第30話 ドッグラン 後編
「明里ちゃん?」
弓子さんは目を限界まで見開いてこう言った。
一瞬自分の耳を疑ったが星宮の方を見ると星宮も驚いた顔をしていたので聞き間違いではないらしい。
「えっと、すみませんどこかでお会いしたことありましたっけ……?」
「え、星宮知らないのか?」
「はい……」
「そう……でも太陽くんといるって事は思い出してるんだよね?」
「思い出してる……? なんのことですか?」
「え? ちょっと待って、明里ちゃん太陽くんと知り合ったのはいつ?」
「今年の四月です。」
「え……? 明里ちゃん太陽くんとの出会いについて聞かせてもらってもいい?」
「ちょっと待ってください、思い出したってなんのことですか?」
「それについては後で話すからちょっと太陽くんは待っててくれる?」
「わかりました」
弓子さんが今まで見てきた中で一番真剣な表情をしていたのでおとなしく引き下がった。
この後星宮が弓子さんに今までの経緯を説明した。
「そうだったの……二人とも今から言うこと落ち着いて聞いてね。二人はね、8年前にも家族でここに来てるのよ」
「「え……?」」
数秒間弓子さんが言ったことが理解できなかった。
なぜなら弓子さんの言ったことをそのまま受け取ると俺らは8歳の時から知り合いだったということになってしまうからだ。
「ちょっと待ってください、8年前って言ったら俺の親が事故で死んだ年ですよ!? その年のことを忘れるわけ……」
「じゃあ太陽くん涼子さんと誠一さんが亡くなる前のこと思い出せる?」
「当たり前じゃないですか! えっと、えっと、あれ……思い出せない……?」
8年前の事故以前のことを思い出そうすると頭に靄がかかったみたいに上手く思い出せず、じわじわとにぶい痛みが襲ってくる。
「明里ちゃんはどう?」
「何も、思い出せない、です……でも、さくらと出会ったのは確か8年前だから……あれ? おかしいな、何も思い出せない、え、でも、あれ……?」
星宮はそう言うと頭を抑えて気を失ってしまった。
「星宮!?」
「明里ちゃん!?」
「太陽くん明里ちゃんを二階に運んで、布団が敷いてある部屋があるから」
「わかりました」
俺は急いで星宮を抱きかかえて階段を駆け上がり布団に星宮を寝かせた。
「明里ちゃんには少し急な話過ぎたかしらね……」
「そうかもしれないです……俺は最近良く既視感を覚えたりするのでもしかしたら思い出しかけてたのかもしれません。」
「そうなのね。明里ちゃんが起きて大丈夫そうだったら私のところに来て。見せたいものがあるから」
「わかりました」
そう言うと弓子さんは出て行った。
「俺と星宮が昔から知り合いだったなんて急に言われても信じられないよな……」
と口に出したものの考えれば考えるほど辻褄があうことが思いつく。
初めてもみじと星宮が会った時の異様なもみじの懐き具合や早苗さん達に星宮のことがバレた時の何かに気づいた様子やペットショップでの既視感など。
「もみじは最初から知ってたのか?」
俺は横で星宮を心配そうな目で見つめているもみじの背中を撫でながらそう言った。
「……ら、…くら……」
「星宮うなされてるな……」
星宮は呼吸こそ安定しているが表情は苦しそうでうなされている。
俺は少しでも星宮が楽になってくれたらと祈りながら手を握った。
そのまま30分程が経ち、少しウトウトしていると星宮が目を覚ました。
「ん……? あれ、私……」
「星宮!? 大丈夫か!?」
「月嶹さん……? 私弓子さんの話を聞いてたら急に頭が痛くなって……」
「そうか……もう大丈夫そうか? どこも痛くないか?」
「はい、大丈夫です……むしろ今は左手を中心に幸せです……」
「左手? あっ、悪い、うなされてたから……」
俺は慌てて手を離した。
「全然大丈夫ですよ? なんならもっと握っててもらいたいくらいです」
「そ、そうか?」
「はいっ」
星宮はそう言うと16年間の人生の中で見てきた笑顔の中で間違いなく一番綺麗で可愛くて美しくて愛おしい顔をした。
「さっき弓子さんが星宮が起きて大丈夫そうなら私のところに来てって言ってたんだけど大丈夫そうか?」
「はい、もう万全ですっ」
「そうか、じゃあ行くか。見せたいものがあるって言ってたんだけどなんだろな?」
「多分写真だと思いますよ」
「写真?」
「はい。弓子さん失礼します」
星宮は弓子さんの部屋をノックしてドアを開けた。
俺は星宮に弓子さんの部屋の場所を教えていないのにどうしてわかったのだろうか。
「明里ちゃんもう大丈夫なの!?」
「はい、心配をかけてしまってごめんなさい。」
「明里ちゃんが謝ることじゃないわよ。大事なさそうで安心したわ」
「弓子さん見せたいものって?」
「それはね、これよ」
そう言うと弓子さんは古いアルバムを渡してきた。
「開けてみて」
「これって……!?」
