第22話 体育祭 後編
「じゃあ綱引き行ってきますね」
「おう、頑張ってな」
「はい! 頑張って月嶹さんに勝ちを差し上げますっ」
「青組にじゃなくて俺にくれるのか、じゃあ俺は全力で応援するよ」
「もちろんです、青組より月嶹さんの方が大事ですから! じゃあ行ってきますね」
そう言うと星宮は集合場所へ向かっていった。
俺は星宮の中で青組よりも優先順位が高いという素直に喜んで良いかわからない勝利に酔いしれながら応援席へ戻った。
席へ戻ると一際存在感を放つ集団が応援席の最前列に陣取っていた。
クラスメイトに何の集団か聞いたところ『星宮親衛隊』という集団らしい。
入学してまだ二ヶ月しかたっていないのにこんなものを結成されるとはやはり星宮の魅力は半端ない。
「これじゃあ星宮に声届かないよなぁ」
あんなに応援すると言っておきながら早々に約束を果たせそうになくなってしまい、焦っていると後ろからよく聞く声がした。
「星宮さんに声を届けたいなら太陽も入っちゃえば良いじゃん、親衛隊」
「おお灯火、入っちゃえばってそんな簡単に入れるもんなのか?」
「うん、さっきも緑組の人が一人入りに言ってOKされてたし」
「そうなのか、でもそんなのに入ったら星宮に引かれないかな?」
「大丈夫だと思うよ? まあ気になるんだったら仮入隊って事で今日だけ混ぜてもらいなよ」
「それ名案だな、そうするよ。ありがとな」
「いえいえ〜」
俺は灯火のアドバイス通り隊長と思しき人の元に行き仮入隊の申し出をしに行った。
入隊ではなく仮入隊なので少しめんどくさくなると思ったが本当にすんなり入れてもらえた。『星宮親衛隊』は来るもの拒まずの精神の究極系だった。
俺はなんとか最前列に食い込み綱引きが始まるのを待った。
「続いての競技は綱引きです。選手の入場を開始します、みなさんぜひ応援をしてあげてください」
そうアナウンスがかかると体育館から一斉に生徒たちが出てきた。
そして星宮が見えた瞬間親衛隊全員が「星宮さああああん、頑張れえええ」と叫び出した。
流石の星宮もびっくりしたのか顔をほんの少しだけ強張らせていた。
「第1試合は青組対赤組です。両色の選手は定位置についてください」
「よーい」
パンッ
開始の合図を知らせるスターターピストルの小気味良い乾いた音が鳴ると同時に縄が一瞬でピンっと張った。それと同時に親衛隊全員が再び叫び始めた。
あまりにも周りの声が大きすぎるので俺の声はすぐにかき消されてしまった。
俺は意を決して自分の中の取り除ききれていない羞恥心をできるだけ捨てながら思いっきり叫んだ。
「星宮ーーー! 頑張れーーー!」
すると星宮が一瞬こちらを見て微笑んだ。
どうやら上手く聞こえたらしい。俺は一安心して勝負の行方を見守った。
俺の周りの親衛隊員は「今俺の方を見て笑ったよな?」「いいや、俺だろ!」
「いーや、違います、俺ですーー」など星宮が誰に微笑みを向けたかで議論になっていた。
その人たちに心の中で謝っていると勝負がついたようだった。結果は応援の甲斐あってか青の勝利だった。
「皆さんこれで午前の部は終了です。この後はお昼休憩となります。しっかりと休憩をして午後の部に備えましょう」
とアナウンスが入ったので星宮を探しに行くと体育館の入り口で親衛隊たちが星宮を出待ちしていた。体育館を覗き込むと運良く星宮を見つけられたので星宮の所へ行った。
「星宮、お疲れ様」
「月嶹さん! ありがとうございます、どうしたんですか?」
「今外で星宮の親衛隊の人たちが出待ちしてるから裏から出て教室で昼食べないか? 今正面から出たらいつご飯食べられるかわからないからさ」
「え、私に親衛隊がいるんですか!? 」
「え、知らなかったのか……? 競技中にめちゃくちゃ星宮のこと応援してた人たちだよ」
「凄く熱心に応援してくれる方々だなぁとは思ってましたけど……そうだったんですね。わかりました、それなら裏からこっそり出て教室で食べましょうか」
俺らは親衛隊員の目につかないように細心の注意を払いながら裏口から出た。
教室へ行く途中星宮が急に
「なんだかこうしてると駆け落ちしてるみたいですね」
と言ってきて動揺のあまり階段から落ちそうになった。
今日の星宮はなんだかいつもより強い気がする。
「ふう、やっとついた......」
「意外と大変でしたね……はい、これ月嶹さんの分です」
「お! ありがとう! もうお腹ペコペコで死にそうだったんだよ、いただきます!」
お弁当を開けると中にはおにぎりとハンバーグとミニトマトとレタスと大量の唐揚げが入っていた。
