第19話 お留守番といたずら

「星宮、ちょっとお願いがあるんだけどいいか?」

「はい、私のできる範囲なら大丈夫ですよ。例えば醤油を取るとかご飯のおかわりをよそるとか」

「なんでご飯限定なんだよ……」

「ふふっ、冗談ですよ、なんですか、お願いって?」

「出来たらでいいんだけど明日午前中だけもみじのこと見てて欲しいんだ。もみじのトイレシートとかご飯とか買いにいきたくて」

「日曜日は暇なので大丈夫ですよ!」

「本当か! ありがとう!」

「いえいえ」

「ついでに何か買ってくるものとかあるか?」

「うーんと、そうしたら鶏もも肉と生姜を買ってきてもらってもいいですか? 明日の夕飯は唐揚げにしようと思うので」

「唐揚げ!!  やった! 実は俺唐揚げが大好物なんだよ」

「そうなんですか! 覚えておきますねっ」


そう言うと星宮はすぐさまスマホを開いてメモをしだした。

好きな人に自分の好きなものを覚えていてもらうというのは心がむず痒い感じになる。


「メモしておきましたっ」


星宮は子供が親に褒めて欲しがる時のような無邪気な顔で笑いながらスマホを見せてきた。

その顔を見て無性に星宮を撫でたくなり俺は星宮の頭を撫でた。

星宮は突然の事でビクッと体を震わせたが次第に気持ちよさそうに目を細めた。


「月嶹さんに撫でてもらうの好きです」

「なら良かったよ。お礼にしてやれることこんくらいしかないからな」

「これで十分ですよっ」


そう言うと星宮は距離をつめてきた。

向かい合う体勢で頭を撫でていたので星宮の甘い匂いが先ほどよりも強く鼻腔を刺激してきて急激に体温が上がるのを感じた。

しばらく星宮を撫でていると背中に凄い衝撃を受け、前に倒れ込んでしまった。


「うぉっ!?」

「きゃっ!?」


いきなりの事だったので踏ん張れずそのまま星宮を押し倒す形になってしまった。

星宮は顔を赤らめて目に少し涙を貯めてこちらをチラチラ見ていた。


「わ、悪いっ!」


急いで上半身を立てると背中の辺りになにか当たったので後ろを見るともみじが拗ねた時に見せる、伏せをして上目遣いでこちらを見る体勢をしていた。


「もみじお前か……俺が星宮を撫でてたから嫉妬したのか?」

「そ、そうっぽいですね……」

「星宮大丈夫か? どっか打ったりしてないか? ごめん、俺が踏ん張れなかったからあんな体勢になっちゃって」

「い、いえ、どこも怪我してませんし気にしなくて平気ですよ。そ、それに私、月嶹さんなら嫌じゃないので……」

「えっと、嫌じゃないって何がだ?」

「な、なんでもないですっ!! 月嶹さんの馬鹿っ!」


そう言うと星宮は顔を真っ赤にして自分の家に帰ってしまった。


「な、なんなんだ、急に……?」


俺は暫く呆気にとられながらもみじを撫でていた。

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「じゃあちょっと行ってくるからもみじよろしくな」

「はい、気をつけて行ってきてくださいね 」

「うん、ありがとう、行ってきます」

(こうやって送り出してくれる人がいるのは良いもんだな)


と心がじんわりと温まるのを感じながら俺は買い物に出かけた。

買い物は滞りなく進み、思ったよりも早く帰ることができた。


「ただいまー」

「こら、もみじちゃん、返してください!」


玄関を開けると扉の奥から何やら星宮の大変そうな声が聞こえてきた。


「星宮? 大丈夫か?」

「えっ、月嶹さん!? もう帰ってきたんですか!?」

「ああ、スーパーもペット用品屋さんも全然混んでなくてかなりスムーズに買い物できたんだ、早く帰ってきちゃまずかったか?」

「い、いえ、そんなことはないんですけど……」


そこでもみじが嬉しそうにこちらにおもちゃを咥えて走ってきたのでしゃがんで受け取ろうとしたのだが、


「おお、もみじただいま、これで遊んでもらってたのか? ……ん?」


俺はそのおもちゃを買った覚えがなかった。なぜならもみじが咥えていたのはおもちゃではなく女性用の下着、所謂いわゆるブラジャーだったからだ。


「み、み、みないでくださいっ!」


そう言うと星宮は目にも留まらぬ速さでもみじの口から下着を回収し、


「い、いま洗濯物を畳んでるのでもみじちゃんと一緒に寝室にいてくださいっ」


と顔を真っ赤にして俺にもみじを渡し、俺を寝室に押し込んだ。

そういえば星宮にもみじは洗濯物にイタズラする癖があるのを伝えていなかった。


「お待たせしました」

「お、おう、大丈夫か、その下着破れたりしてなかったか?」

「だ、大丈夫でした、って思い出さないでくださいっ!」

「ごめんごめん。忘れるように善処する」

「善処じゃなくて完全に忘却してください。じゃないと今日の夕飯唐揚げ作ってあげませんからね!」

「それだけは勘弁してください……全力で頭から排除します」


夕飯の唐揚げが無くなるのだけは何としても阻止したかったためなんとかして忘れようと試みた。ちなみに色はピンクだった。星宮はピンクが好きなんだろうか?


「月嶹さん? 本当に排除しようとしてます? 色とか思い出したりしてませんよね?」

「も、も、もちろん! もう何色かだなんて覚えてないしそもそも見たのかさえも定かじゃないくらいだ」

「本当ですか?」

「本当だって、もう綺麗さっぱり忘れたよ」

「ならいいです。それにしてももみじちゃんいつもは大人しめだから静かな子だと思ってましたけどいたずらっ子な面もあるんですね」


一瞬心を読まれたのかと思って焦ったが大丈夫そうだったのでホッとした。


「そうだな、昨日も人の背中蹴ってきたし今日は洗濯物ぶちまけたりしてるからな……最近外で運動できてないからもしかしたらストレス溜まっちゃってるのかも。」

「そうなんですね。そうしたら良かったら夏休みにでも3人でどこか運動できる所に行きませんか?」

「おっ、いいね! どこがいいか考えとくよ」

「はい、お願いします!」

「星宮も行きたいところ見つかったら教えてな」

「わかりました! 考えておきますね」


もみじのいたずらのせいでいっときはどうなるかと思ったが夏休みに一緒に出かける約束ができたので結果オーライだった。

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