第12話 本音と笑顔

「ねぇ、太陽、今日妹と太陽の家に泊まりに行って良い?」

「はぁ!? いきなりどうしたんだ?」

「実は今日婆ちゃんの知り合いの人が訪ねてくるんだけど、その人に俺らが婆ちゃんの家に居るのバレたらマズイんだよね……」


急な申し出に驚いたが何か事情があるらしい。

いつも明るくニコニコしている灯火がかなり真剣な顔をしていた。


「なるほどなぁ、いつも助けてもらってるし一肌脱いでやるよ」

「本当に!? やった! 太陽ありがとう!」

「いえいえ。その代わり夕飯は大したもの出せないぞ?」

「そんなの気にしなくて平気だよ! 元から期待してないしね」

「おい? お前だけベランダで寝かせるぞ?」

「うそうそ、許してって。それより詳しい事情は聞かないんだね?」

「ああ、家庭の事情とか聞いても大抵相手を傷つけたりするだけだしな」

「太陽のそういう自然と気配りできる性格凄く良いと思う! 後はもうちょい人と関わろうとすればモテると思うのに……」

「灯火さっきから一言多くないか?」


俺は拳に力を込めてそう問い詰めた。


「い、いや気のせいだと思うよ……?」

「そうか、まあそういう事にしといてやるよ」

「やったね、じゃあ6時くらいに駅に迎えにきてもらってもいい?」

「了解」


俺は心の中で灯火と冗談混じりで会話をできるような仲になれた事とこれまでの借りを返すいい機会ができた事を喜んだ。

その日の帰り道、俺はすっかり日課となった星宮との下校をしていた。


「今日、灯火が俺の家に泊めてくれって頼んできて泊めることになったから

もみじと会うのは明日からになりそうだ」

「そうですか。私は別に大丈夫ですよ、少しご飯まで暇になるだけですし」

「そっか。悪い。」


少し星宮がシュンとしたのは気のせいだろうか。


「そういえば水生さんは妹さんがいると伺っているのですけど妹さんも泊まりに

来るんですか?」

「ああ、来るって言ってたよ。正直友達の妹とはいえ女の子を泊めるのは気が引けるんだけどな......」


そう言うと星宮は少し考えた様子になり、


「水生さんの妹さん私の家に泊めましょうか?」


と凄く意外な提案をしてきた。


「え、いいのか? 星宮初対面の人苦手だったよな?」

「そうですけど女の子なら多少は平気だと思いますし、何より知らない男性の家で寝るのはだいぶ落ち着かないと思うので......」

「まあ確かにそうかもな。星宮が良いなら頼んでもいいか?」

「はい!」


灯火に妹を星宮の家に泊まらせると言ったら自分も星宮の家に泊まると言い出しそうだと思ったが流石に本当にするとは思わないので星宮のありがたい申し出を受けることにした。


「それと一つ気になったのですが夕食はどうするんですか?」

「夜ご飯は前もって大したものは出せないって言ってあるから適当に出前でも取るか

コンビニで弁当を買うかするつもりだよ」

「やっぱりそんなことだろうと思いました」


星宮はそう言うとこれから何か大事なことを言うような少し緊張した顔をして


「も、もし皆さんが平気なら私がみなさんの分の夕飯作りましょうか? 今日は帰って時間もありますし」


となんとも嬉しい提案をしてくれた。

実は昨日星宮の手料理を食べてからすっかり虜になってしまっていた。


「凄いありがたいんだが大丈夫なのか? 昨日の二倍の量のご飯を作ることになるぞ?」

「そこに関しては材料さえ用意してもらえば大丈夫です。量は増えてもやることは一緒ですから」

「凄いな……それじゃあ灯火達が6時に駅に来るらしいからその前にスーパーで食材買ってくるな。後で必要なもの書いといてもらっていいか?」


そう頼むと星宮は数秒考え、見慣れたが一向に耐性はつかないあの、恥ずかしそうに

頬を桃色に染めて透き通るような瑠璃色の目で上目遣いをして、こちらの様子を伺いながら


「献立を考えたいので私も一緒に行っていいですか……?」


と言ってきた。俺は星宮の子犬がおねだりする時のような可愛すぎる表情と『一緒に行ってもいいですか』というお願いの破壊力に平常心を木っ端微塵にされ、頭を撫でたい欲求に駆られ、星宮の頭に手を伸ばしかけた。

しかしすんでのところで平常心が戻り中途半端に手を挙げた変なポーズになってしまった。


「だめ……でしょうか?」


星宮が少し悲しそうな表情をしたので慌てて


「いやいや、もちろん大丈夫だ!」


と俺は星宮の頭に伸ばしかけた手の親指を立てた。

慌てて返事をしたので言葉もポーズも変な感じになってしまった。


「ふふ、月嶹さん……なんですかそのポーズ……しかも『もちろん大丈夫だ』って……」


よくわからないが星宮は一連の俺の動作がツボだったようだ。

チラチラこちらを見ながら必死に笑いを堪えていた。


「そ、そんなに笑わなくてもいいだろ!? 急にあんな可愛い顔でお願いされたら

誰だって戸惑うだろ! ……ってあれ俺何言ってんだ!?」


俺は恥ずかしさの余り我を失い、バカな脳みそをいつもの三倍以上バカにして、どうにか星宮が自分のことを笑うのをやめるような一言を考え出そうとした。

その結果今までで一番の失言をしてしまった。俺が星宮をそういう風に見いていたなんて知られたらもう関わってもらえないし家にもいられなくなると思ったが、


「……え、可愛い顔って……私の顔が……かわ、可愛いってことでしょうか……?」


星宮は頬も耳も真っ赤にして、水晶のような瑠璃色の目を目尻を下げ、少し潤ませながらこちらの反応を伺っていた。


「い、今のは言葉の綾というか、なんというかその他意はないんだ!」

「言葉の綾……ですか……」


星宮が萎れた花のようにシュンとしてしまった。

俺は『言葉の綾』というチョイスは失敗だったと心の中で反省しながら幾分か冷静さを取り戻しながら覚悟を決めてこう言った。


「あー、そのなんだ、星宮は凄い可愛いと思う。 その今のは可愛いと思うだけで

恋愛感情とかそういうやましい気持ちはないってことを伝えたかったんだ。

わかりづらくてごめんな」

「そ、そうだったんですか……そのありがとうございます、私、人から可愛いって

言われたことなかったのですっごく嬉しいです!」


そういうと星宮は今度は照れる様子もなく真っ直ぐこちらの目を見てから恐らく今まで見てきた中で一番の美しさと可愛らしさを兼ね備えた顔で笑った。

その表情を例えるなら雪原に咲く一輪の向日葵のようで、本来共存し得ないもの同士が共存している奇跡のような笑顔だった。


「いえいえ。そ、その笑顔も凄く可愛いと思うぞ」

「ありがとうございます……で、でも、そんなに褒めても何も出ませんからね!」


星宮はそう言って頬を膨らませたが表情はまんざらでもなさそうだったので

自然と笑みがこぼれた。

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