開いてみると小学生くらいの男の子と女の子が仲よさそうにピースをしている写真や、二人で犬を抱いている写真、男の子が犬と追いかけっこしている写真などが入っていた。
ページをめくって行くと男の子と女の子とその家族が写った集合写真があった。
その写真を見た瞬間に脳みそが糸のようにバラバラにされ、一本一本丁寧に洗浄されてまた元の形に戻るような感覚に襲われた。
「月嶹さん大丈夫ですか……?」
「うん、大丈夫。俺ら知り合って3ヶ月じゃなくて8年だったんだな」
「そう見たいですね」
俺らは顔を見合わせて苦笑した。
「良かったわ二人とも思い出せたみたいで。でも無理やり思い出させた感じになっちゃってごめんなさいね……」
「全然大丈夫ですよ、むしろ感謝してます」
「私もです」
「そう言ってもらえると助かるわ……」
「でもどうして二人とも忘れてたんですかね?」
「聞いた話だから定かではないけど涼子さんと誠一さんが事故で亡くなった日とさくらちゃんが火事で亡くなった日は同じ日で、その日の翌日二人は出かける予定みたいだったの。それで二人をショックから守るために脳が自己防衛で関係する記憶を封じたと聞いてるわ」
「そうだったんですか……」
星宮の方を見ると暗い顔をして俯いていたのでそっと星宮の手を握ると少し元気になったようだった。
「それにしてもまさか同じ学校でまさか隣の部屋に住んでるなんてもう運命としか言えないわね」
「そうかもしれないですね、それにもみじがトラックに乗らなきゃきっとただの顔見知りで終わってたと思いますし」
「もみじちゃんに感謝ね」
「そうですね。もみじありがとな」
そう言ってもみじを抱っこして撫でた。
「この後はどうするの?」
「星宮、どうしたい?」
「月嶹さんに任せます」
「そっか、そしたら今日は帰ります。それでまた今度来ますね」
「わかったわ、気をつけてね」
「はい、ありがとうございました」
俺らは弓子さんにお礼を言って外に出た。
「ま、まさか俺らが8年の付き合いだったなんて思わなかったな」
「ふふっ、そうですね。びっくりしました」
「だな……」
俺は少し気まずさを感じるとともにある決意を固めていた。
それは星宮に自分の気持ちを伝える決意だ。
なぜ急にこんなことを思い立ったかというと俺は8年前にも星宮のことが好きだったらしく、父親に次に会うときに告白すると宣言していたことを思い出したからだ。
それに記憶が戻った時から今までの自分の気持ちに過去の自分の気持ちが上乗せされ、星宮への『好き』という感情が溢れ出そうになっていた。
(家に着いたら気持ちを伝えよう)
帰りの電車、星宮は疲れたのか寝てしまったので俺も目を閉じ脳内で告白のシミュレーションをしまくった。
「「ただいまー」」
「なんか今日は疲れましたね……」
「そ、そうだな……」
「私一回着替えて来ますね、すぐ戻ってくるんで待っててください」
そう言うと一度星宮は家に帰った。
「はあぁぁぁ、いざ言うとなるとすごい緊張するな……それにダメだったら関係が崩れそうで怖い、やっぱやめようかなぁ……いてっ!?」
弱気になりやはりやめようと思いかけた時右手に痛みを感じ、見るともみじが俺の右手を噛んでいた。
「なんだ? 男らしく行けってか?」
「わんっ」
もみじは肯定の意を示すように小さく吠えた。
「わかったよ、頑張るよ」
「戻りましたー」
「お帰り。星宮ちょっといいか?」
「はい、いいですけど……」
星宮は不思議そうな顔をしながら俺の前に座った。
「あ、あのな……」
「……」
「俺……8年前から……」
「……」
「8年前からずっと星宮のことが好きでした。あなたに二回恋をしました、俺と付き合ってくださいっ!」
「………………」
俺は恥ずかしくて途中から下を向いてしまい、星宮の反応がわからなかった。しかし返事が返ってこないのでダメだったかと思い、顔を上げると星宮は泣いていた。
そして小さい声で、
「私もずっとずっと月嶹さんのことが好きでした……よろしくお願いしますっ」
と言った。
その瞬間体の奥から喜びという喜びが湧き上がって来て全身を駆け抜け、我慢できず叫んでしまった。
「やっっっったああああああああ」
「ふふっ、月嶹さん近所迷惑ですよ?」
「そ、そうだな、悪い……」
「でも叫びたくなる気持ちはわかりますけどねっ」
「だよな?」
「はい。月嶹さん一つお願いがあるんですけどいいですか?」
「いいぞ、なんだ?」
「む、昔みたいに私のこと明里って呼んでくれませんか?」
「わかった! っていうか元から告白が成功したらそうするつもりだったんだ。じゃあ明里も俺のこと名前で呼んでくれるか?」
「わ、わかりました。が、頑張ります! た、太陽さんこれからよろしくお願いしますっ!」
「うん! こちらこそよろしくな!」
こうして俺らは晴れて仲の良いお隣さんからカップルになった……
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