第11話 手料理
「どうだ? まだ思い出すか?」
「いや、もう動画ではフラッシュバックしなくなりました! 今はむしろ癒される感じがします」
「そうか! 動画を見始めた時は凄い辛そうだったから心配だったけど克服できたなら良かった」
星宮のトラウマ治療を始めてから約二週間が経ち、犬のぬいぐるみを克服した後犬のイラスト、画像と順々に克服していき今日ついに動画の克服が終わった。
動画は画面の中とはいえ、犬の息遣いや吠えている声、体の動きなどの情報がダイレクトに脳に入ってくるためか、かなり時間がかかった。
「本当にありがとうございます。月嶹さんが治療を始めてくれてからうなされたり、ふとした時に思い出したりすることも凄く少なくなりました」
「ほんとうか? それは良かった。明日からはもみじで本物の犬の克服をしていこうと思うんだができそうか?」
「は、はい! 頑張ります……!」
星宮は少し不安そうな表情をしたがすぐに決意を固めた凛々しい表情になった。
「よし! じゃあ俺は帰るよ。お疲れ様」
「お疲れ様です……」
玄関で時間を確認すると七時半を回っていた。
(今から夕飯作るのしんどいな、コンビニ行くか)
そんなことを考えながら靴を履こうとすると何かに肩を優しく掴まれた。
振り返ると星宮が俺の肩に触れたまま下を向いてもじもじしながら立っていた。
「ど、どうした?」
「つ、月嶹さん、夕飯の準備ってしてあったりしますか……?」
「いや、これからコンビニに行こうかと思ってたところだけど……」
「じゃ、じゃあ日頃のお礼を込めて夕飯ご馳走させてもらえないでしょうか? ご馳走って言っても私の手作りですけど……」
一人暮らしを始めてからかなり栄養バランスの偏った食事をしている自覚があったのでとても魅力的な提案だった。それに星宮の手料理となれば食べない理由がなかった。しかし普段一人分しか作っていない人に二人分作らせるのは申し訳なさを感じた。
「い、いいのか? 二人分作るの結構大変じゃないか?」
「その点は心配しなくて大丈夫です」
「そうか? じゃあお言葉に甘えてご馳走になるよ」
「本当ですか! ありがとうございますっ!」
『食べる』と返事をすると星宮は文字通り顔をぱっと明るくして満面の笑みを浮かべた。
相変わらず星宮の表情筋は活発でそこから繰り出される天使のような表情に俺の心筋は悲鳴をあげた。
「お礼を言うのは俺だと思うんだけどな……」
「細かいことは良いんですよ、気にしなくて!」
「そうか? ところで何を作ってくれるんだ?」
「それはできてからのお楽しみです! すぐ出来るので適当にくつろいで待っていてください」
「了解、楽しみにしとくよ」
了解とは言ったものの、クラスメイトの女子の部屋でくつろいでいてくださいと言われてくつろげる図太い精神は持っていないつもりだったのでソファにぎこちなく座りスマホを片手に料理が出来上がるのを待った。
「……さん、……よ」
「つ……さん、…たよ」
「月嶹さん、できましたよ」
星宮の声と体を軽く揺さぶられる感覚で意識が戻った。
どうやら寝てしまっていたらしい。
重い瞼を懸命に持ち上げ視界を確保するとそこには至近距離で頬を少し膨らませてこちらを覗き込んでいる星宮の顔があった。
あまりの顔の近さに鼓動がみるみるうちに早くなった。
「おはようございます、くつろいでいてと言ったのは私ですけどまさか寝てしまうとは思いませんでした」
「俺もまさか寝るなんて思わなかったよ…… 」
「結構不用心な所もあるんですね」
「うーん、自覚はないんだけどなぁ」
「ほ、他の女性の家ではこんな簡単に寝たらダメですからね?」
「そもそも俺は星宮の家以外行けないだろ……ってかそれ星宮の家なら寝てもいいってことか?」
「そ、そ、そう言うことじゃないです!! ただ一般的に男性を家にあげる女性は相手に好意を持っていることが多いと思うのであまり無防備になりすぎるのも良くないかなって……あ、私が月嶹さんを家にあげているのは好意があるとかではなくて、でも決して嫌いな訳ではなくて、その、その……」
星宮はここで言葉を発するのを止め、近くのクッションを手に取り、顔を
「星宮ごめん、まさかそんなに良い反応するとは思わなかった」
「それ、謝ってます?」
星宮はクッションを顔の前で抱き、目から上だけを出して返答してきた。
「謝ってないかもしれない……」
「ですよね……? しかも良い反応するってわざと言ったんですか!?」
「い、いや狙ったわけじゃない……」
「本当ですか?」
「多分本当だ。それと嫌いじゃないって言ってくれたのは嬉しかったぞ。」
こう言うと星宮は再びクッションに顔を
「そんなこと言われたら怒れないじゃないですか……」
「ん? 今何か言ったか?」
「な、なんでもないです! こ、今回は許してあげますけど次やったら許しませんからね?」
「肝に命じておきます」
「よろしい」
この後星宮が落ち着くのを待って夕飯をご馳走になった。
献立は肉じゃがとアサリの味噌汁と筍の炊き込みごはんだった。
和食はかなり好きな部類に入るので自然とよだれが出てきた。
「「いただきます」」
「ど、どうですか……?」
「めちゃくちゃ美味い!!」
「ほ、本当ですか! 良かったです」
「星宮に胃袋掴まれそうだよ......」
「え、え、胃袋を掴まれるって……」
急に星宮が顔を赤くしだした。
「ほ、星宮? 俺なんかまずいこと言ったか?」
返事はなくなぜか星宮は俺に背を向けてぷるぷると震え出した。
その様子がとても可愛くて声を出して笑ってしまった。
「わ、笑わないでください」
「善処はするよ、ふふっ」
「もうすでに善処できてないです! 今日月嶹さん悪いところが凄く出てます!」
「な、なんだよ悪いところって?」
「自分で考えてくださいっ!」
星宮はそう言うと頬を膨らませて黙々とご飯を食べ出した。
俺は悪いところの見当がつかなかったので素直に星宮の手料理に舌鼓を打った。
「はぁー、美味かった。 ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。月嶹さん自分の悪いところわかりましたか?」
「い、いや全く見当がつかなくて……」
「そうですか。まあ確かに悪いところと言っても見方によっては良いところにもなりそうですからね」
「そんな悪いところってあるのか……?」
「あるんです。まあこれは自分で気づかないと意味がないので頑張ってください」
そのまま俺らは玄関に向かった。
「今日はありがとうございました。また明日からよろしくお願いしますね」
「おう! こちらこそ夕飯ありがとな、すごい美味かった。 星宮は良いお嫁さんになりそうだな」
俺はそう言って星宮の家を出た。
「そういうところが悪いところなんですよ……」
残された星宮はこう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます