里のただでさえ半端ない魅力を何十倍にも引き立たせており、さらに普段はおろしている髪の毛を後ろで結んでいて綺麗な白いうなじが見え、普段は感じない大人の色気を感じた。


「浴衣も髪型も明里にぴったりで凄く可愛い!」

「本当ですか! 良かったですっ」

「こんなに可愛い人が自分の彼女だなんて今でも信じられないくらいだよ……」

「大丈夫ですよ、私はずっと太陽さんと一緒にいますから」


そう言うと明里は優しく微笑んだ。

その顔は聖母のような優しさと固い決意を含んでいて改めて明里を大切にしようと思った。


「ありがとう、俺もずっと明里と一緒にいるよ」

「はい、よろしくお願いしますねっ」


そう言い合うと俺は徐々に明里の顔に自分の顔に近づけていった。

距離が近くなるごとに鼓動が加速していき、息苦しくなる。

明里は途中で目を閉じて、じっと待っていた。

もう少しでお互いの唇が触れ合うというところでムードを一瞬でぶち壊す気の抜けた音楽が携帯から聞こえてきた。


「あ、えっと、灯火から電話っぽい……」

「そ、そうですか、出ていいですよ……」

「お、おう……」


心の中で灯火への負の感情を育てつつ電話に出る。


「もしもし」

「あ、もしもし太陽? マンションに着いたから降りてきてもらえる?」

「わかった。割と早く着いたんだな」

「うん、早く浴衣姿の雫の写真を撮りたくてさ!」

「そうか、今度から早く着くときは一言言ってくれると嬉しい」

「わかった! そうするよ」

「おう、さんきゅ」


電話を切り、少し気まずさを感じながら明里に灯火たちが着いたことを伝えた。


「おーい、こっちこっち!」

「太陽兄ちゃんと明里姉ちゃん久しぶりです」


マンションを出ると灯火と雫さんが元気そうに手を振りながら待っていた。


「二人とも久しぶり、元気にしてたか?」

「もちろんです、灯火は一回風邪ひいたけどです」

「え、そうなのか? 馬鹿でも風邪は引くんだなぁ」

「ちょっと太陽酷くない!?」

「邪魔された仕返しだ」

「え、なんのこと!?」

「なんでもないよ、さ、行こうぜ」

「わかりましたです、こっちです」


依然灯火の頭の上には『?』が沢山浮かんでいたが放置してお祭りへ向かった。


「そういえば二人付き合い始めたの?」

「「え!?」」


道中いきなり灯火がこんな質問をしてきたので俺らは二人揃って同じ反応をしてしまった。


「な、なんだよ急に」

「いや、電話した時太陽が星宮さんのこと下の名前で呼んでたからさ」


すっかり明里と呼ぶのに慣れてしまい全く気がつかなかった。

明里の方を見ると特に焦っているわけではなかったし遅かれ早かれ灯火には言うつもりだったので素直に言うことにした。


「うん、一週間前くらいに付き合い始めた」

「マジで!! おめでとう!」

「おめでとうです、どんな流れで付き合ったです?」


雫さんが目をキラキラさせながら訪ねてきたので経緯を説明した。

すると雫さんは「運命です、素敵ですぅ〜」と体をクネクネさせながら言った。

雫さんはこういう展開が好きなのかもしれない。


「どっちから告白したの?」

「太陽さんがしてくれました」

「そうなの!? 太陽やるじゃん! なんて言われたの?」

「『8年前からずっと星宮のことが好きでした。あなたに二回恋をしました、俺と付き合ってくださいっ!』って言ってくれました」


星宮は頰を赤くしながら俺のセリフを一字一句間違えずに言った。

セリフを全て覚えるほど喜んでもらえたのかと思うと胸の奥から明里への愛おしさが溢れてきた。

ちなみに俺も返事のセリフは覚えている。


「ヒュー、ヒュー、太陽いいこと言うねぇ、僕に相談してきてた時からは想像できないよ〜」

「うるせぇ、俺だってやるときはやるんだよ」

「明里姉ちゃん良かったですね」

「うん、今凄い幸せだよ」

「それは良かったです、私も早く運命の人に出会いたいです」

「雫ちゃん、お兄ちゃんは運命の人じゃないの?」

「灯火はただの兄です」

「そ、そうなんだね……」


恐る恐る灯火の方を見ると文字通り干からびており、目から一切の光が失われていた。

見ているのが辛くなり雫さんの方を見ると気温が高いせいか雫さんの頰が少し赤くなっている気がした。

この後もお祭りに着くまで根掘り葉掘り質問され殆ど聞き出され、神社に着く頃には俺と明里が干からびていた。

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