「うおおお、すげえ! めちゃめちゃ美味そう! しかも唐揚げがたくさん入ってる!?」
「はい、午後のリレー頑張ってもらうために唐揚げ増し増しにしました」
「ありがとう、これでリレーで全力が出せる!」
「それは良かったです。期待してますね!」
この後俺は一瞬で星宮の作ってくれたお弁当を完食し、午後の部が始まるまで二人で
話していた。すると放送が入った。
「青組の二人三脚リレーに出る生徒は至急本部前に集まってください。」
「これって月嶹さんも対象ですよね? なにかあったんでしょうか?」
「まだお昼休憩40分近くあるから流石に招集はないと思うからな、何かあったのかもしれん、速攻で行ってくるから待っててもらってもいいか?」
「はい、待ってますね」
本部の前に行くと既に他のメンバーたちは全員集まっていた。
「おお、月嶹きたか」
「何かあったんですか?」
「実はお前のペアの中西が熱中症で倒れたらしい」
「え!? 中西さんが!? 大丈夫なんですか!?」
「ああ、倒れてすぐ意識は戻ったらしいんだが出場は無理そうなんだ」
「そうなんですか……代理はたてられそうなんですか?」
「いや、今から探そうと思ってるんだが誰か青組でいけそうな人心当たりないか?
二人三脚だから心が通じ合ってる相手が望ましいんだが」
パッと浮かんだのは灯火だが灯火は緑組のため却下。
すると必然的に星宮が浮かんできた。星宮なら青組だから条件はクリアしているが
星宮は極度の運動音痴のため出てくれるか怪しい。
「どうだ? 誰かいそうか?」
「一応一人思い浮かびはしたんですけど出てくれるかはまだわかりません」
「そうか……しかしここでペアを見つけなければ今までの練習が無駄になってしまう。無理強いはしないができるだけ承諾してもらえるように頑張ってくれないか?」
「わかりました、聞いてみます」
「ありがとう」
俺は急いで星宮の元に戻った。
「あ、月嶹さんおかえりなさい、なんの呼び出しでした?」
「俺のペアの中西さんが熱中症で倒れちゃったみたいで代理を探してくれって言われたんだ」
「えっ、中西さんは大丈夫なんですか?」
「うん、すぐに意識は戻ったらしい」
「そうなんですね。良かったです」
「うん。それで代理の人の条件が青組で俺と心が通じ合う人が望ましいって言われて浮かんだのが星宮だったんだ。だから無理にとは言わないけど俺と一緒に二人三脚リレー出てくれないか?」
「わ、私ですか!? 申し出は凄い嬉しいんですけど私、知っての通り走るの凄く遅いですし絶対皆さんに迷惑かけちゃいます……」
「全然それは気にしなくて大丈夫。誰も星宮を責めたりしないし責めさせない」
俺がそうい言うと星宮は一瞬考え込み、決意を込めた顔をしてこう言った。
「わかりました。月嶹さんとなら出てもいいです。ただし一つだけ条件があります」
「条件?」
「はい。代理の条件は青組で心が通じ合う人でしたよね?」
「ああ、そうだよ」
「では本当に心が通じ合っているか確かめるために今私が頭の中で思っている月嶹さんにして欲しいことをしてください」
星宮はそう言うと目を瞑って両手を広げた。
「え、ちょっと待ってくれ、なんだその条件!?」
「心が通じ合ってるのなら余裕ですよね?」
星宮の体勢からして大方の予想はつく。つくのだが本当にそれが正しいかがわからなかった。
普通に考えて腕を広げているのならハグだと思うのだが、星宮が俺とハグをしたがるだろうか? もし間違っていたら気持ち悪がられて嫌われてしまうのではないだろうか? という不安からどうしても自分の答えに自信が持てなかった。
「月嶹さん? 早くしないと私出るのやめますよ?」
「それは困る……」
「じゃあ早くしてくださいっ」
そう言うと星宮は目を瞑ったまま悪魔的に可愛い悪戯な笑みを浮かべた。
その表情に平常心の大半を持っていかれ、俺は考えるのをやめた。
「もうどうとでもなれっ」
俺はそう言うと星宮を抱きしめた。
すると「正解です」とでも言うように星宮は俺を抱き返してきた。
数秒間そのままの体勢を維持して離れると、星宮は顔を今まで見てきた中で一番真っ赤にして、
「通じ合ってましたね……」
と小さな声で言ってはにかんだ。
リレーは予想通り俺らのペアはかなり遅く、一向に前との距離は詰まらなかったが星宮との距離はだいぶ縮まった気がしたので良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます